久しぶりのデート

百々面歌留多

久しぶりのデート


春先の冷たい風で、思わず体が身震いした。


冬の間は寒いとは思わなかったが、四月になってこんな気分になるなんて、異常気象じゃないかとも思った。でも今はコートなんて着てないし、服の引き算をしすぎたのかもしれない。


ポケットに手を突っ込んで、できる限り大股で歩く。些細な抵抗ではあるけれど、これで少しでも体がぽかぽかになるのであればやらないわけにはいくまい。


四月に寒がってるのを見られるなんて、なんか嫌だしな。


人通りの多い商店街を抜けて、駅前をうろうろしていると、モニュメントの前で待ちぼうけしている彼女を見つけた。


ぼくが声をかけようとする前に、彼女の方がこっちを向いて、苦笑いしながら、手を挙げた。もうちょっと気がつかなくてもよかったのに。


「待った?」


ぼくの問いかけに、彼女はぶんぶんと首を振る。


「今来たとこ」


嘘つけ、約束の時間の十分前には来てること知ってるんだからな。


前に一度ぼくの方が早く到着したことがあって、その時の彼女の慌てぶりといえば、大惨事の当事者になったみたいだった。


だからそれ以来、ぼくは時間通りに遅れてくることにしている。その方が彼女の方も安心できるみたいだし。


今日は久しぶりのデートだ。


最近はお互いに忙しくて、中々時間が合わなかった。ぼくにも彼女にも別のプライベートもあるから、そっちを優先することが多かった。


別に特別なことをするわけじゃない。ちょっと興味のある展示があって、彼女を誘ってみたら即答でOKもらえたから、一緒に行こうってなったのだ。まあ、断られたら一人で行くことになったろうけど。


電車に乗って、隣同士に座った。ぼくも彼女も特別お喋りじゃないから、揺られている間は手を握りしめるだけだ。


各駅停車でブレーキがかかるたびに慣性の力が働いて、肩と肩が接触する。彼女の小さな肩はなんだか不思議。


寄り添うだけで言葉にできない気持ちが湧いてくるのだ。


目的地の駅を降りて、バスに乗り換えたあと――久しぶりに彼女は呟いた。


「桜、綺麗だね」


駅前の街路樹は桜も見ごろだ。あと一週間もすれば散り始めるだろうから、二人ではこれで見納めかもしれない。


「来年は花見でもしようか、あんまり人のいない場所でさ」


「お弁当つくるよ」


なんてくすくすと笑うので、こっちもつられてしまった。


外でお弁当なんて中学生以来、一度もしていない気がする。高校生になってからはお昼はほとんど購買だったし、大学生になってからは抜くことも多くなった。


博物館前で明日を降りて、そのまま道なりに進む。川沿いに隣接したそこはけっこう大掛かりな施設であった。


入り口でチケットを二人分購入する。大学生だから学割がきくのがいい。微々たる金額でもちょっとはお得感があるし。


「うわあ、すごい」


彼女が見上げているのは恐竜の骨格だ。


「こんな大きいのがその辺うろついてたら怖すぎだろ」


「でも絵になるよね」


もし実際いたとしたら、パニック映画みたいになるのだろう。恐竜の姿に驚いた人々が我先にと逃げ出すのだ。


恐竜も一匹だけじゃない、徒党を組んで現れて、それこそ映画みたいに手当たり次第に襲い掛かるに違いあるまい。


「友達になれるかなあ」


ぼくとは裏腹に彼女の中では、まったく別の物語が展開されているようだ。


「芸くらい仕込めるだろ」


恐竜だってお手とお座りくらいなら、普通にできそうな気はするなあ。


とまあ、こんな調子で博物館をぼくらは回っていった。古代の生物を中心に展示されていて、解説パネルが現れるたびに彼女は足を停めた。


ぼくは読み飛ばす方だが、彼女はきっちりと端から端まで熟読するタイプである。それに無意識に声に出てしまうのだ。


こっちが見ていると彼女が急にこっちを向いた。顔に含羞の色を浮かべて、「ガン見しすぎ」と文句を垂れた。


本当に怒っているなら、ぼくとしても彼女の嫌なことはしない。


「かわいい」


っていうと、今度はそっぽ向いてしまったけれど。


一緒に見学して、時々話で盛り上がった。半分ほど見終えたあとは、途中のベンチに座った。彼女は鞄からスケッチブックを取り出して、無地のページを開く。


2Bの鉛筆で描き出すのは展示物のスケッチだ。彼女は絵を描くのが大好きで、いつも持ち歩いているのはぼくも承知の上。


我慢することもできるけど、こうして新しい刺激があると、彼女の中の芸術魂が爆発寸前になるのかもしれない。


だからクールダウンついでに、彼女には発散してもらおうって寸法である。


昔は人前で絵を描くことをためらっていたけれど、ぼくの前では平気になった。もっとも一回集中してしまえば、周りのことなんて一切目に入らなくなるが。


彼女の絵の題材は生物の骨格標本が多い。彼女いわく、特別だという。


「動物って見た目はどの子も可愛いの。でも骨格は全くの別物なの。脱げば格好良くなるのよ」


脱げば格好良くなるって理論はよくわからないが、確かに骨格を観察していると不思議な気分になる。


形は違えど、ぼくの中にも骨があるんだし。


大抵の生物は同じ部品だ。設計図が違うだけで大まかなところでは似通っている。神の御業とも生命の神秘ともとることができるのがまた面白い。


ぼく的には骨格は命の残骸だ。かつて生きていたんだなあと思うと、なんだか感慨深いものもある。


彼女はすでに自分の世界に入り浸っていて、ぼくが名前を呼ぼうがちっとも反応してくれなかった。普段はのほほんとしているのに、好きなことに向かい合っている間は鬼神が如く向かい合えるのは天性なのかもしれない。


だから彼女がこっち側に戻ってくるまではぼくはひたすら待つことになる。平気さ、今日は一日フリーなんだし、それにあとで楽しみもあるんだから。


一時間ばかり経過したあと、ようやく彼女が顔を上げた。


恐竜の骨格のスケッチは、素人のぼくからすれば完璧といっても差し支えなかった。とはいえ、彼女は出来上がったものを憎たらしく睨みつけている。


「満足した?」


「ううん、もうちょっとできたかな……」


なんて残念そうにつぶやくのだ。


素人には分からない次元から彼女は評価を下している以上、ぼくが口を挟めることは一つもないけれど、ただ緩み切ったこの子の顔はぼくにとっては癒し以外の何者でもない。


手を繋いで、博物館めぐりを再開するころには憑き物が落ちてしまったようだ。

展示物を全て見終わったあとは、館内の食堂で軽い食事をして、土産物コーナーを色々と物色した。


今日の記念ということで恐竜のストラップを二つ、同じものを購入した。まあ、他に良さげなものもなかったし、案外彼女が喜んでくれたから、大丈夫だ。


帰りの電車に揺られている間、彼女は瞼の重さに耐え続けていた。ぼくも同じだったけれど、絶対に眠らないように唇を噛んだんだ。


彼女の寝顔は何度も見たことあるけれど、日々の空模様のように同じものなんて二度とこない。今を逃せば永遠に見られないものを見逃すなんて、あってはいけないことだろう。


彼女のことは全部目に焼き付けておきたいから――ぼくの勝手な願いだけど。









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