鬼ごっこ 6

間延びした単音の鐘がひと通り鳴ると耳障りな雑音がスピーカーから流れてきた。

「校内に残っている方々、聞こえますか。私は桜尾 すみれです」

雑音の後に流れてきたのは女性の声だった。

「すみれ、先輩?」

流れる声は知人のものらしく、狼狽して頭が混乱している清音もその衝撃的な事実を前に冷静さを取り戻す。

「帰るよう言われたのにまだいる悪い子は誰?演劇部の奴らは残っているでしょうね。演劇部じゃない人はお気の毒に」

スピーカーの機器で反響して聞こえる台詞の節々には嘲笑う含み笑いがあり、その声色にはほんの少しの怒りが含まれている。

「もう知っている人もいるみたいだけど、校内の電波は使えないわ。部活棟の渡り廊下にも行けない。ドアが役割を果たしてないからね」

放送を聴きながらカンダタは清音に聞く。

「知り合いか?」

「先輩です」

開かない扉のことも話していた。これはハザマ側の仕業か?清音の知り合いがハザマ側なのか?いや、こんな回りくどいやり方を彼らは好まない。

「演劇部の皆には鬼ごっこをしてもらおうと思っているの。最初の舞台は部活棟から。30分後に渡り廊下の入り口が開く仕様になっていて、それから30分後に西棟と体育館。1時間後には北棟、2時間後に東棟、3時間後に生徒玄関。これが唯一の脱出口よ。この放送が終わってから鬼を放つわ。生徒玄関が開くまでに何人生き残れるかしら?」

鬼。カンダタからしてみれば嫌な単語だ。

不意に足元から違和感を覚えて目線を下げてみると扉の僅かな隙間から蔦や葉っぱが伸びてきて床を覆っていた。床だけではない。壁や窓天井にも蔦が意思を持っているかのように広がっていく。蔦から葉が広がり、緑の実をつけ、禍々しくも神々しい時計草を咲かせる。

まだ明るさを残していた夕暮れは急激に夜へと変化し、雨を降らす曇天はどこかへと消えた。雫はどこから降ってくるのか、雲もないのに雨は降り続け、明るい満月が奇妙な空模様を着飾る。

桜尾 すみれの放送は続く。

「勘違いしないで。予定時刻まで生き残れたらといって助かるわけじゃない。当たり前でしょ。これは復讐なんだから。お前らが向けたあの眼差し、あの仕打ちを私は忘れない」

彼女の声色から嘲笑が消える。

「自分は関係ないですって顔しやがって。私と変わらないくせに。そんなに私を責めたかったの」

桜尾 すみれの話から推測するに、これは演劇部に対する復讐だ。演劇部の部員らは突然の放送に困惑するだろう。そして戸惑っているうちに鬼が放たれる。カンダタが桜尾 すみれの立場なら鬼を放つ場所は演劇部の近く。

そうなると、どうなるか。血みどろの悲鳴と恐慌から逃げようと渡り廊下の出入り口に集まってくる。そして、鬼は人のいるところに集まる。

「清音、2階に行こう」

カンダタが促してみても彼女は言葉を失い、桜尾 すみれの話を最後まで聞く。

「でも、そうね。もし生き残れて私の目の前で土下座して懺悔したなら命だけは助けてあげてもいいわよ。それじゃあ、演劇部の皆さん頑張ってね」

雑音混じりの放送が消える。途端、カンダタと清音の耳に飛び込んできたのは少年少女たちの怒声悲鳴だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る