吸血鬼に抱かれたい

だるぉ

001:君の奢りでオーダー


「リボンちゃん、相変わらずいい飲みっぷり! どう、もう一杯いっとく?」


 耳がつんざけるほどに爆音のEDMと足の踏み場すら見つからない人の海、そんな息苦しい空間をところ狭し駆け回る何色ものディスコライト。


  DJの奏でるビートに合わせて左右に、時には上下にと滑稽な素人踊りをかます有象無象を天井に吊るされたミラーボールは傲慢ちきに見下ろしていた。


 ここはクラブ。


 ある人はミュージックを、ある人は刺激を、ある人は非日常を──そして私は人肌を求めて。


 クラブには人種性別信仰を問わず、老若男女さまざまな人が集う。


「これ、テキーラでしょ? 私、ジントニックを頼んだはずなんだけど」


「そうだっけ? ごめんごめん、俺もちょっと酔ってるからさ。注文を間違えちゃったのかも」


 ばーか、お前がさっきから飲んでいるのはウーロン茶だろう。


 カフェインで酔ったとでも言うのだろうか。


 それにどう間違えてもジントニックはテキーラにならない──わざとに決まっている。


 所詮、こいつも性欲に脳を犯された哀れな猿か。


「はぁ……」


「どうしたの、リボンちゃん。気分悪くなっちゃった? 良ければ俺が横になれるところに案内しようか?」


 猿が私の腕を掴む。


 ノースリーブから惜しげもなく晒された私の白い柔肌を。


「ううん、大丈夫。それより私、もうちょっとあなたと飲みたいわ」


 猿は一瞬顔をしかめたが、すぐにそのブサイクな顔に下手な笑みを浮かべた。


「まじ? じゃあ俺が奢るよ」


「こんなに何杯もいいの? だってクラブのお酒って高いんでしょう」


「いいよ、気にしないで。俺、こう見えても結構稼いでるからさ!」


 得意げにそう語る猿の装備は以下の通り。


 グッチのキャップにレイバンのサングラス、胸元にはティファニーのネックレスでシュプリームの白T、アルマーニのブレスレットがつけられた腕の先にはヴィトンの長財布が握られていた。


 ……うぷ。


 見ているだけでも胸焼けがしそうなラインナップ。


 そのコーディネイトには全く統一性がなく、せっかくのハイブランドが渋滞を引き起こしており、これじゃあデザイナーの顔が浮かばれない。


 まさに豚に真珠、だった。


 きっと節約に節約を重ね、どうにか絞り出した金で買った品々なのだろう──けれども私は大人の女。


 わざわざそんなことを言うのは野暮だし、何より賢くない。


 今宵もネギを背負った鴨が釣れたのだから、骨の髄まで吸い尽くしあげなくちゃね。


「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら。今度こそジントニックをお願いね?」

 

 猫なで声に上目遣い。


 加えて激しめのボディタッチのコンボを決める私。


 始終鼻の下を伸ばしきっている彼には少々刺激が強すぎたのか、尻に火でもつけられたのかというくらいのスピードでドリンクカウンターに飛んで行った。


「まったく、クラブは最高ね。これだからやめらないわ」


 私は美しい。


 これは紛うことなき事実であり、周りの人間の態度と鏡がそれを証明している。


 さらにどうやら天は二物、いやそ以上を与えてくれたようで、私には人並みならぬ知性や演技力、処世術に絶対の自信があった。


 だからこそ世の馬鹿な男どもの考えなど手に取るようにわかるし、胸の谷間をちょっと見せてやれば私の言うことを聞かない男などいないと思っている。


 クラブに通うようになってからしばらく経つが、実際、私はここで一円足りとも支払ったことなどない。


 やっぱりここは最高ね。


 タダでお酒は好きなだけ飲めるし、それに飽きたら適当なイケメンを捕まえて抱かれればいい──ほんと、抜けられないし抜け出せない。


 そんなことを思っているうちに、脳みそをお母さんの子宮に忘れてきてしまったらしい猿が両手にテキーラを持って戻ってきた。


「お待たせ。はい、これリボンちゃんのね。俺と乾杯しよ」


「またテキーラ? もう、これで何度めよ」


 きっと彼はあとちょっとで私をお持ち帰りできると踏んでいるのだろう。


 しかもまだ口説く勇気はないから自分もショットを飲み、酒の勢いを借りようとしている。


 猿の魂胆なんて1から100までお見通しだけれど、スマートな私はそんなことには気づかないふり。


 その方が賢いから。


 けれどもごめんね。


 私は肝臓にも自信があるし、まだまだ全然酔ってないの。


 赤く火照った顔もチークをちょっと濃くしただけだし、ふらつく足元だって演技なのよ?


「かんぱーい!」


 猿の音頭に乗って、私たちはテキーラをぐっと流し込む。


 お酒の味はあまり好きじゃないけれど、喉が熱く焼ける感じと一拍遅れてやってくる高揚感は嫌いじゃない。


「おえ……」


 猿の嗚咽。


 自ら意気揚々と買ってきた酒でそうなってりゃザマないなと思いつつ、こうも頑張ってまで私に貢ぐ彼が可愛く見える。


 彼の頑張りを讃えて今晩の相手をしてやってもいいと普段なら思うのだろうが、最近の私はなんだかマンネリ気味でもっと刺激が欲しい。


 今夜はもっと上の男を求め、猿の相手をするのも程々にしておこうかしら。


「あら、もうすぐ終電の時間だわ」


 もちろん嘘だ。


 終電の時間なんて気にしたことはないし、今日も予定は朝帰り。


 これは猿に対してのせめてもの情けであり、優しい嘘。


「ごめんね、私もう帰るね。今日はありがとう」


 泥酔しかけの彼を尻目に、そう言って私はエレベーターへと駆け込んだ。


 上のフロアへと着くと、壁に背中を預けで物憂げな表情を浮かべてみる。


 私ほどの女ともなれば、こうして立っているだけで男が夜光虫がごとくホイホイと集まってくるの。


「お姉さん、俺と一緒に踊ろうよ」


 私はダンスがしたくて来てるんじゃないの。


 52点。


「このお酒美味しいよ? ウォッカっていうんだ」


 ウォッカは味わって飲むお酒じゃないわよ。


 68点。


「今日は一人で来たの? 俺も一人で来たんだよね」


 聞いてないし興味もないわ。


 46点。


「俺と静かな場所でおしゃべりしようよ」


 安っぽい自慢話しかできなさそうね。


 29点。


 ものの数分の間に色々な男たちが声をかけて来た。


 けれどもそこに私が求めている刺激的な夜を提供してくれそうな影はなく、もう今夜は諦めてそこらへんの適当な男で手を打とうかしら──と、思い始めた頃だった。


「ねえ、君。ちょっと血を吸わせてくれない?」


 2メートル近い体躯ながらも線の細い、そしてブロンドの髪がなんとも美しい白人がそんな前衛的なナンパをして来た。

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