〝青春〟は、恋愛だけが全てじゃない。

土反井木冬

序章 在りし日の記憶

前編

 11月中旬。徐々に冬が本格化し、肌を刺すような寒さが顕著になってきた。高校生活も3分の2が過ぎ、クラス内の人間関係も安定した時期だ。魅入るほどの快晴を廊下越しに眺めながら、俺は何を考えることもなくただ日常を享受していた。


「今日マジ寒くね?」

「マジ寒ぃ。暖房ついてんのかこれ」


「昨日のテレビ見たー?」

「見た見たー! 可愛かったよねあの人達」

「同年代なんて信じられない」

「それな―!」


 少し耳を澄ますと、そう言った他愛もない会話があちこちから聞こえてくる。何気ない、日常の1コマ。それでも、本人たちにとってはそのひとつひとつがかけがえのない宝物なのだ、と、そう思っている事だろう。


 だがそこに、俺が加わることはない。別に仲間外れにされているわけではない。話しかけられたら応えるし、ある程度の雑談もする。勉強を教えることも多々ある。ただ、それ以上人間関係を深めようと思わないだけの話。


 1クラス40名。それが10クラスで1学年。更に3学年集まって総生徒数約1200人。それがここ、私立久我塚高校に在籍する高校生の数だ。レベルは近隣高校の中で上の下と言ったところか。そこそこの進学実績を誇り、恵まれた立地とレベルの高い教育、手厚いサポートが売りとあって、わざわざ県を跨いでまで進学してくる人がいるほど。だがそれでも芸能人が在籍しているわけでもなし、生徒会が強力な力を持っているわけでもなし。急に転校生がやって来ることも、モテモテな爽やかイケメンがいるなんてこともない。ただただ普通の高校だ。


 ……いや、少し訂正しよう。ハーレム野郎はいないが、高根の花は存在する。しかも彼女に関していえば、成績優秀、容姿端麗というテンプレ属性を持ち、しかもこのクラス、我らが1年4組に在籍していると来た。ラノベ主人公であるならば、席が隣で、何故か懐かれて、自分の前では可愛い一面を見せてもらう、なんて展開はざらだが……生憎と、うちの御令嬢はそう言ったツンデレお嬢様のイメージは正面から叩き潰す奴だった。


 俺は彼女の方へそっと目を向ける。席は俺の対岸、窓側の最後尾。長い黒髪を耳にかけ、まったく表情のない顔で読書に勤しむ少女。彼女の名は、雨宮悠月あまみや ゆづきと言った。


 彼女は学校内で〝薔薇の女王〟と称されている。美しく、そこにあるだけで人々から愛でられながらも、棘を持ち、自己防衛のためならば何もかもを傷つける……そんな危うい一面を持っている。


 当然、その儚げな表情は多くの男子高校生の心を鷲掴みにする。事実、入学してからの9か月で彼女にアタックを仕掛ける者はいた。しかし、勝利を得た者は今までにいない。誰もが返り討ちに遭い、繊細な恋心を無残に砕かれた状態で帰ってくる。どうしてか、彼女はこと〝恋愛〟に対して、異常ともいえるほどの拒絶反応をするらしく、人間関係を構築しないことも相まって、いつしか誰にも話しかけることなく、ああして常に独りでいることが普通になっていた。


宗稀そうき、どうしたんだ。雨宮さんの方をじっと見て」

「……あぁいや、少し考え事をしていた」

「ふぅん。まさか……?」

「俺がそんな人間じゃないことぐらい、お前は分かってるだろ、慎治」

「まぁね」


 俺の方へ体ごと振り向き、ニヤリと笑うのは綾部慎治あやべ しんじ。中学からの仲で、性格が正反対と言ってもいいほど違うが何故か馬が合い、それ以来何かと一緒にいることの多い、俺の数少ない友人の1人だ。誰に対しても自然体で接し、入学して僅か2週間ほどでクラスカーストトップへ上り詰めた、所謂陽キャだ。別に超が付くほどのイケメンでもないし、好意に全く気付かない鈍感野郎でもないという事をここに補足しておく。ちなみに部活は剣道部。


「にしても、ホントに誰とも関わらないよね、雨宮さんて」

「そうだな」

「夏休み前後にアタックしたやつもいたけど、まぁ結果は知っての通りだし」

「いったい過去に何があったのかね」

「さぁ……?」


 彼女も俺と同じくひとりでいることを苦としないが、俺が慎治の様な友人を少なからず持っているのに対し、雨宮悠月という少女は進んで独りでいようとしているように見える。少なくとも、誰かと気軽に話している場面は見たことがない。


 と、そんなことを考えていると、昼休みの終了を告げる予鈴が流れてきた。


「おっと、もう終わりか休み時間。宗稀、早く行こうぜ」

「ん、あぁ」


 俺は慎治にそう返し、未だに本に目を落としている〝薔薇の女王〟へもう一度視線を向けてから、席を立ち上がった。

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