14
(これが、ミリア様…)
ミリア様のお屋敷に到着すると、元婚約者でありイトコであるためか、レイはまるで自分の家のように進んでいき、ミリア様の部屋にも小さめのノックを2回すると、返事がないのに当たり前のように入っていった。
部屋の外で待機している従者さんはいたが、中にはいないようだ。
静まりかえった室内。レイに続いてベッドへ近づくと、真っ白い…というよりも青白い顔をした女性がそこに横たわっていた。
レイと同じ綺麗な灰色をした髪は布団の中まで続くほど真っすぐに長く、長い睫毛に縁取られた瞳の色は閉じられてるため分からないが、王族の人はみんな同じ色をしていたからきっと灰色をしているのだろう。
布団から右手が出ていたのだが、その手には何故か手袋がはめられていた。
顔も唇も青く、髪の毛もグレーのためなんだかとても寒そうに見えた。
「…手に触れてもいいでしょうか」
「えぇ…手袋の上からで良ければ」
(こんなに近づいても、喋ってても、目を覚さないなんて…)
ベッドサイドにしゃがみ込み、ミリア様の右手に重ねるようにして触れる。
体温は全く感じない。手袋だけの感触だ。
手袋の上からとはいえ体に触れているのに、それでも彼女は目を覚さない。
無理に起こす気にはなれないので、手を重ねたまま心の中で「痛いの痛いの飛んで行け〜」と願ってはみたが、彼女は全然起きる気配はない。
(…やっぱり、効かないのかな)
諦め切れずに何度か唱えてみたが、やはり変化はみられなかった。
「…ミリア様、食事などは食べられてるんですか?」
ミリアが起きないまま、沈黙の室内でキヨはずっと手を重ねていたが、時間がだいぶ経過したのか、窓からは夕焼けの赤い光が差し込んできた。多分訪れてから何時間も経過しただろうに、結局彼女は起きるどころか寝返りさえうっていない。
「一応、食事の時間には起こして食べさせているようです。ただ、今日はずっとこんな調子で…」
「そうなんですか…」
(呪文が効かないどころか…謝れもしないなんて…)
情けなくなり思わずミリアに重ねていた手にぎゅっと力を入れてしまうと、手の中がピクリと動いた。
慌てて手を離してミリアの手を見て、それからミリアの顔を見る。
…すると、今まで開くことのなかったまぶたが開き、綺麗な灰色の瞳を覗かせていた。
「…レイ、ミリア様が!」
「ミリア、起きたのか?大丈夫か?」
レイがキヨの横からベッドの中を覗き込む。
ミリアは視線だけ動かしてレイを見て、その後キヨを見ると、キヨの方へ顔を向けた。
「ごめんなさい。お客様がいらしてたのに、私ったらすっかり眠ってしまって…」
「いえ…体調がよろしくないと聞いていたのに急に押しかけてしまって、すいません」
「いいえ、来て頂けて嬉しいわ。あなたがキヨ様でしょう?ずっとお会いしたかったの」
握手代わりのように、今度はミリアがキヨの手にその手を重ねた。
「…それで、大丈夫なのか?」
レイがもう1度繰り返すと、ミリアは煩いわねぇとレイを睨みつける。
「いつもどおり最悪よ!…と言いたいけど、何だか妙に体が軽いわ。寝過ぎたおかげかしらね?」
そう言いながらミリアが体を起こすと、レイがすかさずその背中にクッションを当ててる。
くるくると表情が変わるせいか、訪れた時よりも本当に顔色が良さそうに見えた。
「はじめまして、レイのイトコのミリアです。こんな格好でごめんなさいね」
「いえ、そんな…オレが勝手に来てしまったので…すいません」
ふわりと微笑むミリア様はまるで妖精のようだ。
美しいのにあまりにも儚くて、光に溶けて消えてしまいそうで…こんな人を傷つけてしまったのかと思うと、罪悪感が余計に膨れ上がる。
レイは外にいる従者にミリア様が目覚めたことを伝えると、水さしから水を汲み、「とりあえず水分をとれ」とミリア様にコップを押し付けた。
「あの…ミリア様、突然の訪問ですいません。どうしても、ミリア様とお会いしたくて…」
「いいえ、本当に来て頂けてとても嬉しいのよ。私は子どもの頃からずっと神子様に憧れていたから…こうして直接お会いできる日が来るなんて、本当に夢のようよ!」
「…ミリア、嬉しいのはわかったから薬も飲め。今日はまだ全然飲めていないんだ…」
レイが今度は薬を差し出す。…何というか、めちゃくちゃ甲斐甲斐しい。
心配なのもやたら顔にでてるし…好きな相手に対してはこうなのだろうか。胸がツキンと痛くなる。
しかしそんなレイの態度がミリアにはお気に召さなかったようで、
「もう、さっきから煩いなぁ。レイがいるとキヨ様と全然話せないじゃない!しばらく2人っきりにしてくれない?」
そう言ってレイをシッシッと部屋の外へと追い出してしまった。
見た目の儚さとは違い、性格はとてもさっぱりしているようだ。
「…今日は本当にありがとうございます。私のこと…レイが話したのかしら?」
「いえ…たまたまミリア様のことを耳にして、それでどうにかミリア様に会えないか、レイに頼んだんです」
「そう…気を使わせてしまったわね」
「いえ…そうじゃなくて…あの、オレがどうしてもミリア様に謝りたくて…
すいませんでした。オレが来たせいで、ミリア様とレイの結婚…台なしにしてしまって…
結婚式も、新婚生活も…レイとミリア様の幸せをオレが壊してしまってすいませんでした」
頭を下げると、ミリア様は目をぱちぱちとさせてからふふふと笑う。
「そんな…本当に気を使わせてしまって申し訳ないわ。だけど気にしないで。私はレイと結婚できなくて…レイが神子様と結婚すると聞いて、嬉しかったんですから」
「嬉しかった…?」
「えぇ。私とレイは婚約者だったけど、レイはね…私のこと好きなわけじゃないのよ。私に負い目を感じてるから、結婚しようとしてくれただけで…」
ミリアはそう言うが、キヨにはレイはミリアを好きなように見える。
…だってあんな甲斐甲斐しく世話をして、表情も心配しすぎてよく動いて…そんレイを今まで1度も見たことはなかったから。
「負い目、ですか…オレにはそうは見えないですが」
ミリアは目を細めると、おもむろに手袋を外し始めた。
すると…そこから現れた彼女の両手の甲が、真白な肌を覆い隠すように全面茶色く焼け爛れていた。指も爛れのせいで、どこか
「これね…レイが子どもの頃に、魔法を失敗してこうなったの。
私が心臓の病気でいつも青白い手をしてたから、温めてようとして覚えたての魔法をね、使おうとしてくれたの。
魔法は基本的には他人に使えないけど…自分の中の熱を1箇所だけ高める魔法を手に使えば、その手で触れた相手にも温もりが伝わるでしょう?レイは私の両手を握って、その魔法で温めようとしてくれたの…だけど上手く温度調節ができなくって。
すごく高温になってしまって…レイ自身はすぐに手に回復の魔法をかけたから、後遺症は殆ど残らなくて済んだわ。
でも私は…命をつなぐためにずっと、心臓に魔法をかけ続けなければいけなかったから、手に魔法をかけるような余裕がなくって。氷で冷やしてもらったけど、こんな感じに痕が残ってしまって…」
そう言いながら、焼け爛れた痕を愛おしいもののようにそっと撫でる。
「でもね、日常生活にはもう何も支障がないし、手袋をはめてれば見た目も気にならないでしょう?でもレイは、私に恋人が1人もできないのがこのせいだと思ったみたい。
…そんなことないのにね。それは私がほとんどベッドで過ごしているのと…ちょっとだけ性格がめんどくさいからなのにね?」
そう言ってミリア様はいたずら気に笑ったので、キヨも思わず笑ってしまった。
「それで私が成人まで生きられたから…結婚できる年齢になったから、だから結婚してくれようとしたの。
私が子どもの頃”お嫁さんになるのが夢だ“って言ったから、それを覚えてて死ぬ前に叶えてくれようとしてたのよ…そんなの、もう十何年も前の話なのに。
そりゃあ今でも結婚して素敵なウェディングドレスを着てみたいって気持ちはあるけど、そんな同情みたいな結婚はごめんだったの。だからキヨ様が来てくれて、レイが無理に私と結婚しなくて済んで良かったと思ってるの。本当よ?」
ぱちっと下手くそなウィンクをしてくれたミリアに、キヨはどう返していいのかわからなかった。
きっと今の話は全てミリア様の本心なのだろうが…結婚したかった気持ちも、本当だろう。だって、ミリア様が実際レイを好きかどうかは今の話に一言もなかった。むしろレイが同情じゃないなら良かったように聞こえた。
(ミリア様は、レイのことが好きなんだ。レイだって…)
2人ともその表情や仕草だけで、お互いをどんなに大事に思っていかるのか伝わってくる。
(ていうか…)
「…結婚は、成人してからなんですか?」
サラっと言われてしまったが、キヨはそんなこと知らなかった。
「えぇ。この国では20歳になってからなの。…そういえば私が成人まで生きられないかもって知った時、レイが国王様に“結婚できる年齢を下げてくれ!”って直訴したことがあったわ。国王様が“私情でそんな勝手なことできるか”ってちゃんと断ってくれたからよかったけど…あの時はホント心の底から勝手なことはやめてくれ〜〜〜って思ったわ」
ミリアは笑ったが、キヨはやっぱりレイはミリアが好きだからどうしても結婚したかったんだろうなと思った。そして、
「ミリア様、だったらオレ、レイとは結婚できないです。…オレ、まだ18なんで」
「えぇ…そうなの…?」
でも結婚したはずだしおかしいわねぇ?…とミリア様不思議そうな顔をしたが、きっとそれはみんながキヨの年齢を知らなかったからだ。
だって今までこの国の人にも、レイにも。1度も年齢を聞かれたことなどなかったのだから。
(レイはそんなにも、オレに興味なかったんだな…)
オレはレイの年齢くらい、ちゃんと知ってるのに…
胸が馬鹿みたいに苦しくなった。
(…でももしオレが結婚できないんなら、結婚が無効になるなら…)
もしかしてミリア様はレイと結婚できるんじゃないだろうか。
きっとそれをミリアに伝えても、サラリと
じくじくと痛み続ける胸を押さえながら、必死に思考を巡らせる。
(せめてこの傷だけでも治せたらよかったのに。この傷が治ってもレイがミリア様に求婚したら、そしたらきっと…)
キヨが手を伸ばし、ミリアの手に触れた。
すると触れた先から今までに見たことのない淡い光が突如溢れ出し、部屋中を埋め尽くした。
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