邂逅するまで 14
それでも、こいつの言っていることは理解できない。さっき言ったのは約束、よね?何よそれ。
あたしもホームに寄りかかって世界を照らす光柱を眺めることにした。
近くにいたハクは男をまじまじと観察して、反応をみようと頭に触れたり、肩に触れたりするもすり抜けてしまう。地獄でもハクは透明でその姿は男にも見えていないようね。
「ここにはあなたしかいないの?」
情報が欲しかった。あたしが地獄にいる限り知っておかないといけない最低限の知識を彼から得ようとする。
「きい、が、はじ、め、て」
「どのぐらいいるのよ」
これはちょっとした興味本位で聞いた。彼の身なりからして現代の人ではなかった。
「なま、えもわ、すえる、ほどなが、く」
「名前も?鶏だってもっとマシな記憶力を持ってるわよ」
あたしの悪癖がでた。男は眉をひそめる。突然言われた罵声に戸惑っていた。
「生まれつき口が悪いの。気にしないで」
詫びもしないあたしに男は不快になりながらも、この世界について拙い言葉使いで教えてくれた。
彼が指す空の穴には仏とやらがいて、あたしたちを見ていること。あそこに行けばこの世界から抜け出せること。そこには彼の待ち人もいるのだと、どうでもいいことまで話した。
まぁ、あたしの感想としては“何言ってんのこいつ”だ。
そう思うのは2度目ね。
この世に仏がいるなら与えられる試練は全て乗り越えられるし、努力は報われる。人が作る世だからこの世は地獄なのに。哀れな奴、頼る記憶もなくなって、孤独が言葉を上書きされて、空の穴とやらに待ち人を妄想した挙げ句、それを現実だと思い込む。可哀想すぎて笑えてくる。
男は空の穴へ共に行こうと提案していた。
誰かと行動するなんて疲れるだけだわ。でも、危険が多いのも確かで情報不足でもある。それに彼は鬼を撃退できて、長くいるから知識もある。特にやることもないし少しだけ付き合ってあげましょうか。
「そうね。行ってみようかしらね」
そう言ったあたしは手を差し出す。
「あたしは瑠璃よ」
男は差し出された手に戸惑う。そうか、握手の文化も知らないのね。だいぶ、古代人のようね。
「握手よ。よろしくって意味。あんたが生きていた時代や文化は語り草になっているみたいね」
男からしてみれば新しい文化の出会いになる。戸惑いながらも手を握り返して異文化に触れる。
「しゅき、に、よべ」
「そう、じゃあ、カンダタでいいかしら」
芥川龍之介の作品からとった名。現国は得意な分野ではないけれど教科書に載っていたあの話は印象的に残っていた。
神がいると信じて天国に行けると信じて切れる糸を辿って行くその姿はカンダタの名に相応しい。
名前の真意も知らずにカンダタは笑った。
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