捨てられた戦士と賭博の女神_2
少ない金を持ってラセルアのもとを出て行ったヴィスは、さてどうしたものかと頭を悩ませていた。
「あーあ、ラセルアのところ、結構居心地が良かったんだけどな。捨てられちまったからには仕方がない。さて、これからどうしたものか」
はたから見れば捨てられたのはラセルアなのだが……自分が捨てられたと思い込んでいるヴィスは、これからの生活に一切の不安も感じてはいなかった。むしろ、どうやって楽して生きようかぐらいのことを考えている始末。どうしようもないダメ男である。
考えても何も案が思いつかなかったヴィスは、「ふぅ」と息を吐き、何やら晴れ渡った表情を浮かべる。
「とりあえず、馬のレースを見に行くか」
晴れやかな笑顔を浮かべて、ヴィスは競馬場へ足を運ぶことにした。
ギリディア王国のとある競馬場。
そこにいつものように足を運んだヴィスは、今回のレースに登場する馬の様子を眺める。3番の馬が一番人気で、どのレースでも上位に入っている。人気が高いため、オッズが低く、買ってもあまり儲けにならない。そんな馬の馬券を買うのなら、そこそこのオッズで、ちょっと勝てそうかなと思える馬の馬券を1枚買うのが賢いとヴィスは思った。レースに登場する馬は全部で10頭。一番オッズの高い馬は4番で、序盤のスタートダッシュは凄いが、後半になるとスピードが落ちてよく抜かれる馬だ。人気がなさすぎるせいか、オッズが100倍になっている。馬券は1枚100ギリの為、4番の馬が勝てば10000ギリとなって帰ってくる。いわゆる万馬券と呼ばれるものになるのだが……じろじろと4番の馬を眺めるヴィスは、「はぁ」と大きなため息をはく。
(この馬……全然勝てるビジョンが浮かばないや)
不人気なだけあって、どうも駄目っぽさが漂う。毛並みに艶もなく、馬の力強さや元気も何もかも感じない。何かに例えるなら、ちょっと全力を見せた後にぐうたらとだらけて適当に流すような、そんな馬に見えた。
適度なオッズで勝てそうな、そんな都合のいい馬なんているわけないかと思っていたヴィスは、次にやってきた5番の馬を見て、目を見開かせる。
(この馬、めちゃくちゃいいじゃん。はたから見ても次のレースに登場する馬の中で一番コンディションが良い。他のレースの成績はそこそこだけど、今回のレースは、他の馬のコンディションがいまいちだから逆に勝てる見込みがあるかもしれない。しかもオッズが56倍、なかなかいいじゃん)
5番の馬に決めたヴィスは、購入口で単勝の馬券を購入する。単勝とは、どの馬がトップになるのかを予想するレースである。馬券の購入方法はいくらかあるが、ヴィス自身一番当たりやすいのが単勝だと思っている為、いつものように購入した。
馬券を1枚購入したので、勝てば5600ギリとなる。すごく高いお金ではないが、美味しいごはんを食べてもおつりが出てくるぐらいの金額だ。安いところでは宿も泊まれる。
当たったら何に使おうかと思考を巡らせてニヤつきながら、レースがよく見える観客席に向かった。
よさげな席に腰を下ろす。早くレースが始まらないかなと思いながら待っていると、隣にとんでもない美人の女がやってきた。
美人のはずなのに、大量の馬券を持って悪い顔をしている様子を見るに、こう、ろくでもなさを感じさせる。
(こんな美人さんも馬のレースなんてやるんだな。けどまぁ、あの悪い表情は……ちょっと引くわ……。そう考えるとラセルアは良い女だったのかな?)
こんなダメ男に貢いじゃうぐらい愛に盲目なラセルアは確実にいい女のはずなのに、ヴィスの中ですごい評価が高いわけではなかった。とんでもない屑男である。
大きな音が鳴り、コースに馬が整列する。もうすぐレースが始まりそうだ。前のめりになって、馬をよく見る。
カウントダウンが始まり、レースが始まった。トップに出たのは、スタートダッシュが得意な4番の馬。
「4番いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、そのままぶっちぎれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
突然、隣の美人が叫びだす。どうやら4番の馬の馬券を購入したようだ。コイツ負けるだろうな、ざまぁと思いながら、ヴィスもレースを眺める。
5番の馬も負けず劣らず、上位に入っている。スタートこそ、少し遅かったものの、徐々にスピードを上げていき、前の馬を抜いていった。このままレースが進めば、5番が4番を抜くのは間違いない。ヴィスの予想がそのまま現実になったかのように、4番の馬のスピードが徐々に落ちていき、後ろの馬との距離がどんどん短くなっていく。
「ちょ、待って、そこでなんで遅くなるのよ、4番頑張りなさいよっ!」
4番の馬に夢を見て、大量の馬券を買った隣の美女が慌て始める。ヴィスは馬鹿にしたように美女を笑い、そして叫んだ。
「いけぇぇぇぇぇ、5番、そのままブチぬけぇぇぇぇぇ」
俺の叫び声にムッとした美女が、もっと大声を出して応援するが、4番と後続の馬の距離は縮まる一方。隣の美人の応援する声はいつの間にか必死に祈る声に変わった。
「ちょちょちょ、ちょっとまってぇぇぇぇ、まだいける、まだいける。そのまま、そのままぁぁぁぁぁぁ」
5番の馬が、前を走っていた馬を抜き、2位にランクインした。しかも、4番との差はもうほとんどない。
「まだ先っぽ、まだ先っぽが近づいただけだから大丈夫、セーフセーフ」
「いけるぞ、そのままぶち抜け、いけぇっぇぇぇぇぇぇ」
5番の馬の頭が4番の騎手を抜くぐらいまで距離が縮んだ。レースも終盤に差し掛かる。次のコーナーを曲がった後の直線が最後の勝負だ。
「らめぇぇっぇぇぇ、そこはらめなのぉぉぉぉ、イクイクイクゥゥゥゥゥゥゥ、らめぇぇぇぇぇ、ちょ、ま、まってぇぇぇぇぇぇぇ、まだセーフ、うふぅううううう、ああああああああ、いや、いやいやいやぁぁぁぁぁぁぁ、負けちゃダメなの、絶対にダメなのよぉぉぉぉぉぉ」
美人の顔がすごいことになっていた。それに、聞こえてくる必死の叫び声が、なんだか卑猥に聞こえるのは、きっと気のせいだろう。それほど必死なのだ、仕方がない。ヴィスとは反対側に座っている、父親に連れてこられたであろう少年は、なんだか気まずそうというかなんというか、複雑な表情を浮かべていた。その少年が何を思おうが、ヴィスの知ったことじゃない。直線コースに入ったところで、ヴィスは大きく叫んだ。
「ラストスパートだ、行けぇぇぇぇぇぇぇ」
隣の美人もたまらず叫ぶ。
「ぎゃあぁぁぁああああああ、イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううう、らめぇえ、そこらめぇぇぇえぇ、抜いちゃいやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その叫びのタイミングで、5番の馬が4番の馬を抜いた。5番の後ろに続く馬たちが、ドンドン4番の馬を抜いていき、そして4番の馬がビリになったのが確定した。
「うぎゃぁぁああああああああああああああああああ、あ、ああ、あ…………」
美人はその場で崩れ落ち、持っていた馬券がパラパラと手元からこぼれる。
ヴィスはざまぁと思いながらレースの最後の瞬間を目をしっかりと見た。
勝負を制したのは、5番の馬。つまり、ヴィスが買った馬券が当たったのだ。
「しゃぁぁぁぁあああああ、ナイス5番!」
見事に当てたヴィスはその場で喜んだ。その隣では……。
「うわぁぁっぁぁぁぁぁぁん、ど、どうしよう、本当にどうしよううぅぅぅぅぅうううう。勝てると思ってたのに、絶対に勝てるとおもったのにぃぃぃぃぃ、うげぇぇえええ、おえぇぇえぇぇぇぇ、うわぁぁぁぁあぁぁんなんでなのよぉぉぉぉおおおおおお。勝てると……勝てると思ったから借金までして馬券を買ったのにぃぃぃぃぃぃぃ」
(借金したのかよっ)
あまりにもしょうもなく、悲惨すぎる叫び声に、ヴィスも突っ込まずにはいられなかった。
「う、うう、うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
大粒の涙を流す駄目女。自業自得なのだが、それはギャンブルに手を出した本人の気持ちの問題だ。壊れたように泣く美人の女。その女の視線が、ちらちらとヴィスの方に向かっていることに気が付いた。
(こ、こいつ……マジでやべぇ)
危機感を感じたヴィスは、たまらず逃げだすことにした。ただし、勝った分のお金をしっかりと貰ってからだが。貰うものはしっかりともらう、それがヴィスの流儀だった。この流儀のせいで苦労することになるなんて、この時のヴィスは思いもしていなかった。ただ、手元に来たお金に喜んで、さっさととんずらしておいしいものを食べに行こうと、気楽なことを考えていたぐらいだ。
いい感じに競馬に勝ったヴィスはとりあえずどこかぶらつこうと競馬場を後にした。
最後まで、すぐそこに迫っている危機に気が付くことはなかった。
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