君の幸せ

蜜缶(みかん)

1


魔法や魔力のあるこの世界には、平和の象徴となる“神子みこ“を異世界からび寄せるための召喚の儀式がある。

その儀式や詳細については、各々の国により内密に語り継がれるため国によって多少違いがあるようだが、神子の能力については世界共通であった。


それは、“神子はその国に存在するだけで、魔物を寄せ付けず、天候を安定させ、国を豊かにする“ということだ。それ故に平和の象徴とされていた。

さらに、それとは別に特殊な能力を併せ持つ神子もおり、その能力を用いて人々の力となるともあるようなのだが、その特殊能力は神子によって全く違う上に、併せ持つ神子自体が少ないためあまり解明されていない。



そんな話を聞けば、どんどん神子を召喚すればいいと思うかもしれないが、神子を召喚するためには膨大な魔力と体力などが必要であり、それを疎かにすると最悪召喚者が死に至ることもあるため、時間をかけて万全な体制を整えた上で行う習わしになっている。


さらに、召喚は毎回成功するものではなく、数百年に1度、どこかの国で成功するかどうかのかなり稀な確率であり、我が国では一度も召喚された記録がない。

そのため、自分が生きている間にどこかの国で神子が召喚されるというだけでも盛り上がりをみせるものだったのだが-…


ここ数年の間に、この世界に神子が2人も召喚され、しかも同時期に存在するという歴史上初めての事が起こった。

そのため、「今なら我が国も召喚できるのではないか」「後に続け」とばかりに、世界中の国がこぞって儀式の回数を増やしていた。






「レイ、前へ」

「…はっ」


国王に名前を呼ばれた第三王子のレイは、王族が集まった中心のステージへと足を運ぶ。

この国では以前まで月に1度のペースで王族による召喚の儀を行っていたが、この数年の間に他国で2人も神子が召喚されたのを受けて、その頻度を2週間に1度のペースに変えた。

世界地図上で米粒程の大きさしかないような小国のため、儀式を行える王族が少なく、その順番が回ってくるのが早い。そのため、召喚の儀式に必要な魔力や体力を回復するためにはこれ以上ペースを早めることはできないが、最大限の回数で儀式が行えるようなギリギリのところを狙って設定されていた。




(…こんなことしたって、来やしないのに。)

レイは、儀式のための呪文を唱えながら心の中で一人毒づく。

我が国には歴史上今まで神子は現れたことがないのだ。

だから代々この国に受け継がれているこの儀式の方法が正しいのかさえ怪しい。

それに…


(頼むから現れてくれるなよ)

レイ自身が、全く神子を望んでいなかったのだ。




神子がくることで自国が平和になるならばそれはとてもいいことだろう。

そのことについてはレイも不満はない。そうなるならありがたいと思っている。


しかし神子は、存在するだけで"その国"を平和にするとされているが、必ずしも"喚んだ国"を平和にするわけではない。

遠い遠い昔、神子を喚んだ国から他国が略奪するという事件があったのだが、その後神子を略奪した国は豊かになり、喚んだ国は滅んだことがあったそうだ。

そんなことがあって以来、神子を喚んだ場合はすぐにその国の王族の誰かと結婚させることで、神子を名実ともにその国のものとしてしまうことが多い。

レイの国も、神子を召喚した場合は、基本的には召喚した者と婚姻させられることとなっている。

…しかし、レイはそれをしたくなかった。


レイには婚約者がいるのだ。

婚姻の日にちも既に決まっており、その日を心待ちにしている。

だから本来なら儀式にだって参加したくなかったし…神子なんて、レイの召喚で来られては困るのだ。




そのため、レイは表面上はつつがなく儀式を行っているように見せかけて、儀式に重要とされる魔力や気持ちをあまり込めず、おざなりに行っていた。

だからレイの儀式では召喚されるハズはない。

そう思っていたのに…


「あれ…」

「まさか…」


そんなざわめきの声が聞こえてきたため、真剣そうに見えるようにと閉じていた瞳をあけると、呪文により浮かび上がった魔法陣が光り輝きながらグルグルと回転している。そこまではいつも通りなのだが、いつもとは違い、そこから風が吹き出しており、光が僅かに点滅している。

それはこの国では、初めてみられる光景だった。


「まさか…っ」


神子が来るというのか?

(なぜよりによって自分の時に…!!)


レイはとっさに口にしていた呪文を止めた。

呪文を途中で中断してしまえば、儀式は失敗に終わると思ったから。


なのに魔法陣は光や回転を終えるどころか、よりいっそうにその強さを増し、風は竜巻のように吹き荒れる。

ピカ!!っと視界が白で埋め尽くされるような強い光にみまわれ、思わず目をつむり腕で覆う。光が収まった頃に目をゆっくりと開けると-…

魔法陣の上に人影が見えた。



周りの王族が歓喜に満ちる中、レイは1人、絶望に立ち尽くしていた。

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