親友が死んだ

雨槍

親友が死んだ


 親友が死んだ。

 それは中学2年の夏のことだったと思う。


 ある日、小学校の頃の友達からずいぶんと久しぶりにLINEがきた。なんだと思い少しばかり嬉しくなりながらも開くと内容はこうだった。

 『最近〇〇と連絡ついてる?』

 うろ覚えだがこんな風なメッセージだったと思う。

 その〇〇というのが小学校の頃の親友とも呼べる人間で(彼が僕をどう思っていたのかは知らないけれど)中学に上がる際に僕が遠くへ引っ越ししたため、たまにしか話さなくなった人だった。

 突然話しかけてきたと思いきや〇〇のことを聞いてきたので、とりあえず事情を聞くと彼の学校で〇〇が死んだとの噂が流れているのだとか。彼曰く以前から学校があまり居心地良いと思っておらず何か話してるのだとしたら小学校時代の親友の僕だと思ったようだ。

 正直なところ親友と言ったはいいが〇〇やその彼を含め小学校時代の人間と話したのは中学1年の頃に少しその地域に帰ったときに遊んだ程度で中学2年になってからはほとんど思い出しもしていなかった。薄情だろうが、自然なことだったと思う。

 さてその彼にきかれ〇〇のことが気になった僕はトークを開きこう送った。

『生きてる?』

と。

 結果的にその数日後に彼の学校で正式に死んだことが公表されたようで、今思えばこの僕のメッセージはずいぶんとバカで間抜けなものだと思う。友人の彼に死を伝えられてから今に至るまでこの自分の一言は恨み続けている。


 親友が死んだ。

 

十数年しか歩んでない人生で親族が死んだことは何回かあったが親友とも呼べる人間が死んだのは初めてのことであり全くの不意打ちにも近い攻撃だった。

 彼は自宅のマンションから落ちたらしい。事故か故意かはわからないようだ。

 僕は小学校時代に何回も彼の家に遊びに行ったが彼の家はすごく高いところにあり(たぶん15階ぐらいだったと思う)彼は自室から続くベランダで高所恐怖症の僕を煽るため何度か「全然怖くない」と身を乗り出したりしていたことを思い出す。

 ふと、その時の笑顔を思い出し執筆している今、胸が寂しくなる。


 ともかくまだ中学2年の頃の僕にはあまりにも衝撃的でどこか現実感の無い話だった。

 なにか胸に異物を抱えたような気持ちになり自室にいるのが嫌になった。僕はリビングへおりテレビ前のソファでくつろいでいた母親を見つけるとその横に座った。

 そのあと母に小学校の頃の友達が死んだってことは言ったと思う。けれどあまり覚えていない。

 気がつくとソファで一人横になっていた。

 

 それから数日間どんよりと重暗い空気で日々を過ごした、けれども薄情なもので二ヶ月ほど経つ頃には既に過去のことなっていた。

 

 僕はそれからその地に行くことはなくなった。つまり葬式もいつやったか知らないし線香すらあげに行ってない。辛いとか苦しいという感情ではなくなんとなく嫌だっただけだが、今まで親がその地に用事がある時は、ついて行って現地で友達と遊ぶようなこともしたけれど、そう言ったことも一切しなくなった。なんとなく、ただただなんとなく、行きたくなかったのだ。


 彼のことを次に思い出したのは中学2年も終わり春やすみに部屋の片付けをしていた時だったと思う。

 部屋の隅。もう新しく写真を貼る隙間もないコルクボードは日常的に見ることはないがこの日は片付けをしていたこともあった。

 ふと見たコルクボードに親友の彼を含め小学校時代の幾人かで撮った写真があり。僕は久しぶりに見る死んだ親友の顔を見て当時を思い出す。


 僕は最初、親友の彼のことが嫌いだったと思う。転勤族だった僕は新しい環境に馴染むのが下手くそだったし、惚れ症でもあった僕は好きになった子の後を金魚のフンのようについて周り今思えばとてもとても気持ち悪かっただろう。

 そんな中、僕をバカにしてきたうちの一人が彼だった。けれどいつのまにか仲良くなっていたから不思議だ。きっかけは何も覚えていない。

 ただ僕と彼は体格がよく似ていたし好きなゲームも共通していた。毎日のように朝は挨拶を交わし、休み時間にはそのゲームのことで話をするようになっていた。彼の家に何度も行ったというのもこのゲーム繋がりだったと思う。

 ずいぶんと短い間の付き合いだったけれど、思い出とも呼べるイベントなんて数えるほどしかないけれど、確かに親友と思えるほど仲が良かったと思う。

 

 コルクボードの写真は修学旅行のものだ。彼と僕はもちろんのこと、当時仲良かったオールスターズのような班で撮ったもので、皆はいい笑顔で写っていた。

 僕は片付けの手を止めて写真を剥がしまじまじと見る。何もかも幼い。本当に僕かと疑いたくなるような昔の僕と、もう二度と会うことのない彼と、もう会うことはないだろう友人たちと。その写真はとても楽しそうで懐かしくて。

 僕は写真についた画鋲の穴にまた、そーっと、画鋲を通してコルクボードに挿し直した。

 ずっと部屋の片隅にいて欲しかった。


 それからまた彼を「思い出」にして日々を過ごして中3の夏。

 彼から貰ったものがあったことを思い出した。

 二人が共通して好きだったあのゲームのキャラクターが控え目にデザインされたリストバンドを僕は家中探して回った。

 半日ほど探して、押入れの段ボールの中のランドセルの、そのさらに中にしまった宝箱にそれを見つけた。

 埃を払ってそれを腕につけ、手を空中に上げて様々な角度で眺める。

 感傷とかそんなものはなく「これが形見か」なんてバカなことを考えていたと思う。

 

 ともかく思い出してしまった以上これをまたランドセルにしまうのは申し訳なく感じた。こんな場所にまたしまったと知れたら、あの高い声で「えー」と、苦笑いしながら文句言われそうで、もっとマシな場所にこれをおくべきと考えた。

 しかし僕は物をなくすのに関してはプロ級だった。しまった場所を忘れるなんて当たり前の僕は、もっとわかりやすく、かつ雑に扱わないような場所を見つける必要があった。

 考えに考えた結果、僕は考えるのが怠くなり、手を洗いに行った洗面所でリストバンドを外して鏡の裏の収納にしまった。

 ここなら押入れより身近だし、洗面所に行くたびに思い出すだろう、とさもいい案のように考えたに違いない。

  

 結局その場所からリストバンドを動かしたのは高校に入ってからだ。

 またふと思い出して鏡の収納を覗いた。そしてそこにリストバンドがしまった日のままに放置してあって、ほっ、とした。

 流石にこんな場所にいつまでも放置しては申し訳ない。彼にそんなことが知れたら目を見開き絶望した顔を作るはずだと思った。(彼はよくアニメめかしいというかオーバーなリアクションをしてたと思う)

 僕はそのリストバンドに手を無理やり押し込み鏡に写る自分の手を見た。

 なんだか満足した僕は次の場所を探そうと周りを見渡すと僕のカバンがあった。これは高校に上がるときに買ってもらったものでポケットが多くとても気に入っていた。

 ここがいいだろうと、カバンのメインの大きな袋のサイドについてる控え目なポケットにしまった。

 それから高校のうちに彼のことを思い出すことはほぼほぼなかったけれど、確実にこのリストバンドだけは僕と一緒に高校生活を過ごした。僕はそんな大層なことは考えてはいなかっただろうけれども。

 

 さて次に思い出したのはいつかと言うと、まさしく今になる。

 まだリストバンドは高校時代のカバンに入れっぱなしで、僕はもう別のカバンを使っている。ようやっと彼の存在を思い出したところだ。

 

 実のことを言ってしまえば彼のことはほとんど、うろ覚えだ。

 小学校卒業後も彼と何度か遊んでいたはずだし、彼が激痩せしていたり声が低くなったりしたということは覚えている。インターネット上でも何度か言葉を交わしていたはずなのだが、「そういうこともあった」程度にしか覚えていない。

 しかし、彼が死んだと聞いたとき。確かに思い浮かんだのは小学校の頃の彼だった。僕の中の彼は小学校の頃の彼で、いつの間にかリストバンドこそが彼になっていた。

 

 僕の中の彼はデフォルメされて過去になった彼でしかないのは分かっている。携帯を変えたせいで、彼の死を伝えてくれた友人とのやりとりも、彼自身とのやりとりも全て消えてしまったので確実なんかじゃない。

 多大な妄想と勘違いで構成されているかも知れないこの彼との思い出も、考えているだけで彼を侮辱する物なのかも知れない。

 

 今こうして書いているのも大部分の理由が暇だったってだけで彼のことを真に思ったものなんかじゃないかも知れない。むしろ勝手に僕を置いていった分、彼には怒りすら感じているのかも知れない。

 

 しかしどうであれ僕が彼に関する何かをしたかったのは確かで、それは彼に向けての手紙という形をとっても良かったし、こうして文にすることも暇ができたから今やっているだけでずっとやりたいとおもっていたことだ。

 

 この文をなんらかの節目にする気はない。僕の部屋にはこれからも君との写真はあり続けるし、リストバンドも今のカバンに移そうと思う。

 

 これからも線香をあげに行くつもりはないしあの地に君を目的にして行くことは絶対ないだろう。 


 君との思い出も、また忘れて過ごすだろう。

そしてふと思い出すたびにデフォルメされて、ついには現実の君と僕の中のイメージが遠くかけ離れたものになるだろう。けれども。

 それでも君を完全になくすことだけはしないで生きようと思う。


 君は苦笑いをしながら僕を見るだろうけれど、僕はバカらしく、その隣でバカみたいに笑っていようと思う。

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