捨てられた戦士と賭博の女神_3
競馬で勝ったお金で美味しいご飯を食べたヴィスは、裏通りをぶらついていた。
お金を恵んでくれる女神様を失ったヴィスは、今後生きていくために楽してお金を稼がなければならない。楽してという部分がとても重要だ。
ヴィスはとにかく楽に生きたい。人生を自由気ままに好き勝手して謳歌したいのだ。仕事に人生を縛られるなど、生きることに対しての冒涜とまで思っている。
やる時はやる男なのだが、思考がどうにもダメ人間でしかない。
そんなダメ人間のヴィスがなぜ、人気のない裏路地を歩いているかと言えば、それにはちょっとした理由がある。別に、誘拐でもして楽してお金を稼ごうということは思っていない。むしろヴィスは、誘拐という仕事をすることすらめんどくさいと思うほどだ!
そんなものぐさのヴィスは、掘り出し物がないかを探していたのだ。
裏路地にはたまに、すごく高値で売れる何かが安く売られていることがある。訳アリ品なのか、それとも販売している人が気が付いていないだけかは分からない。だけど当たりを引けば一発逆転のチャンスになるのは間違いない。そう思ったヴィスは、裏路地をあちこちと歩き回った。たまに柄の悪そうな兄さんに絡まれそうになったが、ヴィスであれば人睨みすれば相手は黙る。普通の人なら躊躇する裏路地も、ヴィスは慣れたように進んでいく。
正直、ラセルアのお金を使って同じように商品を買いあさって一発逆転を狙っていた時期もあったので、回る店も決まっている。もう手馴れたものだ。
めぼしいものがなかったヴィスは裏路地から出て行こうとしたその時だった。
(あれ、あんなところに店なんかあったかな)
弱い明かりに照らされて、やってるのかやってないのか分からない怪しげな古本屋だった。本は高値で売買されることもあると知っているヴィスは入ってみることにする。
ちょっと古ぼけた本が本棚に綺麗に並べられている光景とこの薄暗さが妙な場所に入ってしまったかのような雰囲気を漂わせる。
いいところに入ったのではないだろうかなどと自画自賛しながら、近くにあった本を一冊手に取って見てみることにした。
「えっと………………はぁっ!」
そして手に取った本を見て驚愕の声を上げる。いやもう、なんでこんなものがこんなところにあるんだと叫びたくなる衝動さえも出てきていたのだが、ヴィスは何とかこらえた。声が漏れていないかと心配になり、周りをきょろきょろと見回して、誰もいないことに安心して「ふぅ」と息を吐いた。
「まさかこんなところで、ティングブルムの写本が……無料配布されているとは」
「ねぇ、何がいいものでも見つかったの」
「うわぉーーっ」
手に取った本に驚いて気が緩んでいたヴィスは、突然声をかけられてすっとんきょんな声を上げた。
胸のドキドキを落ち着かせるために手を添えて、ゆっくりと後ろを向く。男がそれをやっても全く可愛くない。
「そんなに驚いてどうしたの?」
そこにいたのは、下着姿の痴女だった。見回したときに姿はなかったはずなのにと、ヴィスは内心ドキドキしている。それによく見れば、その女は競馬場で全財産を失っただけでなく、借金まで追ってしまって人生が終わってしまった、あの美人さんだった。
「まあいいわ。それよりもあなた、さっき競馬場で勝ったでしょう」
「お、おう」
ヴィスは凄く逃げたかった。こんな借金まみれの女に付きまとわれる未来など、ヴィスは望んでいない。だけどこの美人は違った。もう人生後がないのだ。
「お願い、私の為に一発当ててよっ。もう私、後がないのよぉぉぉぉぉぉ」
「俺ちょっと行くところがあるから、じゃあな」
「ちょ、まって、本当に待って。今ならあなたを私の眷族に迎えてあげてもいいから。お願いだから待ってよぉぉぉぉ」
「嫌だって…………はぁっ? 眷族っ!? まさかお前…………女神なのっ!?」
逃げよとしていたヴィスも思わず足を止めてしまった。ラセルアと一緒に暮らしていたヴィスはよく知っている。女神は人を眷族に迎える。その時に祝福を与え、眷族に迎えられた人は不思議な力を得る。そのおかげで、魔法やらスキルを使った文化が発展していった。このギリディア王国も女神ラセルアを中心に生まれた女神の国。国民のほぼすべてにラセルアの祝福が与えられている。
女神にとって祝福を与えている数はステータスで、数が多いほどランクが上がるいう話を、ヴィスはラセルアから聞いたことがあった。
つまり、人に祝福を与え、眷族にできるこの残念な下着姿の痴女は、本当に残念なことに女神ということになってしまうのだ。
あまりにもひどい女もといい女神様の姿に、さすがのヴィスも頬を引きつらせる。
「何よ、私が女神なのがそんなに悪いの? まあいいわ。訊きなさい、人の子よ。私はアティーラ。人々が賭け事をするときの『勝ってぇぇぇぇぇえぇぇ、お願いだから勝ってくれぇぇぇぇぇえっぇぇえええ』という願いから生まれた………………賭博の女神よっ!」
(いやそれ、賭博というか、破滅の女神のような気がするが)
女神アティーラが何の女神か知って、さらにヴィスは顔を引きつらせる。女神が人々の願いによって生まれることを知っていたのだが、そんなしょうもない願いから女神が生まれていたとは、ヴィスも知らなかった。
それに、一発当てようと借金まで追って人生終わらせそうにする当たり、この女神アティーラが生まれるきっかけとなった願いがどれだけろくでもないものなのかがわかるというものだ。
アティーラは……生まれた時から波乱の人生を迎えることが約束された、とっても残念な女神だということだ。
「それで、競馬で勝った、運の強い素敵なあなたのお名前は?」
「え、えっと、ヴィス……ヴィス・クラウディだ」
馬鹿げた願いによって生まれた女神に狼狽えたヴィスは、狼狽えていた状況で唐突に名前を聞かれたので、とっさに本名を答えてしまった。
残念な女に名前を知られてしまい、すごく後悔する。けど、知られてしまったものは仕方がないと、ヴィスは開き直ることにした。この男は過去を見ず、未来だけを見る男なのだ。
「ヴィスね。よろしく。それで、一発当てられそうな何かは見つかったの? あなたが手に持っていたそれがそうなんでしょう?」
「え、ああ、そうだな……」
ヴィスの手元にあるのは、伝説とまで言われているティングブルムの写本だ。
ティングブルムの書というものがある。人々の全ての過去、現在、そして未来までを見通すと言われている全てを見通す女神アカーシアが記したとされるティングブルムの書。そこにはこの世界の全てが書かれていると言われている。
その本を書き写したもの、それがティングブルムの写本だ。その写本に書かれていることを実行するだけで、国の文明レベルが300年分進歩するとまで言われている、それはそれは貴重な本だった。
女神や各国の王たちがこぞって欲しがるティングブルムの写本が、まさか裏路地で大量に無料配布されているとは、誰も思うまい。
その事実を、ヴィスはアティーラに説明してやった。
「という訳で、このティングブルムの写本ってすごいものがタダで手にはいったわけだ」
「ふむ……なるほど。で、そこには何が書いてあるの?」
「いや、読もうとしたところでお前が来たんだ。読むのはこれからだぞ?」
「じゃあさ、一緒に読もうよ。そして私の借金を返す可能性を探そう?」
「それはすごく嫌なんだけど……」
借金まみれの駄女神アティーラの言動に頬を引きつらせつつ、ヴィスはティングブルムの写本を開いた。
そこには、驚愕の内容が記されていた。
”多くの人々が住まうティリスト大陸。そこに散らばる7つの【くてくて】を集め『我が目の前に願いの女神シュティア様のもとへ通ずる道よ開け、開けゴマっ』と唱えると、願いの女神シュティアとの謁見が認められ、どんな願いであれ、なんでも一つ叶えてもらえるだろう”
その内容は、確かにアティーラの現状を打破できるものだった。どんな願いでも一つ叶えてもらえる。アティーラが借金をなくしてほしいと願えば、アティーラの借金がきれいさっぱりなくなるのだ。
そんな素晴らしい情報だったが、それよりもとある記述に二人は疑問符を浮かべる。
「「【くてくて】って…………なに?」」
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