とある生徒の終幕 12

「私が書きたかったのは活劇なんだ。でも、もう遅いんだ。復讐劇しか書けない。そいつが全てを狂わせたから」

私が指差したのは2人の背後にいる桜尾 すみれ。

「こいつの、演劇部員の言い分を聞いた?皆、口を揃えて“自分は悪くない”だとさ。洗脳されて言わされているのかと思うよ」

落ち着いていたはずの情緒が揺れ動く。熱烈な感情に感応して私の腕や首筋に黒蝶が浮かぶ。

「全ての人は誰かの被害者で誰かの加害者なのに、そいつらは受けた傷だけを嘆いている。ほんちゃんの、蛍の自殺も誰かのせいにする。許せない、許せるはずがない。なぁ、そうだろう?」

私は訴えて問いかける。同情を望んだわけではない。知って欲しかった。彼らの卑しさを、ほんちゃんの傷を。

カンダタは黙って私の訴えを受け入れて聞いてくれた。彼も同じ立場なら私と同じことをしていたからだ。

「自分は違うって言いたいわけ?生身の身体は疑われない安全地で寝ているくせに。あなたも同じ罪を背負っているのなら自害する覚悟くらい持ったら?」

瑠璃の言い分は正しい。だが、私の身体が命拾いしたのは誤算だったのだ。復讐劇が終わっても自分の生活に戻るつもりはない。それにこの世の中、彼女の言う世論が通らないのはもう体験している。

「言っただろ。私はすでに長野先生の食料だ。あっちの心臓ももうじき止まる。それに彼女のいない生活に、道標をなくした人生に未練もない」

肌に刻まれた黒蝶が全身を覆っていく。再び喉の渇きと飢えが私を襲う。唾液を飲み込んで衝動を抑える。

「先生は、約束を守ってくれた。だから、私も、約束を」

私の焦点は瑠璃に絞る。

もう衝動を抑えなくても良い。覚悟はできている。

ステージ台を跳んだ私は獣の眼光で瑠璃の血肉を求める。前に乗り出したカンダタは白い刃を振り上げて私の動きを止めようとした。

肩に斬りかかるも咄嗟の判断で揺らいだ刃は私を止めることができなかった。その結果、2人は床に共倒れになった。

両手に刀を握り、態勢もカンダタが下になっていた。不利なのはカンダタであり、2人分の落下衝撃を一身に受けたのもカンダタだった。その上、右の親指が彼の左目を突き、左の爪が首に食い込ませて引っ掻く。

このままカンダタを襲っても良いのだが、理性を手放しても狙いは変わっていない。眼光は彼女を捉えて奇声をあげながら立ち上がる。

瑠璃は白鋏を片手に立ち向かおうと身構えた。

「すずちゃん!」

衝動も唾液の分泌も止めたのはあの子の呼び声。私をそう呼ぶのは1人しかいない。

声がした2階ギャラリーを見上げる。スポットライトをかすめた明かりが蒼白さを演出して朧ろげな早朝を連想させる。2階ギャラリーの柵の外側に立っていたのはほんちゃんだった。

「ほ、んちゃん?」

魂ですら現世にいない。しかし、彼女はそこに立ち、私を見据えている。

静かに見つめていたほんちゃんは手と足を柵から放し、影の中へと落ちていく。

駄目だ。それは駄目だ。

先生の約束も衝動も忘れて腕を伸ばし、彼女を受け止めようとする。

そうだ。思い出した。私たちの夢の始まり。あれは子供の頃の活劇だった。

私が書きたかったのは、描きたかったヒロインと主人公は。

伸ばした私の腕は彼女に届かなかった。肩から腰にかけて背中を脊椎ごと斬られた。

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