第11話「ヴァイパーとの戦い(後編)」

 どうやら、常道型のマシンリムは相手に全てを奪われることはないようだ。ウィングの常道マシンリム《滑空グライド》と《浮揚レビテート》の能力は生きている。


「マシンリム機能率五十パーセント低下、《防御壁フィールド》、《倍速ラッシュ》、《姿勢制御バランサー》、機能停止……」

「さーてぇ……」


 太陽の元、ヴァイパーはまたしても人を不快にさせるその笑みを浮かべたまま、その手に先に投げ捨てた剣を構えている。


「こっちからいくぜぇ、《倍速ラッシュ》!!」


 カァ……!!


 剣ではない、その空いた手のひらから続けて放たれる光条、それが宙でふらついているリコラを狙い撃つ。


「くっ!!」


 《防御壁フィールド》はない、その光線の威力がどの程度かは解らないが、まともに食らう訳にはいかない。だがリコラはその間にも手に持つハンドガンで牽制を始めた。




――――――




「全てを奪っていない事に、ヴァイパーは苛立っているみたいね」

「……」

「何か言ったらどう、ガラフ?」

「……ああ」


 リング上で射撃戦を繰り広げる二人を見つめる三人、ノエル、ガラフ、そしてレイチェルのその目は険しい。ガラフ達にとってはヴァイパーは因縁の相手であるし、ノエル少年にとってもどちらかというとリコラの方に勝って欲しい。


「ヴァイパー野郎に屈辱的な負けかたをしたからな、俺は……」


 リコラからの射撃をヴァイパーは奪い取ったばかりの蒼い《防御壁フィールド》の力を使って受け流し、彼女リコラを嘲笑うかのようにわざと時おりその身に銃弾を受けたりもしていた。


「ヴァイパーめ、相も変わらず舐めた男ね」


 レイチェルが見る限り、ヴァイパーはリコラのマシンリムを全て奪い取りたかった様子だ。空へ浮かべない事に彼が苛立っている様子が見られるのがレイチェルには解る。


「とはいえ、ヴァイパーの《光条レイ》も馬鹿にしたものではないな」

「あの光線も強いのか、オッサン?」

「ガラフだ」

「ガ、ガラフさん……」

「Cランクとはいえ、アイツが昔から使い続けている、自前のマシンリムだからな」


 唸るようにノエルにと囁くガラフの視線の先では、その細い身体を光条によって作られた傷により震わせているリコラの姿が見える。彼女が拡げたその蒼い翼は今にも墜ちそうだ。


「だが、リコラもなかなか冷静だ」

「そうなのか」

「ああ」


 そこでガラフは最期のビールをゴクリと飲み、一つ口を拭ってからその隻眼を。


「まだ、切り札がある」


 接近戦を仕掛け始めた、リコラにと向ける。




――――――




「相手してやるぜ、嬢ちゃん!!」


 リコラの曲刀シャムシールはヴァイパーの《防御壁フィールド》を微かに滑り、その勢いをもってリコラは空中でその身を揺らがせる。こういうときに便利な身体系の《姿勢制御バランサー》はない。


「はぁ!!」


 至近距離から放たれたヴァイパーの《光条レイ》、恐らくはわざと外したその光の矢の合間をぬって、リコラは再度の残撃をヴァイパーにと与える。


「リコラ選手、全くヴァイパー選手にダメージを与えていないー!!」


 ウォオウ……!!


 熱のある試合なのだろう、太陽の元で観客から送られる声を背景に、リコラとヴァイパーはその身を密着させた。


「離せ、離しなさいよ!!」

「この汗と血、そして油の匂いがたまらねぇな!!」

「変態め!!」


 掴まれたその手を振りほどいたリコラはそのまま、前蹴りをもってヴァイパーの股間を狙ったがそれも《防御壁フィールド》によって防がれ、彼女は一旦距離をとって僅かにその身を浮かせる。


「ちっ、やはりAランクか」


 何か彼に不都合が出たのかもしれない、ヴァイパーはその細い顔を軽く引き締めて、自身が落とした剣の元に飛びかかると、そのまま《倍速ラッシュ》の加速力を利用して、リコラの元に跳ね上がった。


「持続時間がCランクやBランクよりも、遥かに短い!!」

「くっ!!」


 ジャンプしたばかりの不安定な体勢、それでもヴァイパーの剣の腕はリコラを押し倒し、そのまま彼女をリングの端にまで落下させた。


「一生消えない傷位は残してやるぜ、お嬢ちゃん!!」

「リコラよ!!」

「ああ、そうかい!!」


 恐らくは《倍速ラッシュ》、それの力を借りたと思われるヴァイパーの接近、剣を大上段に構えた彼からの一撃をリコラは。


「《倍速ラッシュ》!!」

「何ィ!?」


 切り札、ガラフから貰った銀のシャムシールの切り札を使い、その身を反らして回避する。そのままリング外にと転げ出るヴァイパー。


「く、くそ《姿勢制御バランサー》!!」

「ワン、ツー……!!」


 審判からのカウントをその耳にしながらもヴァイパーは何故かその場、場外からその身を出さない。訝しげに思いながらもリコラは《倍速ラッシュ》を維持したまま、彼の動きに備えている。


「ファイブ、シックス……!!」

「き、機能停止だと!?」

「セブン、エイト……!!」

「そうか、三つ全部使うと、キャパシティが持たないってか!?」

「ナイン……!!」


 慌てて《万能兵装ウィング》の機能を全てカットさせるヴァイパー、しかしその時はすでに遅く。


「……テン!!」

「ま、待てよネエちゃん!!」

「Cランク、リコラ選手の勝利です!!」




――――――




 ウォウオ……!!


 リコラの勝利を告げる審判の声に、ガラフやノエル達の周辺では怒号と罵声の渦が巻き起こる。


「ちくしょう、金返せヴァイパー!!」

「……ガラフさん」


 その声の中、額に汗をかきながらノエル少年はリング上でへたりこんでいるリコラの姿を睨み付けていた。


「何だ、少年?」

「俺にも、闘技場で戦う理由がありまして」

「金か?」

「ええ、まあ……」

「そういえば」


 ワァ……!!


 怒号と共に舞い飛ぶチケット、掛け金を知らせるその紙切れが昼の日を浴びながらヒラヒラと辺りを舞うなか、ノエル少年は真摯な瞳を、その拳を挙げているリコラにと向け続ける。


「君は、リコラの金を盗んだんだったな」

「あれは、腹が減って……」

「ハハ……」


 一つ大きな笑い声を上げた後、ガラフは紙の皿に入っているナッツを全て頬張り、そしてその脂が付いたままの手で彼ノエルのマシンリムにと触れる。


「まあ、頑張るこった」

「は、はい……」


 ガラフは自身の背後でレイチェルが席を立つ物音を耳にしながらも、あえて彼女を無視しそのまま、こちらに視線を向けてきたリコラにと手を振って見せた。

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