空の穴 15

あたしは背を向けて化学室を走り抜ける。

隠れる余裕はない。場所も限られている。すでにカンダタは起き上がっている。限られた選択肢の中から消去法で選ぶ。

あたしは校庭を選んだ。校庭は空の穴の真下になっている。カンダタが鬼に近くなっているのなら、あの光にも何かしらの拒絶反応があるはず。連絡通路の鬼は影らから出ようとしなかった。

それがカンダタにも通用するかはわからない。向かいの棟からきたのなら光は避けずに来たことになる。体調は悪くでも鬼を投げれるみたいだし。

でも、それ以外の選択はない。不安定な選択だけど、これで行くしかない。

化学室を走り去った時にはカンダタは立ち上がる。

粉末塗れになった身体と頭に衝突した消火器。度重なる足止めにカンダタは激怒して狭い化学室の中で高らかな怒張声が響く。

カンダタはひどい有様だった。頭から腰まで白く染められて、消毒液をかけられた目や瞼は赤くしみて充血している。折られた鼻も歪んでいる。おまけに消火器を投げられて、額からは赤筋の血が滴る。

振り向けないのでその様を想像でしか拝めず、焦りながらも嘲笑する。それと同時にカンダタがどのくらいの速さで距離を詰めてくるかと考えた。

あたしは化学室の出入り口まで来ていた。カンダタは教室の反対側、窓を降りたばかり。教室の端と端だとしても、あたしの速さでは校庭まで行けない。小細工な足止め案はもうない。

打開案もなく、追い詰められた思考はハクの姿を思い浮かばせた。

「ハク!ハク!」

張り切れそうな声で叫ぶ。

「助けて!」

ハクはまだ化学室にいた。声が届くには充分な距離。ハクはまだ怯えて、教室の角で震えていた。この状況を救えるのはハクしかいないのに。

化学室のドアを潜り、向かいの窓へと踏み込んだ矢先、背後から強く髪を引っ張られる。

あまりにも強く引かれたものだからその力に抵抗しようもなく、カンダタはそのまま床へと落とす。

「ハク!」

もう一度、叫んで助けを求める。ハクは今のカンダタを恐れている。助けには来ないかもしれない。それでも叫ぶ。

逆様の視界が逆様のカンダタを映す。覗かせてくるカンダタの顔から粉末や血、汗か降る。

「見栄えがよくなったじゃない!滑稽だわ!」

このまま殺されるとしても、情けなく死ぬのはプライドが許さなかった。あたしは強がりながらも抵抗していた。たった一本の腕なのにその手から逃れられず、踠いても足掻いても腕を引っ掻いても動じない。

カンダタから荒い息がかかる。餌の前に興奮しているのかしら、それとも注ぐ光が彼を苦しめているのかしら。

廊下の窓から注いだ空の光は直接、カンダタの頭上に降る。光の強弱に合わせて彼の息遣いが荒くなり、弱くなる。

光。やっぱり、あの光が苦手なんだ。

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