13


一瞬だけ目を瞠ったように見えたが、すぐに表情をこわばらせ、レイは門を開いてこちらへと駆け寄ってくる。


「…どうしてここに」

「散歩がてら、教会に子ども達と遊びに来ました。ここは家から近かったので…」

「…そうですか」

多分レイの問いの答えにはなってないだろうが、レイは特に何も言わず、キヨの隣で手を振っている少女に笑みを返すとすぐ、視線だけ左右に動かした。

その一瞬で従者さんがいないことに気づいたのだろう。

「…教会まで送っていきましょう」

少し顔を曇らせて歩き出したので、キヨと少女もそれに従った。




「…ねぇ、レイ様。レイ様はミリア様と会えた?」


相変わらず怖いもの知らずな少女の言葉にキヨはひやっとしたが、レイには全く動じた様子はない。

「…あぁ」

「ミリア様は具合悪いの?大丈夫?」

「…良くなるように頑張っているよ。みんなに会いたがってるから、応援してあげて」

「うん!神様にね、毎日、ミリア様が良くなりますようにって、お祈りしてるよ!」

「…ありがとう。ミリアにも伝えておくよ。きっと喜ぶ」


少女の歩幅に合わせてゆっくり進んでも5分もしないうちに教会の入り口についたのだが、キヨにとってはそれまでの時間が猛烈に長く感じた。

少女を教会の中まで送り届けると、レイが「神子様は急用ができましたので今日はこれで失礼します」と神父さんに告げてしまったので、キヨはこのまま帰宅することになった。


家に帰る間は、さっきとは違い終始無言だった。

家に着くとすぐに、オレについていた従者さんが真っ青な顔で「申し訳ありませんでした!!」とレイに向かって頭を下げたが、レイは一瞥をくれただけ。それは怒っていると言うよりは心ここにあらずという感じに見えたのだが、従者さんはより真っ青な顔になってしまった。こんなことになると思ってなかったから、本当に申し訳ない。あとであの従者さんにめいっぱい謝ろう。


「少しお話ししましょう」

「…はい」

後をついていくと、レイの自室へ誘導された。

部屋の中の簡単的な応接場のような、ソファーやテーブルが並んでいる場所に腰掛けるよう促される。

レイは部屋付きの従者さんにお湯を持ってきてもらうとその従者さんを退室させたので、室内は完全にと2人きりとなった。



「あの、すいません。オレが教会で遊んでたら変な抜け道に行っちゃったからで…従者さんは何も悪くないんです」

キヨが思い切って頭を下げると、レイは「あぁ、ハイ。わかっていますよ」と返しながら慣れた手つきでティーポットやカップにお湯を注ぎ始めた。

どうやらレイ自ら紅茶を入れてくれているようだ。この国王子であるレイににそんなことさせるのは申し訳ないので代ろうかと思ったのだが、「紅茶には入れ方がありますから」と断られる。

それからは少し沈黙が続き、しっかり蒸らし終わった紅茶がお互いの席に配り終えると

「…どこまで知っているのですか」レイがぽつりと呟いた。



「…ミリア様が心臓のご病気で、あのお屋敷に住んでいると……あと、レイと結婚する予定だったと…そのくらいです」

流石にもう誤魔化せないと思い、正直に話す。

レイは視線を少し落としたまま表情を変えないため、何を考えているのかわからない。


「…いつから?」

「昨日です」

その答えにレイがパッと顔を上げる。


「…だから昨日、泣いていたのですか」

その言葉に思わず俯くと、レイがキヨに手を伸ばし、キヨの前髪をくしゃりと優しく撫でるように摘んだ。

レイの綺麗な灰色の瞳がゆらゆらと揺れている。


「…っずっと、すいませんでした。オレ、今まで全然知らなくて。オレが来たせいで、ミリア様と結婚できなくなっちゃったんでしょ…?この家だって、きっと、ミリア様と暮らすはずだったのに…全部オレがダメにした…それなのに、ずっと知らなくてっ…ごめんなさっ」

泣きそうになって声が震えてしまうと、レイの長い指がキヨの髪の毛から降りてきて泣いてないことを確かめるように目元を拭って、離れていく。

その優しい手つきに、余計に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「謝らないで下さい…キヨは何も悪くないんです。私たちがキヨに伝えなかったのですから、知らなくて当然です。…こちらこそ黙っててすいませんでした。黙っていたせいで、キヨがそんな風に思い悩むなんて、思ってもみませんでした。

私が生半可な気持ちで召喚したから、キヨは苦しんでばかりで…全部私のせいです」

レイは召喚した日と同じように、何かを堪えるように顔を歪めた。


どう考えたって、レイの方が辛い目に合ってるハズなのに…それなのにずっとレイは自分を責めていたんだろうか。

(だから昨日、泣いたのかな…)


なんでかな。どうしてだろう。オレはレイに喚ばれてきたはずなのに。

神子が平和の象徴なら、みんなを幸せにするなら、喚んだレイが1番幸せにならなきゃおかしいのに。

なんでレイは辛いばっかりで、全然幸せじゃない。



「…レイ。オレ、ミリア様と会えないかな?…ミリア様はオレに会いたくないかな?」


その言葉に、ゆるゆるとレイが首を横に振る。

「ミリアは昔から神子様に憧れていました。それはキヨがきてからも変わりません。なのできっと会いたいと思うのですが…今は、会っても会話できるかどうか…」

「ミリア様…そんなに悪いんですか」

「…生まれつきのものなので、新たな治療法が見つからない限り、成人は迎えられないだろうと言われていました。でもそれを1年も超えているので、いつどうなってもおかしくないんですが…ここ2〜3日は起きるのも辛いようで…今日も、行ってはみたのですが…ずっと寝たきりでした」

「…っ」

(そんなに、酷いんだ…)



“痛いのとんでけしたら、ミリア様も治るかな”


この力で、本当にミリア様を救えるのだろうか…?

(…そんな自信、全然ない)

だってキヨが実際にこの力を目の当たりにしたのは、あの少女にできた細い細い傷の1度だけなのだから。

何度手を見つめてみても、なんの変哲もないただの手だ。でも…


「…だとしたら尚更、手遅れになる前にミリア様に合わせてください。お願いします」



結婚も、幸せな結婚生活も、全部奪われたままのそんな悲しい最後なんて絶対に嫌だ。

例えこの力がミリア様に効かなかったとしても、このまま彼女を逝かせるわけにはいかない。

何としても彼女を、レイを、幸せにしなければ。


「わかりました…行ってみましょう」



それから、とうに時間の過ぎていた昼食を済ませるとすぐ、ミリア様のお屋敷へともう1度向かった。

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