第2話 デート

「わ、私!?」

「はい。私は菜乃ともっとずっと一緒にいたいと思います。もちろん、これが恋と呼ばれる感情なのか、判断つきかねますが」

「う、うーん。違うと思うけれど」

「何故ですか? 種類の違いも関係ないと言いましたよね」

「あー、と」


 確かにその通りだ。生まれたときから一緒で家族で姉妹で女同士、と言う感覚だが、ムツミからすればそもそも性別とは? の状態なので、そこはいいとする。ロボと人間と言うのも、関係がないと言ったのは自分だ。それはいい。

 自分が相手とは想像していなかったので慌ててしまった。だけど冷静に考えてみても、ムツミが自分に恋をしていると言うのは、ないのではないかとやはり菜乃には思えた。

 意識して見た目上にも落ち着いて見えるよう、ゆっくりとムツミに答える。


「だって近すぎるし、単に身近な人間が私しかいないから、そう思ってるだけじゃないかなぁ」

「その可能性は私もあると思います」

「あ、それはわかってくれてるのね。ムツミが人間とかAIなのは置いといて、対人経験が圧倒的に少ないのは間違いないんだから。普通の人でも、それで勘違いしてしまう可能性はおおいにあると思う」

「はい。ですが菜乃、それをどうやって確認したらいいのですか? 私はどうすれば、本当の恋を知れるのでしょうか」

「う、うーん……やっぱり、外に出るとか? うーん、でもムツミの存在自体、人には秘密だし……」


 解決策、と言われると困ってしまう。恋をすればいいと軽く言ってしまったが、よく考えたらネット越しに叶わない恋をするか、身近な他の機械にするかくらいしか想像していなかった。まさか普通の人間同様の実在する身近な人間相手にしたいとは。

 それはさすがに、ムツミは開発中の存在なので言えないから、不可能に近い。それこそ、ネットの中で人間として振る舞ってチャットなどで誰かと親しくなる、くらいしかないだろう。だけどそれも、いろんな人と知り合うと言うのとは違う気がする。


「とりあえず、一つずつ考えていい? 私に対する感情が恋なのかどうか確認する、からで」

「はい、そうですね。菜乃が嬉しいことを言ってくれたので、つい一足飛びに考えてしまいました。難しいことは一つずつクリアするのは基本ですね」

「うん。とりあえずね、外に出て、デートとかしていこう。そうして世間を知ってみて、他の人を見て、他の人のデートとか実際に見てみて、どう思うか。それが大事だと思うわ」


 今のムツミはネットにばかり触れている状態だ。いわば世間知らずなお嬢様だ。まず世間を知る。それだけで感情の幅も広がるだろう。


「それはいいアイデアです。菜乃と一緒にいられるのは嬉しいです」

「う」


 素直に喜ばれると、折角の恋かも、と言うのを否定する立場の菜乃としては少し心苦しい。

 別に、ムツミに好かれるのが嫌なわけではない。菜乃だってムツミのことは大好きだ。だけどもちろん、恋はしていない。


 恋をしたい、と言うムツミの発言自体は、成長しているんだなと思うし、微笑ましくも嬉しい気がするのだが、それが自分だと思うと困惑しかない。

 そして一緒にいたいと言われて嬉しいが、巨大ロボになってからどうしても距離ができたのを責められている気さえする。おそらくそのせいで、もっと一緒がいい、恋かも、みたいになった可能性もあるだろう。


「ま、まあ、とにかく、ムツミが恋を知りたいなら、できるだけ協力するよ。いつまでも私しか知らなくて、姉妹で恋愛ごっこじゃあ、つまらないしね」

「私は楽しみですけど、その言い方なら、しばらく私と恋人ごっこをしてくれると言うことですか? 嬉しいです」

「え、ああ、まあ、じゃあ、そうしよっか」


 そんなつもりはなかったが、さっきもデートして、と言ってしまったし、まぁいいだろう。恋人がするみたいにすると言ったって、姉妹でするのに抵抗はない。何より、実際のところ今の巨大ロボでは動けないのだ。手を繋いで歩くのだって困難だ。

 ならできるだけ、気持ちだけでも希望に沿ってあげたっていいだろう。


 そう菜乃は割り切って考えることにした。

 さしあたっては、どうやってデートの形にするか、父親の協力を仰がなければいけないことが問題だ。








「……つら」


 思わず心の声がもれてしまう。父親に話してみたところ、実際の人間のように活動してみることも意義があるだろう、とノリノリで準備してくれた。

 してくれたはいいけど、人間の感覚に近いだけのデータを観測する為にと用意してくれたのは、台車いっぱいに乗った機材だった。到底私では持ち運べない量なので、台車に乗っているのは助かるけど。

 だけど考えてほしい。誰がデートに、わかりやすく機械の塊をのせたのを持っていくのだ。ムツミの意識は家のパソコンから通信でつながっている状態でこれなのだけど、運んでいるのもムツミの一部っちゃ一部扱いなわけで、なにこれ介護?

 思っていたデートじゃない。いや、どんなのを想像していたと言われても困るけど。


「菜乃、疲れましたか?」

「あぁ、まぁ、大丈夫よ」


 とにかく、今日はムツミが満足するまで付き合うのだ。そうすればどういうものが恋なのかわかるだろう。と自身が恋を知らないくせに菜乃はそう、お姉さん風をふかせていた。


「とりま、まずはタピオカね。言ってたやつ」

「はい。楽しみです」


 休日と言うこともあり、タピオカ専門店の前は混んでいた。これでも朝一なのでマシのはずだけど、30分くらいはかかりそうだ。そこの最後列に並ぶ菜乃はそこそこ目立っていた。

 ただ運んでいるだけならそれだけだが、呑気に並んでいるとやはり違和感があるので、ちらちらと道行く人も視線をやっている。


 少々恥ずかしいが、割り切ると決めた菜乃はスピーカーモードにして堂々とムツミと会話することにする。独り言を言っていると思われるよりいいだろう。

 会話が聞こえたところで、まさかその相手がAIと気付かれることもない。


「もしもし、ムツミ聞こえる?」

「聞こえてますよ」

「じゃあ見えてる?」

「はい、もちろん。電波良好です。それにしても朝からすごい人ですね」

「最近OPENした話題のお店だしね」

「しかし、タピオカドリンクはいずれも高カロリーと聞きましたが、朝からいいのですか?」

「やめなさい。にらまれるのは私なのよ」


 こん、とカメラ部分を小突く動作をする。実際にたたいたところで、自分が痛いばかりなので、いつものことだ。

 とはいっても、実際に声が聞こえた前の人が振り向いて嫌そうな顔をしたので、ポーズだけでも怒らないわけにもいかないので仕方ない。


「すみません。つい。でも楽しみですね」

「はいはい。時間つぶしにこの後の行き先決めよっか」

「あれ、決めてなかったのですか? てっきりエスコートしてくれるのかと」

「なにがエスコートよ。そんなの、二人で決めた方が楽しいに決まってるじゃない」

「ほうほう。なるほど。ではどこに行きましょうか。現在地周辺で評判のお店で調べましょうか」

「周辺って言っても、それ徒歩20分とかかかるでしょ」

「たった20分でしょう?」

「馬鹿。20分歩くのがどれだけ疲れると思ってるのよ。しかもこんな重いもの押して」

「確かに、菜乃の体力のなさを計算に入れていませんでした」

「ざけんな。あんたには勝てるわ。連続稼働時間10分が」

「通電していれば無限です」

「あ、てかこの機械は大丈夫なの? ずっと通信してるけど」


 なんて大して身のない会話をしていると、直に順番がやってきた。タピオカ黒糖ほうじ茶ラテを一つ注文する。

 ムツミは測定するだけで実際にぐびぐび飲めるわけではなく、大方が菜乃の胃袋に収まるのだから当然だ。立ち飲みはできても立ち測定は難しいので、近くのベンチまで移動する。

 駅前のベンチの一つが空いていたのでちょうどよかった。


「さて、じゃあまずは美味しいうちに一口。んー。美味しい」

「何を先に飲んでるんですか」

「温度はあんたに関係ないでしょ。じゃ、いくわよ」


 測定方法は出る前に一通りレクチャーされたし、ムツミの指導があれば問題ない。まず弾力テストだ。軽く挟まるよう、しっかりタピオカの水分をとってから固定する。次に味だ。小型のミキサーで少量、タピオカごと粉砕して混合液になった状態で、機械の匙のようなところにストローで持ち上げて数滴落とす。

 それらのデータが届いたムツミが一言。


「うわ、これカロリーえげつないですよ」

「黙れ」

「冗談です。でもそうですね、以前に測定したいずれのデータとも異なる触感のようですね」

「以前って言っても、あれ30品くらいしかはかってないような。データ数少なすぎ?」

「菜乃も、やはり博士の子供ですね。似ています」

「ちょっとやめてよ。おっさんに似てるって言われて嬉しい女子高生いないから」

「この触感がブームなのですね。ただ味は、どうなのでしょう。タピオカなしで飲ませてもらえますか?」

「はいはい」


 何もしていない状態の液体部分のみストローでのせる。


「あ、今気がつきましたけど、菜乃が使っているストローを使ってますので、これ、間接キスですね」

「えぇ? そ、そうなるのかな?」


 ムツミとは付き合いが長いので性格は熟知しているが、このロボットならではの感性はまだまだ未知が多い。菜乃は困惑しつつ、駄弁りながら最後まで飲み切った。


 それからまだ昼には早いので、とりあえずとったカロリーを消費するために動くことにした。

 個人的には、え、そこ? とは思ったのだが、ムツミが行きたがったのでボウリングに行くことになった。

 一人でするみたいになってしまう、とは思ったけど、どうせどこでも同じだ。


「料金を一人分しか払ってませんが、よかったのですか?」

「AIに料金設定ないから大丈夫よ。そもそも、靴もかりないし実際にプレイしないんだから大丈夫でしょ。じゃ、まずは私からね」


 受付をすませてシューズを履き替え、なんとかスロープを経由してムツミも席の隣に置けた。一応ムツミについては、通信機器で外に出られない女の子にボウリングの気分を味合わせたいのだと説明してOKもらえた。

 とにかく、名前も設定してボールを一つ用意して投げた。


「うーん。微妙かな」

「6本は少ないのでは?」

「うるさいな。あ、そうだ。ムツミもできる方法考えた」


 隅にあった子供用の滑り台みたいなやつを使うことにした。ムツミが指定する場所に置いて、言われる重さの球をのせて転がした。


「8本。おかしいですね。理論上ではストライクなはずなのですが」

「は、てか私より点とるとかおかしくない?」

「おかしくありません」


 とりあえず交互にやって普通に勝負した。したけど、よく考えたら絶対まっすぐ投げられるムツミはずるい気がした。でもそんなに勢いつかなくて力が弱いから、ムツミからもずるいとか言われたので、お互いさまと言うことにした。


 結局、2回戦の一勝一敗でボウリングを終えた。と言うかセットするだけとはいえ、全部菜乃が動くので結構疲れるのだ。


「そろそろお昼にしましょうか」

「そうね。とはいえ、あんたが入れる場所が必要だから、あんまり小さいお店だと気を遣うわね」

「ではここから近くのモールのフードコートでどうでしょう」

「ああ、その手があったか。そうしましょうか」


 移動する。そろそろこの台車移動による周囲の好奇の視線にもなれてきた菜乃は元気に移動する。と言うかお腹が減ったので、早く食べたかったのだ。


「やっとついた。何食べたい? 一食だけだから、選ばせてあげる」

「別のものを頼んでシェアするのがデートの定番ではありませんか?」

「太らせる気?」


 とりあえず並んでいるお店の前を一回りしてラインナップがムツミに見えるようにする。お昼時なのでやや騒がしいが、スピーカーど同時にインカムも装着しているので、会話には支障はない。


「太っても菜乃は可愛いですよ」

「美醜わかるの?」

「当然です。ネット上には日本の人口以上の人間の顔のデータがあるのですから、より好まれる顔だちを学び、平均値をとり、菜乃がどれだけ可愛いのか判断する程度容易いことです」

「ほう。で、点数は?」

「100点満点中、54点です」

「殺すぞ」

「ふふ。冗談ですよ。いえ、真実ですが、私にとっては120点。世界で一番かわいいですよ」

「……ふん」


 世界で一番とは、またふいてくれる。とはいえ、AIは嘘を言わないので悪い気はしない。

 54点と言うのも、菜乃にとっては赤点レベルだが、よく考えたら普通の顔で平均的だと自認している。ましてネット上には当然芸能人など顔のいい人のデータも多いのだから、50の平均を超えているだけましだろう。

 単純な菜乃は一瞬で落ちた機嫌を回復させ、一回りして少し人込みから離れてからムツミにメニューを聞いた。


「そうですね。では、そこのパスタにしましょう。季節のキノコカルボナーラで」

「あ、いいわね。でもどうしてそれを選んだの?」


 今ちょうど食べたい気分のものを言われて、菜乃は笑顔で列に並びながらも尋ねる。

 AIはいったい何を基準に食べ物を選ぶのか。タピオカはそれ自体を話題に出したことのある流行のものなのでわかるけど、この中には特に変わった料理もない。とても気になる。

 するとどこか得意げな声が返ってきた。


「もちろん、菜乃が好きだからですよ」

「え、私の好物とか知ってるの? 一緒にご飯食べたりしたことないのに」

「もちろんです。菜乃のことは何でも知ってますよ」

「怖いんだけど」

「乙女の恋心ではありませんか。あ、乙女のAI、だったかもしれません」

「あんた、ボケまで突っ込んでくるようになったのね」

「日々進化しているのです」


 リビングにはカメラもマイクもある、どころかそもそも冷蔵庫についていて買い物チェックまでしてくれているので、何を食べているか把握していても不思議ではない。ないけど、なんだか改めて言われると変な感じがした。

 無事注文して席を確保する。一人席だけど壁際の隅っこなので、ムツミの機体を押し込んで通路にはみ出ないよう配置することもできた。


「じゃ、とってくるわね。席とっておいてよ」

「了解しました」


 そうこうしているうちに呼び出し音がなったのでさっさと取りに行き、料理を手に戻る。一応、ムツミの分もコップに水を入れておく。意味はないし飲まないが、何となく、そうしたい気がしたいのだ。


「お待たせー」

「問題ありません。一名の接近がありましたが、私がブザー音を鳴らして威嚇すると立ち去りました」

「いや何してんのよ」

「口で言っては、逆に興味を引く可能性がありましたから。近づくと音が大きくなるとわかれば、大抵立ち去りますよ」

「なるほど、かしこいわね」

「天才AIですから」

「はいはい、天才天才。じゃ、はかるわよ。あ、先に水飲む?」

「お気遣いありがとうございます。折角なのでいただきましょう」


 意味などないが、検査機に水を落とす。


「軟水ですね」

「え、そうなの? ただの水だと思ってたけど、じゃあこだわりの水なの?」

「日本の水道水はほぼすべて軟水ですよ」

「ひっかけかよ」

「何もひっかけてません。では次に料理をお願いします」

「仕方ないわね。ちょっと待ちなさい」


 パスタ一本と、キノコの切れ端を粉砕して、検査匙に落とす。


「どう?」

「これもなかなか、カロリーが高いですね」

「あんたマジでぶっ飛ばすわよ」

「すみません。ですけど、成分が分かってもこれが美味しいのかどうか、判断することができないので。菜乃と会話できるのがカロリーくらいなのです」

「う。そ、それはそうかもだけど」

「乳脂肪分が多いですね、とか言った方がよかったですか?」

「いや、困るわ。悪かったわよ。じゃあ、パスタの弾力測定するわよ」

「お願いします」


 次に麺類を装置で押しつぶす。細いし柔らかいのですぐにつぶれたが、数値上はちゃんと違いがでているようだ。あくまで測定のみでディスプレイもないので、菜乃にはそれを知るすべはないけれど。


「なるほど。これがアルデンテなのですね」

「そうね。いただきます」


 知らないけど。確か茹で具合だったはず。と言う曖昧な知識で相槌をうってから、菜乃はさめないうちにパスタを食べだす。


「ん。美味しー」

「タピオカとどっちが美味しいですか?」

「え、めちゃ難しいこと聞くじゃん」

「難しいですか?」

「だって全然分野違うし」


 パスタの中で一番好きなもの、でも実は悩むくらいには優柔不断な菜乃なので、その二つを比べるのは至難の業といってもいい。

 食べながらもガンガン話しかけてくるムツミに合間合間に答える。


「なるほど。飲み物は飲み物、食事は食事で別と言うことですね」

「まー、そうだけど、実際には甘いのとかしょっぱいのでも別かな。お菓子の中でも、チョコレートの中でどれがとか、おせんべいの中でどれがとか、わけないとムズイし」

「それでは、お菓子が食べたいときにほとんど一位ばかりで悩むことになるのでは?」

「う。するどいとこつくわね。その時の気分にもよるわ」

「そうですか。奥が深いですね」


 AIからしたら、その時の気分と言うのはハードルの高いことなのだろうか。とは言え、ムツミは会話をしている分には完全に人間相手と間違えそうなほど感情豊かだ。少なくともそう感じられる。だから菜乃も普通に話してしまう。

 ムツミの頭の中はどうなっているのだろう、と不意に菜乃は思った。


 もちろん物理的には機械でありネットワークだ。だけどそうではなくて、菜乃にとって、ムツミはAIでロボットで作りものだとわかっていても、魂がある同じ人なのだと感じる。

 菜乃が昔からの付き合いからだと言うのを除いても、話していればそうとしか考えられなくなるはずだ。それが当たり前のようで、でもやっぱりロボットなので、不思議な気持ちにも時々なるのだ。


「ふー、ごちそうさま。さて、食事も終わったし、そろそろ次に行きましょうか」

「はい。次はどこに行きましょうか」

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