二四 ハイエースワゴン 参

「やめてぇえぇえええ!」


 思わず空は絶叫していた。心臓が激しく脈打ち呼吸が荒くなる。


「少しは理解できた? 自分がどんなに危ない綱渡りをしているか。これからは、せいぜいあたしの機嫌を取ることね。あたしはあんたたちの味方じゃないんだから」


 冷たい視線を向ける遙香に空は何も言い返せなかった。従妹の危険性を充分理解しているつもりだったが、それでは全く足りなかったのだ。


  精神操作には対策を講じていたのに……


 彼女は海や仏眼から精神操作に耐える訓練を受けていた。完璧とは言えないが、それでもそう簡単には操られないはずだ。しかし遙香の前には何の役にも立たず、己の頭の中にある情報を全て知られてしまった。その中には求道会のトップシークレットから、空の誰にも知られたくないプライベートな記憶も含まれる。


「こんなことをして、ただで済むと思うのか?」


 屈辱に震えながら空は遙香を見上げた。綱渡りをしているのは遙香も同じだ。英明と好恵は求道会の手中にある、それに仏眼と空、そして朋美がこちらには居るのだ。いくら遙香でも勝ち目はない。


「だから、勝とうなんて思ってないわ。あんたたちの好きにはさせないだけ」


 口元に相変わらず笑みを浮かべているが、眼は少しも笑っていない。


「二人がどうなってもいいのか?」


 口元の笑みも消え、何を考えているか解らない能面のような表情になる。


「いいわけないでしょ」


「お前が大人しく私たちに従えば、二人は安全だ。お前が無理やり助けたとしても犯罪者とビジネスをする奴がどれだけいる?」


「だからあたしはあんたと来た。英明はともかく社長には借りがあるから、これ以上迷惑をかけたくない」


「だったら……」


「だからって限度はあるわ」


 空の言葉を遙香はね付けた。


「たとえ信用を無くしてもあたしが仕事を取ってくればいい。死ぬほど面倒だけど、それでもあんたたちの思い通りになるよりはマシよ」


 遙香の威圧的な視線を何とか空は受け止めた。眼を逸らしてはいけない、完全に主導権を取られる。


「あんたに主導権なんて最初からないわ」


「クッ」


 頭の中が丸見えの状態では交渉のしようがない。そこでふと、一つの疑問が湧いた。


  なぜ、侵入した記憶を消した?


 そう考えた途端、遙香がクスクスとわらい出した。


「決まってるじゃない、あんたのその顔を見たかったからよ」


 たったそれだけのために人の記憶を消したのか。


「あんただって、あたしたちの験力ちから欲しさに、無実の人間を逮捕させたじゃない」


「それとこれとは……」


「一緒よ。あんたは求道会のためにやったつもりでしょうけど、本当はあんたがそうしたいだけ。あたしがあんたのほえづら見たさに記憶を消したのと、何の違いもない」


 空はようやく理解した、自分は本気で遙香を怒らせていたのだ。改めて背筋が凍りそうになる。だが、今更止められない、彼女の使命は生命いのちと引き換えにしても遙香を求道会に協力させることだ。


「じゃ、なおさらあたしの機嫌を損ねないようにしないとね」


 どんな事をしても遙香を求道会に連れて行く覚悟に変わりはないが、それでも空は従妹に関わったことを激しく後悔していた。

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