とある生徒の終幕 13

深く痛く、幻想を覚ます傷をつけたのはカンダタだった。目線を後ろへと向けると、彼は申し訳なさそうな顔で私を見つめる。

彼がそんな顔するなら、私も謝らないといけないな。その目とか首とか、ほかにも。

斬られた脊椎の奥から黒蝶が飛び散って、天井へと霧散する。空気に触れた黒蝶たちが塵へと変わっていく。力を失った私は身体を支えきれなくなり、足から崩れ床に倒れる。

ギャラリーのほうを見てみれば猫の仮面をつけた青年とその腕の中には岡本 清音がいた。

あぁ、なるほど。

私が首を吊った時、あの放送を聞いていたのか。だから、私の呼び名も彼女は当てたのだ。わざとその呼び名を叫び、自ら落ちたことで私の気を引いたのか。そして、黒猫が1階に降りて、人型になると私の代わりに彼女を受け止めた。

結局、ヒーローになれなかった。

こんな復讐劇、書きたくなかった。ほんちゃんのいない物語を書きたくなかった。私が書きたかったのは煤だらけの少年がヒロインを救い出すような活劇だったのに。

今となっては後悔しかない。

どうして私は手を差し伸べなかった?

ペンキに塗れた彼女の手を掴めばよかった。周りの目も罵声も無視してそこから逃げればよかったのだ。

1番卑しく冷たく浅ましいのは私じゃないか。私は、ヒーローとはほど遠い化け物になっていた。

「ごめんほんちゃん、ごめん、ほんとにごめん」

謝ったとしても相手はいない。過去は消せない。

涙も謝罪も、私の心を理解していたのはカンダタだった。

「白鋏を貸してくれないか。輪廻に送る」

ハザマに流されて、奴らの研究対象となるよりは直接輪廻に送り、穏やかに終わらせようとカンダタは考えた。

瑠璃は黙って白鋏を投げて渡す。

カンダタが切ったのは5㎝ほどの切れ目だったがそれだけでも充分だった。裂け目から暖かい光が漏れて、その先の光にぼやけた歯車が見えた。誘われていくように身体は光に溶けて歯車に吸い込まれていく。

「輪廻の先で会えるといいな」

意識さえも溶かされていく中でカンダタの声がはっきりと聞こえる。

「君も、会えるといいね」

彼には謝罪や謝礼を述べるべきだった。しかし、そうした論理観も溶かされて最後に残った本心が笑みとなり、言葉となった。

輝く輪廻の中にほんちゃんはいるだろうか。

いるといいな。そしたら、今度こそ言うんだ。煤だらけの少年がヒロインに行ったあの台詞を。

そして、手を繋いで一緒に夢を叶えに行こう。




カンダタが作った裂け目に吸い込まれるようにしてすみれ先輩と藤井 涼が光の粒となって消えていく様子をケイの腕の中で見守った。

巨大な花もすみれ先輩も可哀想な彼も、全てが溶かされ、日常的な体育館に戻り、これで終わったと告げていた。

肩も脚も力が抜けて、私の背中はケイに凭れる。

「キヨネ、立てるか?」

ケイが聞いてくるも、私は声も出さずに拒否をを示して首を振るう。ケイには悪いけど、もう少しこのままでいさせてほしい。声も出ない程に疲弊した心では自分自身を支えられない。

私が求めて信じたものって何だったのかな?

彼らの結末を見ても私の答えは出なかった。むしろ、複雑に絡まり、求めていた強さと正しさは形を失くしたように思える。

坂本先生は強い人はいないと言った。

ケイはそこに正義は必要ないと説いた。

すみれ先輩には正義と強さは凶器だと教えられた。

それでも、強くありたいと正しくありたいと願う私は浅ましい人なのかな。

静寂の夜は更ける。前に進めない私だけを置いて時間だけが通り過ぎていく。

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