とある生徒の終幕 9

私は人に対して強い警戒心を持つようになってしまい、長野先生の良心的な話にも耳には入れなかった。

「佐矢 蛍さんの事は残念だと思うよ。でも、涼君が病む事は無い。彼女もそれを望んでいないだろうしね」

ほんちゃんの名前が上がり、私の意識は長野先生に向く。

「ニュースしか知らないくせに、よく言えますね」

こいつはわからない。わかるはずがない。赴任したばかりの奴が彼女の名前を出さないでほしい。

彼女が亡くなった原因。私は知っている。 叩かれて歪んだ心の形を、それをわかっていながら何もできなかった、しなかった周りの対応。それらを全て言ってやりたいがこの人に文句を言ってもどうしようもないのだ。

「彼女の事は知らない。けど、君の事は知っている。苦しいんだね。よく頑張ったと思うよ」

「頑張ってもいない。苦しんでない」

「そうかな。涼君は憎しみの拠り所が見つけられなくて、無力感にしか変えられていない」

だからなんだというのだ。同情も同調もいらない。私は何もいらない。

「憎しみは人を蝕む。多くの者はそれを捨てようとする。けれど、憎しみなくして人は生きていけない」

「あなたは何が言いたいんです?」

教師としてもカウンセラーとしても、らしからぬ発言だった。無心であった私が長野先生にわずかな関心が湧く。

「思うに、涼君に必要なのはテレビと向き合うことより憎悪を燃やす闘志だ」

「つまり、復讐を推奨するんですね。よくそれで教師になりましたね」

「余所行きを良くするだけで人は信じる。それだけで心を許し、受け入れて笑う。涼君のような子もいるが、それはどうとでもなる。魂は身体よりも単純にできているからね」

スピリチュアルな話をしているのだろうか?もしかして、この人は新宗教の一員だったりするのだろうか。

「狙いは何?勧誘?復讐を代行する代わりに信者になれって?言っとくけど、うちの家庭はキリストですよ」

私と対峙する長野先生はずっと笑みを浮かべていたが、ほんの少しだけ変化があった。どこが変わったかと言われれば困るのだが、一瞬だけ彼の目が光り、何かを目論む腹黒さが見えたような気がした。

「僕はね、信者でもなければ教師でもない。人ですらないんだよ」

何を言うかと思えば人じゃないとは。失笑する。堪えきれずに笑いながら言う。

「中二病ですか?そのネタは古いですよ、先生」

「信じてもらえないのはわかっていたよ。だから、体験してもらおうと思って言っているんだ」

「薬?それとも催眠?」

「どちらでもない。体験するのは透明人間さ」

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