第19話【武器屋トンヌラ】

「ヒミコ! 相談がある!!」


 俺は街に戻ると真っ直ぐにヒミコのアトリエに向かった。

 扉を開けると、優雅にティータイムを取っていたヒミコがカップを持ったまま驚きの顔で固まっていた。


 テーブルには他にも数人女性プレイヤーがいるが、緊急事態なので許してもらおう。

 ロキはログアウトしているし、他に知り合いもいないから頼りにできるのはヒミコしかいない。


「腕のいい武器職人を知らないか? 新しい武器がいるんだ」

「しょ、ショーニン。どうしたんですの? 今友達とお茶会中で……」


「すまん。俺にはヒミコ、君しかいないんだ」


 俺はヒミコの空いた手を握りしめ、じっと目を見つめる。

 とにかく何でもいいからいい情報をくれ!


「ぶ、武器のことなら、トンヌラさんという方がおすすめですわ。『武器屋トンヌラ』って呼ばれている方ですの」


 なぜか俺からうつむき加減に俺から目をそらされてしまったが、ヒミコはきちんと俺の知りたいことを教えてくれた。

 妙に顔が赤いが熱でもあるんだろうか。


「トンヌラだな。そいつはどこに行けば会えるんだ?」

「えーっと、ちょっと待ってくださいね。ねぇ、ミーシャ。あなたトンヌラさんとフレンドでしたわよね?」


 ヒミコにミーシャと呼ばれたプレイヤーに目を向ける。

 ブロンドに近い茶髪、ヒミコとはまた違った種類の美人顔だ。ヒミコが和ならミーシャは洋だな。


 しかし、面白いことにミーシャが着ているのは、着物だった。

 まるでヒミコの逆だ。


「うん。そうだよ。なにこれ。前ヒミコが言ってたヤツ? ちょーかっこいいじゃん。いいなぁ、獣人アバター。私も作り直そうかなー」

「獣人を選択できるようになったのは正規版からですものね。あ、でも彼はダメですからね?」


 俺の何がダメなんだろう。

 気になるが、今は武器だ。


 それにしてもここにいるメンバーの中でもミーシャはヒミコと同じくらいレベルが高い。

 見た目の話じゃないぞ。


 おそらくヒミコと同じくベータ版からのやり込み勢なんだろう。

 職業は「薬師」。他の職業のことをよく知らないが、生産職なのかな?


「人のもんに手を出すことはさすがにしないしー。あ、トンヌラだっけ? 今、ちょうどこの街にいるよ。呼び出そうか?」

「あ、いや。こっちからお願いするわけだし、俺が向かうよ。どこに行けばいいかな?」


「ちゃんと礼儀わかってんじゃん。好感度アップ。いいね。えーっと、名前なんだっけ? 表示されないのってリアルっぽいけどめんどいよねー」


 ああ。そうか。このゲームは他のプレイヤーの名前やレベル、職業なんかも普通は見れないんだったな。

 俺の場合は知識のおかげで全部見れるけど。


「すまんな。俺はショーニンだ」

「ショーニン? 職業じゃなくて、名前が?」


 キョトンとした顔でミーシャが聞き返す。

 俺は黙って一度頷いた。


「マジで!? ちょっと、ヒミコ! どういうこと? すごいじゃん! こんな有名人知ってたんならもっと早く教えてよ!」

「嫌ですわ。ミーシャ。他のプレイヤー情報をいくらあなたでも、おいそれと教えるわけないじゃないですか」


「でも、今めっちゃ話題じゃん! あ、トンヌラなら今自分のアトリエのいるって。C地区の北にある赤い屋根の建物だよ。ってかさ。すごいじゃん。ダンジョン攻略! どうやったの?」

「ミーシャ。教えてくれるのはありがたいですけど、さすがにそれはマナー違反ですわよ」


 どうやらミーシャは見た目の通り軽い性格のようだ。

 学校にいるギャルを少し思い出す。


 ギャルでもゲームするんだな。

 いや、そりゃ偏見か。


「そうだね。ごめんごめん。あ、私ともフレンドなってよ。それくらいはいいっしょ?」

「あ、ああ。問題ない。ありがとう。情報助かったよ」


 フレンド申請のやり取りをしている間、なぜかヒミコがこちらをずっと見てきた。

 まぁ、ヒミコが俺を、と言うより獣人の姿を見つめるのは今に始まったことじゃないしな。


「二人ともありがとう。あと他の人達も邪魔したな。じゃあ、行ってくるよ」


 立ち去ろうとした時、俺は昨日手に入れたアイテムを思い出した。

 持ってても邪魔になるだけだし、さっさと渡してしまおう。


「そうだ。ヒミコ。君にプレゼントがあるんだ。良かったらもらってよ。こういうの好きだと思ってさ」

「え? 私にプレゼントですか?」


 俺はサタンズアーマーを倒した時に手に入れた鎧のオブジェをヒミコに渡す。

 受け取ったヒミコは驚いたのか目を白黒させている。


「これって……もしかして?」

「ダンジョンのボスの報酬。昨日クリアしたやつのさ。いらない?」


「いえ! こんな素敵なものいただけるなんて。ありがとうございます!!」


 良かった。予想通り、ヒミコの好みだったようだ。

 防具製作職が鎧嫌いな訳ないよな。


「ヒミコ。なになに? 何もらったの?」

「うふふ。すごいですわよ。今、設置しますから。ここがいいですわね」


 ヒミコが何やら自分の画面を操作する。

 少しして、部屋の中に渡した鎧のオブジェが設置された。


 見た目はサタンズアーマーの縮小版だな。

 改めて見ると、かなり細かい所まで精巧に作られている。


「マジかよ!! ショーニン、これ、プレゼントって! うわ! すごい。加護までついてんじゃん!」

「そうなんですわ。本当に、こんなものもらっていいのでしょうか」


「くれるって言ったんだからもらっておけばいいんだよ。ショーニンの気持ちってやつだろ? くっそー。ヒミコ。いいな」

「うふふ。もう一度言っておきますけど、彼はダメですからね?」


 他のプレイヤーも鎧に集まってワイワイ騒いでいる。

 もしかして、結構いいものだったのか?


 聞きなれない「加護」っていう言葉も出てきたし。

 しかし、ちょっと今は聞きづらい雰囲気だな。今度、誰もいない時にヒミコに聞いておこう。


 俺は盛り上がっている女性達を後目に、トンヌラに会うために目的の場所へ向かった。


「えーっと、多分この建物だな」


 言われた通りの赤い屋根の建物は目の前のやつしかないようだ。

 重厚なレンガ造りに建物。重そうな扉を俺はノックする。


「おう! いるぞ。入んな!」


 中から少し低めの声が返ってきた。

 このゲームは声はマイク越しの自分の声だから男なんだろう。まぁ、ボイスチェンジャー機能もあるみたいだけど。


 中に入ると、ヒミコのアトリエとは全く違い、簡素な内装だった。

 しかし、所狭しと武器制作に使いそうなオブジェが置かれている。


「おう。ミーシャから聞いてるぞ。ショーニンだな?」

「ああ。早速だが武器のことで相談があるんだ」


 中にいた男は俺よりも頭一つ分背が低く、その割に筋肉が盛り上がるほどガッチリした体型をしていた。

 手には金属製の槌が握られている。


「話題のプレイヤーが獣人だったとはな。まさか正規版からの参加か? 素直にすげえな」


 トンヌラは簡素な作りの丸椅子にどかっと座る。

 目線で俺にも空いている丸椅子を勧めてくれた。


「それで? そんなトッププレイヤーが欲しい武器ってのはどんなだ? 武器の種類も聞いておかないとな」

「『商人』の武器が欲しいんだ。プレイヤーが少ないのか、店売り以外で出品されているのも見たことがなくてな。カスタマイズも頼みたい」


 俺の言葉にトンヌラは目を見開く。

 やはり「商人」というのは珍しいんだろうな。


「おいおい。冗談じゃないよな? 昨日の緊急メンテナンス。謎すぎると話題になってたが、まさかあんたのせいか?」

「俺が聞きたいくらいだね」


「なるほどな。それで、どんなのが欲しいんだ?」

「ダメージアップ。数値じゃなくて割合で、なるべく大きいものが欲しい。物攻や魔攻はどうでもいい。あとは、どうにか一度の攻撃で複数の敵を攻撃手段がないかな?」


「ふむ。今はどんなのを装備してるんだ?」

「今は『初心者のそろばん』のままだな」


 俺の言葉にトンヌラが勢いよく立ち上がった。

 座っている俺と同じ高さの目線で睨みつけてくる。


「おい。冗談なら面白くねぇぞ。俺はふざけたやつだ嫌いなんだ」

「冗談じゃない。ほんとだよ」


 ここでへそを曲げられても困るので、俺は「銭投げ」についてトンヌラに詳しく話した。

 最初は訝しげに聞いていたトンヌラだったが、最後には納得してくれたようだ。


「なるほどな……今ならあの緊急メンテナンスの意味が分かるぜ。ぶっ壊れ性能だったわけだ」

「俺としては改悪だけどな。しかし何とか対抗策が欲しい。いい装備、無いか?」


「ちょっと待ってろ。アーカイブを調べるから。さすがに『商人』用装備を作るのは初だからな。お、良さそうなのがあるぞ。複数攻撃ってのも当てがある」

「本当か!? じゃあ、早速作ってくれ! 素材はこっちで用意するから!」


 幸い、必要なものは露店で手に入るものばかりだった。

 俺はトンヌラが指定した素材を買い集め、それを渡し完成を待った。

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