望まぬ再会 1

火曜の朝から室内の空気が重くなったのは教壇に立つ坂本と言う男からの一言が原因であった。

それは瑠璃の同胞である山崎 千秋という女生徒の訃報。

驚き、小さな悲鳴が聞こえて、涙を浮かべる人たちがいる中で坂本と言う男は連絡事項を淡々と述べる。

「また、今日から部活・クラブ活動は休止になる。授業が終わったらすぐ帰るように」

一通りの連絡を済ませると目に隈ができた顔を俯かせて廊下に出る。これが終わるとすぐに授業とやらが開始されるのだが、仲間の死に誰しもが頭を切り替えられず、1人のすすり泣く声が響く。

沈黙の中で瑠璃だけ授業に備えてノート・教科書類を机の上に置く。

「同胞の死にも関心がないなんだな」

カンダタが嫌みを言ってしまったのは耐え難い錘の入った空気から抜け出したかったからだ。

瑠璃はカンダタを見上げると微笑む。さすがの瑠璃でもこの空気に声を発する勇気はなかった。暗くなった室内に合わせて沈黙を守るも瑠璃の心中は誰かの死に嘆かず、「だから、何?」と言っているような笑みだった。

カンダタは山崎 千秋を知らない。カンダタが初めて教室に入った時、空席は3つあった。そのうちの一つが彼女のものだろう。

顔すら見ていないのに感情が沈んでしまうのは室内に漂う空気に感染しまったからだ。

どうも、この空気は居づらい。

透明人間であるカンダタにはこの空気と同一になって悲しまなくても良いのだ。息詰まる授業が始まり、カンダタだけが教室を出る。

1本の廊下に響く雨音。雨、今日も雨だ。この雨はいつまで続くのか。雨で機嫌が悪くなる瑠璃ではないが、こうも雨が続くとこちらまで気が滅入る。

「回答は決まったかい?」

雨音の中で不快な声が混ざる。

階段を上ろうとしていたところだった。光弥が段差に腰を下ろして、カンダタを待ち構えていたのだ。

ひと晩。その得られた時間の間で自らの記憶についてひたすらに考えていた。空腹もなければ眠気もないのは地獄でいた時と変わらない。

削られて空いた時間を思考で消費しても広がるのはやはり、虚無だ。

カンダタが取り戻せたのは痛みを伴う羨望の記憶だけだ。赤い着物の君は未だにぼやけていた。

何も言わず、光弥の横を通り過ぎようとする。例え、永久の時があったとしても、それを光弥との取引で使うつもりはなかった。

「嫌われてるのはわかるよ。あんたが答えてくれないのもね。だからさ、お試しでどうよ?」

何を言おうとしても黙っていようと決めた。しかし、カンダタの脚は階段の途中で止まり、光弥を睨む。

「お、興味ある感じ?」

光弥が笑うのですぐに後悔した。カンダタが立ち止まり、振り返ってしまったのは記憶に対する未練が大きく制御が効かない部分があったからだ。

「一部の記憶を取り戻せるとしたらもっと食いつく?」

思惑と下心が丸出しの直球的な質問だ。そんなものに惑わされず、その場を去ればいいものをそこに留まり続け、渦巻く未練に呑み込まれそうになる。

渦の中にはある光景があった。ゴミ捨て場に打ち拉がれる黒い泥状の魂。20日目であの状態になるのなら、いつカンダタの身体に異変が起きてもおかしくない。

崩れていく身体を味わいながら広がる虚無を抱える。想像するだけでも恐ろしくなる。そういった兆候はまだみられないのに今でも身を縛られるほどの重さなのだ。心が耐えられるはずがない。

「無償だよ」

光弥の台詞で後押しはされなかった。カンダタが承諾し、光弥について行くのは自らの未練に負け、渦に飲み込まれたからだ。

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