糸 6

あたしは黙ったまま、階段へと向かう。目的地もつけていないのにケイとハクはあたしの背中を追う。

水鳥の親子みたい。雛は自分で行く場所を決められない。だから親についていく。

巨大なパッションフルーツはその重さで低く垂れてケイの頭上を掠める。ハクは両手を床について4本足で歩く。

黒い果実に警戒心を抱いていると一つの果実がひとりでに動いた。

振り子みたく縦横に揺れては大きく振りかぶり、重心が変わる重さに枝は耐えられず、切り離されて蔦と花が覆い茂る床に叩きつけられる。

私たちの前に落ちた果実は罅が入り、隙間から種と液状の実が流れる。蛙の卵にも似ているそれはゆっくりと床に広がってゆく。割れた果実の隙間から出てくるのは種や実だけではなかった。

細い罅から人の指が伸びて隙間をこじ開けようにして果実の皮を握る。開けた罅から這い出されたものは人の形をしていた。

人と呼ぶには身体の損傷が酷い。

捥げた首は120度に曲がって、頭と身体をつないでいるのは1枚の皮のみ。骨と筋も千切られて折れた骨が断面から抜きでている。腕でも同じように関節を外され、引き延ばされた皮がズルズルと床を引きずる。

逆さになった顔には覚えがある。演劇部顧問の安斉だわ。虚ろな目であたしたちを見つめてくる。喉からくる生気のない漏れた音とスライム状に包まれた黒い種が口から出ている。

パッションフルーツは食べればおいしいのにこうしてみると蛙の卵を吐いているみたいで気持ち悪いわね。

安斉は卵を吐くだけではなく、その種と実を纏ってもいた。ベタベタになって変わり果てた教師は廊下の真ん中に陣取っている。

階段は彼の先にある。嫌でもその横を通らないといけない。

何もしてこないければいいけど。いや、何かあるわね、絶対。

あれに危険性は感じない。負傷だらけで足も引きずっている。でも、それは見た目の判断でそういうものはアテにならない。あちらから来る前にケイに対処してもらいましょうか。

お願いをする前にケイは刀を構えて安斉の出方を伺っている。

「人じゃない。臭いが違う」

「見ればわかるわよ」

首が折れているのに呼吸をしている、立っている。誰でも化け物と言うでしょうね。

その化け物は突然、奇声をあげるとゴムみたく伸びきった脚であたしたちへと飛んできた。

そんな脚でどうやって跳ねたのか。一瞬の動作ではその理由を見つけられない。安斉はたった2本の脚をバネにして重たい体を飛ばし、あたしの目前にまで襲ってきた。

あたしが後へ退くと代わりにケイが前と踏み出す。

ケイは白い刃を振るうと安斉の胴を輪切りにしてしまう。切れ目から溢れたのは血や肉ではなく、種と実で、それらはあたしの足元に落ちて甘ったるい匂いが充満する。

種と実を肩や腕にかけられたケイは邪険にしても振り払おうとしても粘つきのあるパッションフルーツはなかなかに落ちない。

ケイも目の前の危険は去ったと思っていたけれどハクだけは安斉に向かって吠えている。

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