第52話 5/12-B ガキに国語を教えるべ

 この間の百人一首がきっかけで、「ユクちゃん古文教えて」とユースケが言い出した。珍しや。

 まあ興味持つのは悪くねえなあ、と思いつつ、耳を立ててみたんだが。


「どのへんがいいー?」

「いや全然わかんね。だってまだ始まってねーし」

「んなこと言われても」


 さすがにねーさんが助け船を出してきた。


「教科書見せてみな教科書」


 一応配られはしたらしい。真新しい教科書! ぱらぱらとめくると。


「あー、枕か」

「枕草子?」


 アタシも口を出す。


「ヨッちゃんでも知ってるくらいなんだー」


 くぉらぁ、とユースケの頭をぐりぐりやってやる。


「俺全然覚えてねえぞ」


 兄貴が歯を磨きながら言う。そらまああんたは。


「ねーさんは?」

「最初のとこだけ丸暗記? させられたからねー。高校ん時だけど」

「えーすごいー」


 ガキはぱっと目に飛び込んだ古文の見慣れない文字列にうわ、と目をそらした。


「まー古文は慣れなんだけどさあ」

「いやお前が言うとだな、全部国語は慣れになるぞ」

「だってそうじゃん。国語は大量に読んだ奴勝ちっては確かだしなあ」

「マンガじゃ駄目?」


 ガキも言ってくる。


「あ、いーよ。マンガだろーが何だろーが、文字数読んだ奴が勝てる。これは確か。つまらん小説読んで何も読む気にならなくなよるよりゃ面白いマンガ大量に読んだ方がずっといい」

「それでいいの?」


 さすがにねーさんは不安になったようだ。


「いーの。だってワタシ未だに漱石嫌いで読めないもん」

「読めないもんってお前なー」

「文章がきもちわるいんだよ。何っかすっげー上から目線でさあ…… 何でそーいう感じがするのかってのたどっていけばそれゃ研究になるけどさ、そもそも生理的にやだ」

「ユクちゃんでもそうなんだ」


 ユースケは驚く。


「仕事なら読むけどさー、好きで読みたくはねえなあ。文豪だったら森鴎外の方がよっぽどいい。芥川も何かなあ、という感じで読めるけど読みたくない。太宰は気持ち悪くなって読めなかった」

「……お前近代文学で何読めるんだよ」

「しょーじきあんまりないなー」

「それでこいつ国語全然勉強しなくても点取れてたんだからなあ」

「SFは読んでたよ」

「ミステリーは?」

「クラスの奴に『何で最後から先に読むー? 邪道ーっ』って言われて読む気なくした」

「そりゃ邪道だボケ!」


 それには兄貴が怒鳴った。奴はミステリーだけは読むのだ。

 うん、読まないアタシでもそれは邪道だとは思うぞ。

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