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その後何度か鬼ごっこをして、休憩しながら土にお絵かきしたりして…を繰り返していると、「キヨ」と名前を呼びながらレイがこちらへ向かって歩いてきた。


「…もう監査は終わりましたので帰りましょう」

「わかりました」

一体どのくらいの時間遊んでいたのだろう。昼過ぎにここに着いたハズなのに、気づけば空は赤らみ始めていた。

みんなに別れを告げると、子どもたちは「またきてねー!!」と大きく手を振ってくれたのでこちらも両手で大きく振り返したが、それを見てレイが僅かに眉を寄せたのに気づき、慌てて控え目な振り方に変えた。



「…子どもたちと何をしていたんですか?だいぶお疲れのようですが…」

馬車に乗り込んで早々、レイがキヨに訊ねてきた。

「みんなで庭で遊んでました。鬼ごっこなんて久しぶりだったので、もうクタクタです」

「鬼ごっこ、ですか…?」

「あっ、鬼ごっこ知りませんか?鬼になる人を1人決めて、残りの人が鬼から逃げて、鬼は追いかけて…鬼にタッチされたら鬼が交代するんですけど…」

「いえ…それは知っていますが…」

「…?」


だったらどうして不思議そうにしているのだろう、と思っていると「いえ、なんか新しくて」と言われる。

「新しい、ですか?」

「はい…まさか子どもたちと一緒に鬼ごっことは。

今日のような監査以外にも、教会を支援している貴族が来て、子どもたちと触れ合うことがあるのですが…そういう時はせいぜい一緒に礼拝したり、花を摘んだり、遊ぶのを眺めたり、絵本を読み聞かせたりする程度でしたので…一緒に、しかも鬼ごっことは新しいなぁと。それで教会の方が驚いてたのだな、と」

「!!だったらそれを先に言っておいてくださいよ!初めてなのに何も言われずに置いてかれて、何をしたらいいのかわからなかったんですよ!」

レイがまじまじと言うので慌てて反論するとと、「それは、すいませんでした」と言いながら、珍しくレイが少し笑った。


「ですが、たった1日であれだけ子どもたちと親しくなれるのなら、キヨの方法が良かったのでしょう。先程の言葉は気にせず、今後もキヨの思ったように行ってください」

「えぇ?いいんですか、こんな感じで」

「いいんですよ」


レイを胡乱な目でみつつ、そんなこんなで初日はなんとか無事に終わりを迎えた。

クタクタな体で夜、寝室へと向かうと、レイはやはり隅の方でキヨ側に背を向けるようにしていたので、キヨもなんとなくレイに背を向けて寝た。




次の日も仕事で外出するということで、ついてった先は昨日と似たような教会で。

レイはやっぱり何も言わずに仕事場に向かってしまったため、前回と同様子どもたちと鬼ごっこしたりして遊んだ。氷鬼もしてみたら、氷鬼は子どもたちは初めてのようで「おもしろい!」と好評だった。

しかしやっぱり整備されていない庭で遊ぶのは転んだり枝に引っ掻き傷をつけられたりと生傷が絶えないようなので、この教会でも「痛いの痛いの遠くのお空へ飛んでけ〜」をキレッキレなポーズ付きで普及しておいた。



その次の日は福祉施設だった。

相変わらずレイは、キヨに指示することなくどこかへ行ってしまう。

しかし、今日の相手は子どもじゃなくて、お年寄りだ。

お年寄りから「神子様、ぜひ握手を」と握手をねだられて、それを返しながらもどうしたものかと考える。


(鬼ごっことか絶対無理だし…どうしよう)

昨日までの方法では通用しない。

希望する全てのお年寄りやスタッフの方と握手をし終えると、初心に帰って「いつもはこの時間何をされているのですか?」と聞いてみる。


「いつもは、お風呂に入っていますかね。皆さん入浴には少し介助が必要なので…人手のある時間帯に順番に入って頂いているので」

「そうなんですかぁ。じゃぁ、私もお風呂の介助手伝います!」

キヨは日本で、ほんの2〜3日だけだが職場体験学習で老人施設へ行き入浴介助をしたことがあったので、簡単な部分だけでも手伝えるだろうと思ったのだが

「そんなまさか!神子様にそのようなことをお願いできません!!」

と慌てて拒否され、近くにいたお年寄りにも「神子様にそんなことされたら神様に怒られちまうよ…」とまで呟かれてしまう。

神様がいるとしたら絶対そんなことで怒らないと思うのに。結局この提案は却下されてしまい、キヨは入浴が終わった人とお茶飲みながら会話をする、と言うことに落ち着いた。



しかし、お茶はスタッフの人が入れてくれるので、キヨの仕事は会話オンリーだ。

しかもお年寄りは「ありがたや〜」とキヨに手を合わせるばかりで会話らしい会話にならない。

どうしたものかと思っていると、隣からポキポキっとおじいさんが首を鳴らす音が聞こえてきた。


「…すいません、ちょっと肩触らせて頂いてもいいですか?」

「え、はい!どうぞ…?」

おじいさんは驚きながらも、肩を触りやすいようにか少しだけ頭を下げてくれた。

おじいさんの背中に周り、肩に手を添える。


(やっぱり、凝ってそうだ)

「痛かったら言ってくださいね〜」そう言いながら肩を揉んでみた。

おじいさんは一瞬驚いたように身を硬くしたが、すぐに力を緩めて「こりゃ〜気持ちがいい」とうっとり目をつぶってくれた。


(マッサージは、おばあちゃんによくやってたんだよな…)

キヨの両親は共働きだったので、おばあちゃんによく預けられていた。

おばあちゃんはキヨに合わせてトランプをしたりテレビゲームをしたりいっぱい遊んでくれたから、よくお礼にマッサージをしたもんだ。


「本当に気持ちいい。首も肩も、全然痛くなくなったよ。神子様、ありがとう」

「どういたしまして」

手を止めて顔を上げると、向かいに座っていたおばあさんと目が合う。

「おばあさんも肩触らせて頂きますね」

「え!私は…」

最初は一瞬戸惑うようだけど、マッサージを続けると1分もしないうちに「気持ちいい」と体の力を抜いてくれて、本心でそう言ってくれている事がわかる。

キヨは嬉くなって、調子に乗ってレイが来るまで色んな人の肩や足のをマッサージをしまくった。



「…本当に新しいですね。職員の方が"神子様に入浴介助をしたいと言われた"と驚いていましたよ」

そう言いながらレイが少しだけ口角をあげた。

…喜んでると言うよりは笑われてるような気もする。

「はは…まぁ、それは断られてしまいましたが」

「そうですか。しかし、マッサージはみんな幸せそうでした」

「そうだといいですが…」


キヨがいるだけで、この国は平和になるらしい。

何度もそう言われたけど、実際のところキヨがいれば魔物は出ないらしいから魔物をみたこともないし、天候だって最初から普通だったし、全然役に立っている実感がない。

だからこうして実際に国民の人たちと触れ合えて、みんなを笑顔に出来る事の方が、キヨにとっては少しでもこの世界に来た意味があるように思えて嬉しかった。

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