1:妹グランプリ!

「丘野下さん、あなたに、世界の命運は託されました・・・。なにとぞ、なにとぞ地球をお守りください」


 素人目にも高級な生地とわかる、スーツに身を包んだ役人は物々しい雰囲気で話した。


 丘野下家の今は、冬はこたつになるテーブルを置いている。長方形のテーブルへ向かい合い正座した、異世界より選ばれた男、丘野下冬史朗は、押し黙る家族をよそに、平静を保った表情で話した。


「顔を上げてください、日本の食物連鎖の頂点に立つお役人さん」


「食・・・?」


「選ばれたからには精一杯世界を救って見せます。この丘野下冬史朗にドーンとお任せください」


胸をドン、とたたく。


両親は世界中の命を背負った息子に、おいおいと泣いている。40代半ばの、ごく一般的な母親を体現したような女性は、泣き崩れながら口をはさんだ。


「冬史朗、あんたそんなこといって、いったいどうするつもりなのよあんな分けのわからない人たちを相手に・・・」


母親や役人がうろたえるのも無理はない。デネブら異世界のご一行は、本日正午、この世界に現れると同時に、片指を軽く振るうだけで山を3つ消し去ったばかりだ。どう考えても、到底地球人が敵う相手ではなかった。


「大丈夫だよ母さん。こっちの得意なものでいいと言ってたじゃないか!」


「そうはいってもあんた・・・、確かにあんたは昔っから運動だけは人一倍得意だけど、といっても所詮人間の高校生レベルよ?」


 冬史朗は高校2年生だが、部活動には所属していなかった。だが、昔から運動だけはずば抜けて能力が高く、中学時代は助っ人で参加した各種競技で全国へ出場するほどの能力の持ち主だった。


 役人は、冷や汗を垂らしながら、机に手をつき身を乗り出した。


「そうだよ冬史朗くん!! いくら君が運動が得意だからって、魔法のような力を使う彼らに敵うはずもない・・・。」


 ちらり、と役人は部屋の壁に備え付けられた時計に目をやった。


「・・・あと30分、15時までに内容を決めなければならない・・・、本当になにか考えがあるって言うのかい?」


「そうよ冬史朗!」


「冬史朗・・・」


申し訳程度に、今までなりを潜めていた父親も心配そうに呟いた。丘野下家は母親の力が強く、父親は権力を持っていないのだ。


冬史朗はそれでもなお、自信に満ちた顔で右手を挙げ、まぁまぁ、と全員に落ち着くようジェスチャーを行う。


「大丈夫だよ母さん。絶対にあいつらに負けない方法がある! 俺ならね」


「ほほほ、本当かい冬史朗くん!」


「本当なんだね冬史朗。これで負けましたなんてなったら、一族路頭に迷うどころか、地球人一斉に消し飛ぶのよ!?」


「任せなさい」


「そ、それで、その内容というのは・・・?」


ごくり、と静まり返る小さな居間の中に響き渡る音で、大の大人たちは息を飲んだ。今この瞬間、この小さな居間が、広い地球のすべてなのだ。


「それはですね・・・」


「それは・・・?」


 バーン!! という鈍い音とともに天井に風穴があき、続いて光のカーテンがまっすぐに穴から居間のテーブルの上に降りてきた。テーブルへ手をついていた役人は後ろに吹き飛ばされ、何事かと光のカーテンの行く末を見守った。


 ゆっくりと、神々しい光とともにデネブが今のテーブルへ降り立った。


「決まったようだな人間よ」


 神々しいマントに身を包んだデネブが、いく出すような形で言い放った。光の当たり加減で微妙に色合いを変えるのはマントだけではない。透き通るような金色の髪も同じように煌めいた。人間でも見惚れるほどに整った顔立ち、空想上のエルフなどで見るような細く尖った耳、耳からはおよそ地球では見ることの無いような禍々しい光を放つ宝石をピアスとしてつけている。


 デネブに続いて、大剣を右手に携えた大柄の男、そして小柄だが、おどろおどろしい色をした地球でいうところの杖のような物をついている老人が現れた。


 役人は、ずり落ちた眼鏡を戻しながら、慌ててまくしたてる。


「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい異世界の方々! ま、まだ我々も検討中で・・・」


鋭い目つきで、デネブは役人を睨みつけた。


「なんだ貴様は。貴様には話していない。今すぐ消し飛びたいのかゴミクズが!」


人睨み、デネブに睨みつけられると、特段手を動かすでもなく、役人は首を絞められたよう形で宙に浮いた。


「きゃあ!」


それを見た母親は、恐怖のあまり顔を覆い、父親に抱きついた。


小柄な老人がたしなめるように呟く。


「これこれ、デネブ様。この世界の方たちに手を出すのは、勝負に負けてからとルールを決めたのはデネブ様ではないですか。離しておやりなさい」


「ふん、そんなこと知るか。俺様がルールだ。気に障れば今すぐこいつごと全てのゴミクズを消し去ってもいいんだ」


そう言いながらも、デネブが役人から目を離すと、役人は木から落ちるリンゴ用に、鈍い音をたてて床に落ちた。のどを抑え、ごほごほと咳こむ役人に向かい、老人は続けた。


「しかしそこの若人よ、我々の事を異世界人と呼ぶのはナンセンスじゃ。我々から見ればそなたたちもまた、異世界人に他ならないのじゃからな・・・」


それはそうだな、と冬史朗は思った。


おもむろに、冬史朗は立ち上がり、デネブら異世界人の立つテーブルに片足を上げ、デネブを睨み返した。


「弱い者いじめはやめてもらおうかパツキンの王子様!」


「パツ・・・?」


デネブは聞きなれない単語に眉を潜める。


「俺の名前は丘野下冬史朗、今この瞬間から地球の英雄になった男だ!」


「・・・ふっ、度胸だけはあるようだな。で、何で貴様らの命を無駄にするか決めたか?」


「ああ、決めたね。別に、イケメン勝負でもよかったんだが・・・」


冬史朗は顔だけは良い。顔と、運動神経だけは良いので、小学生の頃はとてもモテた。しかし、どう見てもデネブ王子とのイケメン勝負では分が悪い。そのため、あやうく顔で勝負を仕掛けるところだった冬史朗の発言に、両親と、役人は胸を撫で下ろした。


冬史朗は先ほどの役人と同じように、ちらりと時計に目をやる。時計は、14時52分を指していた。すると玄関のほうで扉が開き、駆け足で居間へ近づいていくる音がした。


「来たか」


冬史朗はデネブに視線を戻すと、斜め下から睨みを利かせた。


「俺がてめーに挑む勝負は・・・」


すると、居間の扉が開き、慌てた様子でもう一人の家族が飛び込んできた。


肩より少し下まで伸びた、線が細くやわらかな黒髪。華奢体つきに、100人男がいれば100人振り返るような、圧倒的に整った美しい顔立ち。パーカーにショートパンツというシンプルな出で立ちとは思えない、雑誌の表紙かと見まがうほどのオーラを放ち、居間の状況に唖然としながら冬史朗のもとに駆け寄った。


母親がつぶやく。


「雪ちゃん・・・!」


丘野下雪は、冬史朗のもとに駆け寄り心配そうな声で叫んだ。


「おにいちゃん! おにいちゃんが選ばれたって聞いて、心配で・・・」


駆け寄った雪の体を抱き寄せ、冬史朗は堂々とデネブら一行に宣言した。


「俺が挑む勝負、それは・・・妹グランプリだ!!!!」




一瞬の静寂。状況が呑み込めていない雪をよそに、デネブは我に返り、口を開いた。役人をはじめ、両親は冬史朗の口から告げられた聞きなれない言葉に、唖然と口を開けて固まっていた。


「い、妹グランプリ・・・? それは、それは一体どういう戦いなんだ?」


困惑するデネブの後ろで、側近の二人も慌ててなにやら書物をとてつもないスピードでめくっている。本の背表紙には、「明日からはじめる地球侵略」と記載されていた。


「文字通り、お互いの妹に関するお題に対してしのぎを削り、妹への愛・信頼で勝敗をつける戦いだ!! 俺は、この内容であればお前に、いや、お前らに負ける気がしねー!!」


静まり返る居間の中で、唯一堂々としている冬史朗にやや圧倒されながら、デネブは負けじと王子の威厳で踏みとどまる。


「お題とやらはどうやって決めるんだ」


「そんなもん、そっちで妹に関わるお題をランダムで、その水晶玉とやらで決めていーぜ」


「お、俺様に妹がいなかったらどうする気だ?」


「いないのか?」


「・・・いや、いる」


いるらしい。


一同がぽかーんとする中、世界の命運をかけた内容は固まった。


デネブは少々困惑したままではあるが、指を鳴らすと、光のカーテンに合わせて少しずつ空へ上昇した。


「明日9時、この家の前でスタードだ。良いなゴミクズの代表よ」


「冬史朗だ」


「さ、さらばだ・・・。ふわーっはっはっは!!」


無理やり、不敵な笑いを残して、デネブたち一行は消えてなくなった。


「お、おにぃ・・・」


ようやく我に返った雪は、状況を飲み込み、冬史朗の襟首をつかんで自分の顔へ引き寄せた。


「ど、どうすんのおにいちゃん!!」


「なにがだよかわいい妹よ。あーんしんしろ、妹への愛で俺はこの世界の誰にも、そしてやつらの世界の誰にも負ける気はない!」


「だから、そうじゃなくて・・・」


両親は、いそいそと新聞紙などを丸めると、二人同時に冬史朗の頭めがけて振りかぶった。


雪は半分涙目で冬史朗へ訴えた。




「ぼくは男だー!!!」




パン!パン! 


爽やかな音がこの世界の中心に響き渡る。


かくして、地球の命運をかけた戦い、「妹(弟)グランプリ」は開催されるのだった。


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