眠れないから

百々面歌留多

眠れないから

眠れない。


じっと目を閉じているのに、寝苦しい。何度寝返りを打っても、あくびさえ出てこない。


明日は早いっていうのに、この体はポンコツなんだから。せめて自分の意志が通じるようにどうして設計されていないのか、これが分からない。


結局起きてしまい、うだうだと過ごしているのも悪いのだけど。


せめて目も開けていられないくらい、強烈な眠気がやってくれば、夢の底へと落ちることができる気がする。


枕元の本を手にとって、また少し読み始める。今日はここまでって決めていたはずなのに、一度ページをめくり始めるとあとは連鎖するだけだ。歯止めがきかなくなり、終わりまで突っ走るだけ。


あっという間だとしても、過ぎたのは一時間ばかりで、まだ眠れなさそうであった。


今度は日記の続きを書くことにした。


昨日は一日中家で過ごしていた。外は今危険だから、仕方のないことだけど、活力の源が有り余っている。何かして発散すればいいのだが、あいにく家にいるだけでは限界がある。


世間は大変な状態だし、贅沢は言えない。


これまでは命の危機なんて他人事だと思っていた。遠くの国で知らない誰かが苦しんでいることをリアルには感じなかった。


世界の破滅をどことなく予感させる現在の状況は、先の見えない感じがただただ不気味だ。もしすべてが収束したとしても、前とは違った世界になってしまうのだろう。


そのときわたしはまだ日記を暢気に書いていられるのか――これが分からない。


内側から湧き出す重たい気分は、常に吐き出していないと、喉を詰まらせてしまいそうだ。いわゆるストレスってやつなんだろうが、どことなく病気にも似ている。


深く考えすぎない方がいいのに、頭は自分勝手な思考回路を搭載しているらしい。都合の悪いことまで想像してしまうから、いけないんだ。


自問自答を繰り返しながら、眠気の到来を待ち続ける。ああ、結局窓から薄明かりが差し込んできた。


カーテンの隙間からちょっとだけ見える空は青かった。窓を開けると爽やかな空気が部屋へと入りこんでくる。


肺の中に溜まった古い空気を追い出して、換気したあとには、血管全体が引き締まったかのように漲ってきた。


鳥の鳴き声とバイクのエンジン音、どこか遠くから救急車のサイレン。わたしと同じだったのだろうか。


不安な一夜に耐え切れずに体調を崩した人が通報したのかもしれない。こっちはそこまでじゃない――他人と比べることじゃないけれど、他人よりましだと思うだけで、ちょっとだけ元気が出てくるのは、わたしがあさましいからか、他によすががないからだろうか。


――ふあぁ


久しぶりに出た欠伸をかみ殺して、わたしは布団にくるまった。明日が休みでよかった。もし仕事に行かなければいけないのなら、おちおち眠ってなどいられない。


瞼を閉じて、時間をかけて呼吸を繰り返す。浅く、力まないように気をつけて、この体が闇の底へと落ちていくのを想像する。


微睡に意識を溶かしながら、わたしを明日へと運んでくれるよう、些細な祈りを捧げるだけである。


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