第2話【金の力(物理)】
俺は一度ログアウトして、インフィニティ・オンラインのネット情報を漁る。
そこには俺を絶望させる数々の書き込みが多数あった。
このゲームも他のゲームを同じようにモンスターを倒して経験値を稼いでレベルを上げるのだが、それがまず難しい。
商人は戦闘職では無い。そのため戦闘自体が苦手だ。
かと言って支援職でも無い。前衛の支援をすると言う名目でパーティに入れてもらうのも難しい。
生産職のように優秀な武具を手に入れられる訳でもない。
レベルを上げられなければ強くなれない。強くならなければレベルは上がらない。
弱いモンスターひたすら倒してもレベルから3つより下のモンスターからは経験値を貰えなくなるらしい。
そしてスキルも残念なものばかりだった。
唯一の攻撃スキルは「銭投げ」。言葉の通りゲーム内通貨を消費して相手に固定ダメージを与える。
そもそもやりこんだプレイヤーが居ないのか、その後のスキルはまだ分かっていなかった。
しかし分かっている限り攻撃スキルは増えないようだ。例のジェシーとかいうやつが画像付きで公開していた。
「なんだよ。こんなんでどうやってモンスター倒してくんだよ。倒さないと金入らないのに、倒すために金使うっておかしいだろ!」
誰も聞いていないのに俺は憤る。
例のネタ画像についても、既にネタだと明かされていて騙された人たちの書き込みもあった。
「何が『騙されました。ジェシーさん流石です。仕方がないので別のアバター作り直しますw』だ。こっちはそんな金ないんだよ!」
プレイヤーのキャラができた時点で新しい因果律が発生し、NPCやイベントに影響を与えるため、プレイヤーの削除はできない仕様らしい。
新しい枠を買えばいくらでも増やせるのだが、ためらう値段だ。
「くっそ。完全に騙された! でもゲームに金使うのも馬鹿らしい。ひとまずこのまま続けるぞ。俺はお前らみたいに金持ちじゃないんだよ」
誰に対して言っているのか俺も分からないが、この憤りをぶつける相手が欲しかった。
俺は再びゲームの中に入る。
意識が変わり毛並みのいい腕が視界に現れた。
作る時は楽しかったが、他のプレイヤーに襲われるリスクを考えると、俺はこの姿にもげんなりした。
「ひとまずモンスターを狩って憂さ晴らしだ」
インフィニティタウンを出てすぐのフィールドが初心者用の狩場らしい。
そこまで歩いて行く間にも様々なプレイヤーを見かけた。
最初に話しかけてきたイケメンのように強そうな装備を身にまとっているやつ。
俺みたいに初心者丸出しの装備のやつも多い。
多分良い装備をしているやつはβ版からやっているやつだろう。
「そういえば装備を確認してなかったな」
俺はステータス画面を見て自分の装備を確認した。
ショーニン装備
右手:初心者のそろばん
左手:(初心者のそろばん)
頭:無し
身体:初心者の服
足:初心者のサンダル
まぁ、ご丁寧に初心者って思いっきり書いてる。
他にも装飾品という欄が複数あったが、もちろんそこも無しだった。
さらに詳細が見られるようだ。
俺は武器を開いてみる。
【初心者のそろばん】
初心者用のそろばん。
攻撃力:0
効果:店売り価格が10%アップ。壊れない。両手装備。「商人」専用装備。売却不可。
「はぁー……」
これを見て俺は長い溜息をついた。
なんだよ。攻撃力0って……もう武器ですらないじゃん。
専用装備って書いてるけどなんも嬉しくないからな。
その他の装備は「壊れない」のと「売却不可」以外の効果はなく、性能も高そうには思えなかった。
「まぁ。最初の装備だしな。当たり前か。これでモンスター狩れるのか?」
そうしている間に初めてのモンスターを見つけた。
辺りでは他の初心者らしきプレイヤーも狩りをしている。
「壊れないって書いてるし、これで殴ればいいのかな。うりゃああああ!」
殴りつけるとダメージが目の前に表示された。
それに伴いモンスターの頭の上に突如現れた赤いバーが少し暗くなる。
「あ、モンスターのHPは攻撃すると表示されるんだっけか。えーっと、今ダメージ5を与えて少し減ったから……後3回くらい殴れば倒せるのかな?」
攻撃したモンスターがこっちに向かって体当たりをしてきた。
俺はそれを身軽に躱す。
このぷにっとしたモンスターはスライムというらしい。
動きも緩慢で攻撃も避けやすい。当たっても大して痛くなさそうだ。
「お。消えた。ん? なんか落としたな」
計4回目の攻撃を当てた後、スライムはポリゴンのようになり霧散した。
ここら辺は設定で色々できるらしいが、グロ耐性の低い俺は初期設定からいじっていない。
【スライムの粘液】
スライムから得られるネバネバした液体。素材。
俺は持ち物の中に新しく出来たアイテムの詳細を開く。
そういえばこのゲームはモンスターを倒すと必ずドロップが落ちて、それを売って金にするんだったな。
試しに俺はプレイヤーが他のプレイヤーに売るための露店の相場を調べる。
そこには無数のアイテム名と在庫数の総数、そして取引価格の幅が書かれていた。
「うわ! これゴミじゃん」
そこに書かれていた「スライムの粘液」の価格は10ジル。これより下の価格を示すアイテムはない。
つまり取引最低価格って事だろう。
ちなみに店売りもできるが、店の取引額はこの露店での過去1週間の取引額の平均値で決まるらしい。
その時の価格は露店平均値の半額だ。
とりあえずレベル上げてステータスを増やすのと、装備をもう少しマシなものにしないとどうにもならないな。
くそっ。結局ゲームでも極貧生活かよ。
適当に目に付くモンスターを狩っていたら、同じ初心者装備のやつらの話し声が聞こえてきた。
「おい。見ろよ。あそこ。そろばんで殴ってるぜ。ってことは『商人』かよ」
「ぷっ。まじで? ウケる。どうせジェシーさんのネタを間に受けたやつだろ。ご愁傷さま。さっさとキャラメイクからやり直せばいいのに」
くっそう! 当たっている分だけ腹が立つ!!
しかし、お前ら金持ちと違ってキャラ作るだけで払うような金はリアルで持ってねぇんだよ!
イライラしながらモンスターをひたすら殴っていると、音が鳴った。
『レベルが2に上がりました』
お。やった。ようやくか。
俺はステータス画面を開き確認する。
ステータスの画面の右下には初め0だったポイントが5に変わっている。
これを好きなところに振り分けるらしい。
「これも一回振り分けたらもう戻せないらしいからな。ひとまず何を上げればいいか決まるまで保留しておくか」
その後モンスターから拾ったアイテムを確認し、その価格を調べる。
「うわ……軒並み10じゃねぇか。ん? これだけ100だな」
【スライムコア】
スライムの中にある核。素材。
「ああ。前に見た、レアドロップってやつか。でもこれは必ず落とすわけじゃないしな。拾ったのはありがたいけど」
俺は考えを巡らす。このまま「商人」でまともに戦闘を繰り返すには無理があるのは目に見えてた。
しかし、かと言ってネットの情報からは有益なものは見つけられない。
「うん? あれは?」
向こうにモンスターの群れがいる。
しかし周りには多くのプレイヤーがモンスターを狩っては探しを繰り返しているのに、誰もそのモンスターには目もくれない。
「なんだ? 強そうなモンスターにも見えないけどな……」
近寄ってみると、岩のような甲羅を身に付けた子犬サイズのカブトムシに似たモンスターだった。
試しにそろばんで甲羅を叩いてみる。
硬いものを殴った衝撃と音がして、ダメージに0と表示された。
そこでこのモンスターの名前がロックビートルということが分かった。
特に反撃を仕掛けてくる様子もないので、何度か立て続けに殴ってみた。
「なんだよ。こいつ。かってぇなぁ。お、やっと当たった」
何度か0を繰り返した後、やっと1を与えられた。
確か、防御と攻撃の差が激しすぎるとこんな現象が出るってどっかで読んだな。
頭の上のバーは5分の1程度減った。つまりこいつのHP自体はかなり少ないってことだ。
「でも攻撃しないっては言っても、これじゃあだるくてしょうがないな。ちなみにこいつのドロップの値段は……はぁ!? 1000!?」
破格の値段に俺は声を上げた。
価格が高いのはおそらく取引数自体が少ないこともあるようだ。
コンスタントに売れてはいるみたいだがその数はわずか。
それに対する供給もそれほど多くない。
「よーし! こいつ倒しまくれば一気に金稼げるじゃん! なんで誰も思いつかないんだよ」
しかしすぐに誰もやらない理由が分かった。
一回当たったのはもはや奇跡と言っても良かった。あれから何十回も殴ってみたが表示は全て0だった。
「くっそう。全然当たんねぇ。やっぱ無理かー。ん? そういえば。そうだ。これだ!」
俺は持っている攻撃スキル「銭投げ」を選択する。
どうやら投げる額は自分で決められるようだ。
【銭投げ】
ジルを投げ付け敵に固定ダメージ(ジル×0.1)を与える。投げたジルは失う。
俺は40ジルを選択した。
目の前に10と描かれたコインが4つ現れ目の前のロックビートルに当たる。
ダメージ4と表示されロックビートルは消え、ドロップアイテムが現れた。
「よっしゃー! これで俺も簡単に大金持ちだ!! 見てろよ。馬鹿にしたヤツら。俺は『商人』で天下を取るぞ!!」
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