放浪の賢者、行き着く先は……_4
「これで邪魔するものはいなくなった。コレで儂がぁぁぁぁああああああ」
狂ったように叫ぶフェリズは自らの体を眺めて発狂した。ぶつぶつと何かを呟き、自我が希薄になっているように見受けられた。
完全にヴィスたちを殺したと思った賢者は、その目的を失い、黒い泥の膨大なエネルギーの本流に呑まれて自我すら失った。
もう言葉を発することもなく、ただ黙々と餌を食べるかのように世界の浸食を開始する。
だが、それに抗うものたちがいた。ヴィスたちはまだ死んでいなかったのだ。
「なんだコレ……。力がめちゃくちゃ湧いてくる」
ヴィスの体が淡い光に包まれて、いかにも強そうな状態になっていた。見た目だけで言い表すならまさしく超人と言った感じだ。
「ふっふっふっふっふ、やったわよヴィスっ! 私が表を出してあげたんだからね。感謝しなさいっ!」
弱った状態での強化だったため、実際にはヴィスの全力全開と同等の力までしか強化されていないわけだが、その事実を知らないアティーラはドヤ顔でヴィスに向けていった。
「さあヴィス。あんな奴、倒してしまいなさい」
「なんかお前に命令されるとイラっと来るな」
ちなみに、アティーラの祝福は失敗している。ヴィスが力を手に入れたのは、ヴィスに与えられた祝福がアティーラのかけた呪いのような祝福に打ち勝って、今まで弱体化していた効果を無効化しただけだったが、その事実を知る者はこの場所にはいない。
「とにかく、力が戻ればこっちのものだ。あいつをぶっ潰してやるっ」
「ヴぁぁっぁぁぁぁああああああああああああああ」
「もはや人の言葉すら忘れたか。魔法に溺れた賢者の末路っていうのは、ろくでもないな」
もはや人ですらない、化け物と化したフェリズに理性は残っていなかった。周りを侵食しようとしている姿から、おそらく食欲のみで動き始めているのではということが推測できる。
領域を広げて、食べて、溶かして、本能のままに動く黒い泥のような化け物。すでにフェリズが形にした化け物の姿すら崩れ去ろうとしている。はいずり周り、奇声を上げながら動く得体のしれない化け物。
その化け物にも変化が訪れた。ただの黒い泥のような何かに無数の目と口と鼻が生えてきて、人の正気を狂わせるような声を上げた。
ヴィスとアティーラは神聖な力が強すぎるため特に問題はなかったが、セーラは違う。苦痛の表情を浮かべている。
「アティーラ、こっちはもう大丈夫だ。セーラの方を見てやってくれ。というか逃げろっ」
「了解です! その言葉を待っていたっ」
「ちょま、借金っ! ちょっと待てっ! 師匠おおおおおおっ」
いつもとは逆でセーラがアティーラに抱えられ、アティーラはとっさに逃げて行った。ヴィスはその姿を見て、それでいいと言っているかのようにうなずいた。
「さて化け物、ここいらですべてを終わらせようぜっ」
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「はは、理性まで失いやがってっ。これじゃあ何の意味もねぇなおい」
ヴィスは心から楽しそうに笑った後、剣を構えて突撃した。
さて、一方逃げたアティーラ達はというと……。
「ちょ、ま! おろせ、おろせ借金っ! 師匠が、師匠がっ」
「もう、暴れないでよ。ほら」
「うっぷぅ、なんて力、ちょっとまて、おなかはダメ、出ちゃう、全部出ちゃうからお腹に力入れないで」
「こう?」
アティーラは首をかしげてさらに力を入れる。普段の仕返しなのだろうか。にんまりとした笑顔を浮かべており、実に楽しそうである。
「うっぷ、借金、後で覚えてろよ。地獄を見せてやる」
ドスの効いた声に、一瞬だけヴィスを思い出したアティーラ。顔を青くしてセーラの顔をちらりと見ると、とても怖い顔をしていたので、そっと力を緩めた。
それでもアティーラはセーラを降ろすことはなく、出口に向かって真っすぐ走る。
セーラが走っている場所の真上から、黒い泥のようなものが滴り落ちてきた。フェリズの浸食がヴィスたちが戦っている階層よりももっと広い範囲に広がってきたのだ。
黒い泥のような、得体のしれないないかは、仮にフェリズの破片とでもしよう。
フェリズの破片は浸食の勢いを増し、脈打つようにしてな何かを吸い取っているようにも見える。まるで食欲の本能に従っているかの如く侵食の範囲を広げており、とまることはない。
フェリズの破片は本能で浸食をしている為、最初こそアティーラ達を無視していたのだが、アティーラ達の存在に気が付くと、身体から無数のミミズのようなうねうねとした触手を伸ばして襲い掛かってきた。
その動きはまるで口では言い表せない冒涜的な何かのようで、女性が心の奥底から嫌悪して拒絶の反応を見せるような姿だった。
それは当然、アティーラとセーラも該当するのであって。
「何をしてるの借金! 早く、早くぅぅぅぅぅぅ」
「分かってるわよっ! いや、あれはダメだから、ちょ、来ないでよおおおおおおお」
あまりの気持ち悪さと心の奥底からどぶどぶと湧きあがる嫌悪感より、思わず叫んでしまったようだ。
触手は声に反応したのか、勢いを増してアティーラのセーラに襲い掛かる。表面がぬめぬめしており、その粘液に光が反射して光沢感が出ていた。
より一層気持ち悪さがました触手が、セーラの腕をぬめっと撫でた。
それから歓喜の声を上げて、その触手に関連した泥だけが本体と分裂し、新しい化け物の形となって襲い掛かる。
その姿は、口では言えないような大人の本に登場しそうな、アレなモンスターだった。
アレなモンスターになり果てた触手の化け物は、とてつもないスピードで追いかけてくる。
『うひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ、あまーい、おいしーい』
「「気持ち悪いんだけどっ!」」
声がそろってしまうが、これも仕方のないことだ。なんというか、化け物の行動がもうあれだった。
アティーラは一心不乱に駆け出し、セーラが黒い泥から生まれたアレなモンスターに向かって浄化魔法を放つ。
「主よ、憐みたまえ。不浄なる汚れた闇より解き放ち彼ものに導きがあらんことをっ ”キリエ・エレイソン”」
「なんかそれっぽい呪文を言って魔法を使ってるっ! なんかかっこいいっ!」
「うるさい黙れ借金っ」
口ではいろいろと言いつつも、セーラはアレなモンスターに向けて全力の浄化魔法を唱えた。実際に呪文や魔法名なんて言わなくても行使できるのだが、ここは雰囲気に合わせて気合を入れただけのことだろう。
セーラから放たれた浄化の魔法は見事アレなモンスターに直撃した。そう、直撃したのだが、特に変化が起こらなかった。
「ちょっとセーラさんっ! 全く聞いていないみたいなんだけどっ! どうすんのこれ! 私も色々限界なんだけど」
「も、もしかして……あれは闇の眷族じゃないっ」
「闇の眷族って何よ。あれはいったい何なのっ」
「浄化魔法はこの世の汚れと言われる闇の眷族に関連するものを取り払い神のもとへ導く魔法なの。借金っ、お前も女神だったら知ってるだろ」
「知らないわよそんなこと。私は生まれたばかりだから女神の何たるかなんてわかんないのよっ。女神として生まれたものは先輩女神にいろいろと教えてもらうことになってるんだけど、私はこのギャンブル癖のせいで全部教えてもらう前に捨てられちゃったのよぉぉぉぉぉ」
すごく可哀そうな悲鳴が響いた。さすがのセーラのこれにはツッコミを入れられなかった。それは口では言えないようなアレなモンスターも一緒であり、ちょっとだけしゅんとしているように見える。敵にさえ憐みの視線を向けられるアティーラは、この現状が悲しくなったのかほろりと涙を流す。
「と、とにかく外に出るわよ。つかまってっ」
「ちょ、まっ、その窓はっ!」
アティーラはその場から早く逃げたかったのか、窓から飛び降りた。ちなみに、階段を数段くだったが、アティーラ達がいた場所は2階に該当する場所であり、それなりの高さがあった。そこから問答無用で飛び降りたアティーラは、私に任せろと言うような覚悟を決めた表情を浮かべていた。それに巻き込まれるセーラは、年相応の子供のように叫んだのは無理もない話だろう。
ついでに語ると、アレなモンスターもアティーラを追って外に飛び出したのだが…………。
「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアア」
地面にぶつかるなり奇声をあげながらびたんびたんと地面を転がりまわり、溶けるようにして消えていった。
女神パワーで問題なく着地したアティーラと、飛び降りでビビっていたセーラはこの現状を見て思わず口に出した。
「「なにこれ、何なのこの状況」」
後ろに追従していたらしい口では言い表せないあれは、太陽の光で死滅した。ついでに言うと、フェリズ本体から切り離された黒い泥のような何かは、太陽の光を浴びると消滅していることが見てわかった。
「「え、えーーーー」」
こう、なんとも言えない表情でその事実を受け止める二人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます