三一 猪山 壱

 SEROWは道なき道を突き進んでいく、紫織は振り落とされないように明人の身体にしがみついていた。


 相変わらず猪山の中で何かが蠢いている。いや、地表に……それも違う、この世界に近づいているのだ。


 『鬼』が来る……


 ガクンと大きく揺れたかと思うとバイクが止まった。故障かと思ったがどうやら違う、杜を抜けたのだ。


「よしッ、ここからは走りやすいよ」


 ヘルメット越しにくぐもった声で昭人が言う。


「アキ兄ちゃん、アタシ、マサムネくんにタマシイをとばす」


 紫織も言葉が伝わるように大きな声を出した。


「え? 政宗に憑依するの?」


「うん!」


 明人に紫織のやりたいことがちゃんと伝わった。少しの間、彼は沈黙した。


「わかった」


 意を決したように明人は言った。


「ぼくもお師匠たちのことが気になる。だから紫織ちゃん、頼むよ。

 バイクはなるべく揺れないように走らせるから、だいじょうぶだよね?」


「ちゃんとつかまったまま、できるよ!」


「うん」


 明人はバイクのスピードを落とした。紫織は明人にしがみ付いたまま意識を集中させる。


「オン・バザラ・ダルマ・キリク」


 千の手と千の眼を持つと言われる千手観音の真言を唱える。紫織の意識の一部は肉体を離れ、政宗を見つけると彼の意識に潜り込んだ。

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