糸 5
あたしはドアに手を添える。ハクはお座りをしてあたしが開けるのを待っていた。鬼が近くにいるなら吠えている。大人しくしているのは脅威がないことを示している。
あたしはドアを開けて教室を出る。
夜の学校は別世界で賑やかな生徒も厳しく注意する教師もいない。そこにある夜の静寂はあたしの理想とも言える孤独がある。
ドアを開けて視界に広がったのはまさに別世界だった。比喩じゃない。世界そのものが違っていた。
床や壁には蔦が覆い、緑の枝から葉や果実、奇妙な花が咲いている。
2メートルくらいあったはずの天井はさらに高くなっていて5メートルは超えている。そこから垂れる巨大な果実。この果実はパッションフルーツね。だとしたらこの花はパッションフラワーになる。初めて見たわ。
本来なら手のひらサイズのパッションフルーツ。それが人と同じ大きさにまで膨らんでいる。異様な空間ね。
放送でもこの果実を話していたから別世界を演出する飾りとは言い切れない。
あと異様と言えば窓から見えるあれね。
外は雨が降っていると言うのに雲はなく、明るい満月が校内を照らす。廊下側の窓からは校庭が見渡せる。
3階の窓から見える校庭。その中心に1人の人間がいる。いや、あれは人と呼ぶべきなのかしら。人らしき影はある。蹲る格好で地面と向き合っている。
天を仰いだ背中から衣服を破り、空を望んで伸びるのは黒くて太い、なんなのあれ?
月が照らす小雨の夜では明確な色彩は映らない。黒一面のシルエットは鉄柱よりも太くて長い。それは途中で折れ曲がり地面に突き刺さっている。まるで虫の足ね。
月明かりに照らされた薄暗い校庭をよく見てみると白銀色に輝く一糸が虫の脚から真っ直ぐにこちらに伸びて、気付いた。
白銀色の糸があたしの手首に巻いてある。これは、白糸?なんであんな怪物と結ばされているの?
そういえば似たようなことがハザマでもあった。あたしが現世に戻る直前、カンダタを探していた時、暗闇の中でこの糸がカンダタへと導いた。なら、あそこにいる虫の脚の正体は。
「嫌な臭い」
結論を出す前にケイが人と巨大虫との合体したものを眺めて呟く。対してハクはあれを恐れているようで窓枠から顔出さないように身体を縮めていた。
放送ではまだ襲ってこないと言っていた。つまり、あれは演技部の部員たちを怯えさせる演出。今は気にしなくてもよさそうね。
すみれは放送室にいる。近づくなと言っていたから確かね。そういえば機械室にも警告していたわね。なんで機械室?
放送室が彼女の拠点ならそこに近づけたくないのは納得できる。けれど、機械室を近寄らせたくない理由が見つからない。推測するとしたら機械室に触れられたら困る、それこそすみれにとっての楽しい鬼ごっこが脅(おびや)かされる何かがある。
そう捉えるのが妥当ね。
機械室は北棟の地下にある。あたしがいるのは北棟の3階、3-A教室前。階段を降りればそこが機械室になるわね。放送室に行く前に少し寄ってみましょうか。
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