二九 猪山・ガレージ

 明人は紫織の手を引き、勝手口から表に出た。持ってきた虫除けスプレーを小走りしながら紫織と自分に吹き付け、やぶの中に踏込む。時刻は午後七時過ぎ、この時期はまだ薄明るいが、うつそうと生い茂る木々に辺りは闇に沈んでいた。


「お母さん、助けに来られないって……」


 紫織がポツリとつぶやくように言った。


  やっぱりな……


 求道会が遙香を放っておくわけがない。しかし紫織に憑依できないと返事があったと言うことは、まだ無事と言うことでもある。悠輝と朱理、そして刹那も無事であって欲しい。


「きっとお母さんも戦っているんだよ。だから、ぼくらもがんばろう!」


 笑顔で紫織を励ます。


「うん、お母さんもそう言ってた」


 うなずきつつも紫織はまだ不安そうだ。


 紫織と話しているうちに藪を抜けた、そこには小さなガレージがある。ガレージと言っても実際は悠輝のお手製の小屋だ。紫織にスマホのライトで照らしてもらい、ドアに付いている南京錠型のナンバーロックを解除して中に入る。


 ドアのすぐそばに置いてある大型の懐中電灯を点けると、光の中に一台のオフロードバイクが浮かび上がった。ヤマハのSEROWセローだ。このバイクは非常時に紫織を連れて逃げるために購入した。ちなみに費用はアーク持ちだ。免許は明人と悠輝が取ったが、悠輝の運転は例によって危険なので紫織が一緒に乗ることを拒否している。どうやら彼は自転車以外の運転は凶器になるらしい、よく試験に合格できたものだ。


 このような状況なのでSEROWを本来の目的で使用することなど無いと思っていた。明人も夏休みなど長期の休みにしか帰ってこない。何かあっても自分がいない可能性が高いのだ。だが現実には自分がいる時に限って非常事態が起きる。最悪の引きを持っているとしか思えない。


「暑いけど我慢してね」


 紫織にフルフェイスヘルメットを被せる。自分もオフロードヘルメットとライダーグローブを身に着け、SEROWを小屋の外に出す。帰省する度に試運転と称してしょっちゅう乗っていたので運転は大丈夫だ。


 またがってエンジンをかけると、心地よい振動が全身に伝わる。


「紫織ちゃん、乗って」


 手を貸して紫織をタンデムシートに乗せる。


「しっかり捕まっていてね」


 紫織はコクンと頷く。


 明人はアクセルを噴かし、獣道を進み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る