放浪の賢者、行き着く先は……_5
一方ヴィスたちは、激しい戦いを繰り広げていた。既に理性を失ったフェリズが念力のような力を使い、瓦礫を宙に浮かせてヴィスを襲う。ヴィスは襲ってきた瓦礫を粉々に打ち砕いた後、フェリズに斬りかかるのだが……。
「っち、いくらやってもキリがねぇ」
よくいる敵のように、圧倒的な硬さがあるわけでもない。逆にフェリズの体は柔らかくヴィスの剣劇でバターのように簡単に切り裂かれた。
だけど、フェリズの体は切られた直後から戻ってしまう。まるで水でも切っているかのような感覚がヴィスを襲う。
フェリズは理性は完全に理性を失っている為ただ暴れ狂うだけだ。だからヴィスが少し物陰に隠れてもフェリズはそれを探そうとせず、ただ単に暴れ、周りを侵食していく。
すでにシュプレッツ砦は崩壊気味だった。壁が完全に崩れ去り、傾いて来た太陽の光が周りを照らした。一瞬だけ苦しそうなうめき声をあげた後、フェリズの黒い泥の部分が怪しげな煙を噴出して、太陽の光の遮断させた。
周りが一気に暗くなる現状を見て、ヴィスはふと思う。
「あれ、あいつの弱点太陽なんじゃね?」
まあ、これほど露骨に太陽対策をしているのだ。ヴィスがそう思うのも無理はないだろう。ただ、太陽対策をしているのは、フェリズの周りの黒い泥であって、フェリズ自身は太陽によるダメージを受けていない様にも見えた。そこにも、何かしらのからくりがあるのだろうと思われるのだが、今はそれを考えているほど余裕がある状況でもなかった。
だけど現状を打破できる手段の一つとして有効なモノであることは間違いない。
ただ、陽も傾いてきており、これ以上闘いが長引くようであればヴィスが不利になることは必須だろう。それに、太陽が苦手な敵は夜になると強くなるというのがよくある鉄板能力であり、そのことについてはヴィスもよく理解していた。
「っち、どうしたものかね……」
切っても再生されてしまうため、決定打にはならない。物語に登場しそうな、大規模な爆裂魔法なんてつかえたならばこの化け物を一瞬にして倒すことができただろうが、ヴィスにはそのような攻撃手段を持ち合わせていない。
「仕方ない。あまり動きたくなかったんだけど、ちゃんとやらないとなぁ」
ヴィスはめんどくさそうにしながら再び剣を構えて、駆け出した。
フェリズはヴィスを仕留めるべくモザイクがかかってしまいそうなほどにやばい触手を全身からうねらせてヴィスを襲った。
粘液を分泌して少してかっている触手は、ヴィスを絞め殺そうと動くのだが、一瞬だけヴィスの持っている剣がぶれた後、一定距離の間にいた触手が消し飛んだ。
ヴィスが超高速に剣で切ったことにより、触手はその形すら残さずに消えたのだ。
そして切り裂かれて木っ端みじんになった触手はフェリズの元を離れ、太陽の光で消滅していく。
ヴィスがフェリズを倒す方法は、ぶっちゃけこれしかなかった。
再生が追い付かないほど細切れにして太陽の光で焼いていく。
「ああそうか、あるほどな」
無限に再生し続ける黒い泥であるフェリズだが、力の源がフェリズ本体となっており、本体と切り離された黒い泥は力の源である本体からのエネルギー供給が断たれる。故に元々持っていた魔力で活動しなければならないのだが、その魔力の弱点が太陽の光であり、消滅してしまう、ことらしかった。
つまり本体もダメージ受けているが魔力が常に回復し続けている為、ある程度は大丈夫ということなのだろう。
「かといってやることは変わらねぇがな。かかって来いよ化け物っ」
「ギャアアアアアアアアアアっ!」
もはや人間の言葉すら忘れた化け物を前に、ヴィスは真正面から立ち向かった。
ヴィスはみじん切りにする作戦に出たようで、激しい攻防を繰り広げながら、少しづつフェリズを削っていった。細切れにされて本体から離れた元フェリズたちは、太陽の光でどんどん消滅していき、フェリズの体が小さくなり始める。
フェリズは本能で命の危険を感じたのか、撤退するような動きがみられるようになった。だけど遅い。
もし知性を失う前であったのなら何かしらの対処ぐらいは出来たのであろう。だけど今のフェリズは知性のない、もはや獣にでも落ちたと言えるぐらいに本能で動く化け物となっていた。
恐怖の感じない、ただただ浸食と拡張を繰り広げるだけの化け物であったために、危機を感じるのが遅くなってしまい、今ではどうしようもない状態にまで陥っていた。
削れていく体に恐怖を感じて本能のままに逃げようとしたがもう遅い。
「あ、ああああ、あ、あああ、ああああああああ、やめてくれぇえっぇぇぇえええ」
最後の最後でフェリズは正気を取り戻した。人としての理性を取り戻したフェリズが最後に見たものは、自分に向かって振り下ろされる剣だった。
「馬鹿な事するからこんなことになるんだよ。悔い改めて来世はまじめに生きるんだな。あとは女神の誰かが何とかしてくれるさ」
どこまで言っても他力本願なヴィスだった。
ヴィスはフェリズが完全に消滅したことを確認したが、どうやらまだ戦いは終わっていないようだった。というのも、フェリズ本体を完全に倒したのだが、フェリズ本体から切り離された黒い泥は、今も健在している。太陽の当たらないところに隠れてじっとヴィスを見ているのだ。
空はすでにオレンジ色に染まっており、黒い泥が太陽の下に出てきても、ジワリと肌が焼かれて日焼けするような感覚ぐらいにしかならなかった。そう、奴らは外に出れるようになったのだ。
「あ、あああああああ、なんてことだっ!」
黒い泥たちはヴィスを馬鹿にしたように周りをちょっとだけうろついた後、バラバラになって飛び出した。
逃げる黒い泥たちは、こう、なんだろうか「ヒャーハーっ! 俺たちを捕まえてみやがれっ!」とでも言っているような、馬鹿にした顔がうっすらと浮かんでいた。
「俺の仕事が増えやがったっ! ちっくしょうっ」
あれを野放にしたら大変なことになってしまうのはヴィスにだってわかる。だからこそ追いかけて討伐しなけれならないのだが、あの黒い泥はどうやら少しだけ知性があるようだ。完全に逃げる体制である。
もはやヴィスには地獄しか待っていなかった。
「度畜生っ! すべてたたき切ってやるぅ!」
ヴィスが外に出ると、ヴィスの勝利を確信しながら待っているセーラと最近出てきたお腹が気になっているアティーラと遭遇する。
「師匠っ! お疲れ様ですっ。どうでしたか? 勝ちましたか?」
「あー、遅いよヴィス。もうお腹空いたの、早く帰ってご飯にしましょう。ごはん、ごはん!」
「うるせぇぞアティーラ。お前らは俺と労働するんだよ」
「え、私は嫌ーー」
「大丈夫です師匠。私たちは体力が有り余っていますからっ!」
そんなこと言ってないんですけどっと言わんばかりに驚いているアティーラを無視して、セーラが見事な敬礼をした。
ヴィスはその言葉に満足げに頷く。
「あの黒幕であるフェリズは倒したんだが、あの黒い泥のような奴らがバラバラになって逃げやがった。あれを放置しておくのはいろいろとまずい。何より、あれを倒せば金が入るぞっ」
ヴィスの中には一つの打算があった。くてくてを奪われた以上、ヴィスの目的は果たせず、大きな損害を受けてしまう。
まあ、ヴィスがやっていたことは強盗まがいなことばかりなので、損害というほどのことではないのだが。それでもここまで頑張っているのに何も得られないのはヴィス的に認められないものだった。
だからだろう。あの黒い泥と元凶であるフェリズを悪役に仕立てて、国から報奨金をもらう気でいるのだ。
「お前ら、逃げるあいつらを追って大金を手に入れようぜっ!」
「はい師匠っ!」
「そのお金は私にも回ってくるのねっ! だったら頑張るわ。女神の底時から、見せてあげるっ!」
こうして、ヴィスたちは誰もいない真っ暗な森の中を走り回り、それまた黒い泥のような何かを追いかける羽目になったのだった。
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