第5章 問題解決 (後編)

「オーケイ! 大成功です。つながりましたです!」

「何や、何がつながったんや」

 うれしそうに言うエリーゼに、門木が聞いた。他の二人は、あっけに取られながら見ているだけだ。

WiワイFiファイです。私が報告書に書いた18桁の数字はご存じですか?」

「わしら、報告書見てへんねん。港署に押収されてしもたから」

「ホップラ、そうでしたか。ではあまり詳しく言えませんね」

「いや、私は聞いてましたよ。縁谷さんが、循環小数のことが書いてあった、と憶えてはったので。ただ、それが何かがまだわかってないということでしたが」

 望見が口を挟んだ。その横で、また須田が不満そうな表情を見せている。

「ヤー、そのとおりです。それで、そのジュンカンショースーのジュンカンセツは18桁ですが、それがアクセスポイントの名前とパスワードであると推理しました。それで、このタブレットで接続してみました。見事に接続できましたですね。でも、アクセスポイントのリストには表示されなかったので、ステルスだったようです。ですから、アクセスポイントの名前は直接入力しました」

 エリーゼの言うことがわかったのは門木だけで、他の二人は何を言ってるのかわからんという顔をしている。しかし、門木にも質問がある。

「そやけど、それは単にインターネットにつながっただけや。それと遺産とどういう関係があんねん。どこかのウェブサイトに遺産のことが書かれてるんか? どこのサイトに接続したらええんや?」

「素晴らしいです。さすがモンキーさんです。サイバー犯罪にも詳しいですからね。でも、インターネットではないのですよ。ご覧ください」

 エリーゼが差し出したタブレットを3人で覗き込む。WiワイFiファイの設定画面が表示されていて、リストの一番上に9桁の数字が並んでおり、その下には「接続先にインターネット接続がありません」と書かれていた。

「つまり、どういうことなんや?」

「つまり、このタブレットはローカルネットワークに接続しているだけなのです。そのネットワーク内に情報が隠されているのだと考えています。これからそれを探しますので、少しお待ちください。そんなに時間はかかりません」

 そしてエリーゼはまたタブレットをタップし始めた。もちろん、自分のスマートフォンと見比べながら。さらに、エル・アー・エル・イー……とつぶやきながら。そしてしばらくして、「フーラ!」と叫んだ。

「フォルトレファー! 大成功です!」

「何や、どうしたんや?」

「ホップラ! ダメです、モンキーさんには見せられません。見てもいいのは代理人様だけです」

 エリーゼはそう言って望見と須田の方を見る。望見が手を上げたので呼び寄せ、タブレットを見せた。わしは刑事やで、と門木は思ったが、エリーゼは警察の依頼で動いているわけではないので、文句は言えない。

「えっ! これは、銀行の口座番号と……ああ、そしたら、ここに彼女のお父さんの遺産が?」

「そういうことだと思います。このままタブレットを持って帰って縁谷様にお見せしても結構ですけれど、念のためにスクリーンショットを撮っておきましょう。このページを表示させる方法は、既に報告書を作ってあります。書き直すことにならなくてよかったですよ」

 エリーゼはボディーバッグから取り出した白封筒を、須田に渡した。

「わかりました。ありがとうございます! 縁谷さんも喜ぶと思います」

 望見はそう言ってタブレットと封筒を鞄にいそいそとしまい、エリーゼに一礼し、それから門木と須田にも礼をした。須田はまだ不満そうな顔をしている。

「さて、後は依頼料をいただきたいです」

 エリーゼが両手を腰に当て、須田の方を見た。得意満面の笑顔で。

「なんで僕にはさっきのを見せてくれへんのです? お金払うの、僕やのに」

「お金を払う人が依頼者というわけではないですからね。今日のこの依頼は、支払者と依頼者が別である案件なのです。調査結果は依頼者かその代理人にしか教えられないのです。知りたかったら、依頼者か代理人にお願いしてみてください」

「縁谷さんに聞いてみます。この後、病院へ行くので」

 望見は早く行きたそうな顔を隠さずに言った。須田は渋々という感じで、手に持っていた銀行封筒をエリーゼに渡した。エリーゼは「ダンケ・シェーン!」と言い、中身を数えてから、領収書を須田に渡した。

「さて、本件はこれにてダス・エンデですね。電気は切っておいてください。誰か他の人がWiワイFiファイに接続したら大変ですからね」

「わかりました。それでは、皆さん、外に出てください。鍵をかけますんで」

 望見は3人を家から追い出すと、玄関脇のブレーカーを切って外へ出て、ドアの鍵をかけた。そして「失礼します」と一礼して、小走りに歩いて行った。その後を、須田が慌てて追う。

「ちょっと! 僕も病院行きますから!」

 そしてフルフェイスのヘルメットをかぶって、バイクにまたがろうとするエリーゼの手を、門木がつかんで引き留める。

「おい、ちょっと教えろ。ローカルアドレスに接続っちゅうのは……」

「ローカルアドレスはローカルアドレスですよ。URLではないです。接続している端末の名前です。モンキーさんならご存じのはずですよ」

「モンキーさん言うな!」

 あの二人の前では辛抱していたが、エリーゼから「モンキーさん」と呼ばれるのはもともと気に入ってない。

 それはともかく、ローカルアドレスがURLではなく、端末の名前でもいいことくらいはもちろん知っている。アクセスポイントにその名前を登録していれば、自動的にIPアドレスに変換して、その端末にアクセスが可能になるのだ。そしてその端末がウェブサイトのためのサーバ、つまりHTTPサーバを立ち上げていれば、タブレットからその画面を見ることが可能になる。

「端末の名前は……」

「報告書を見ていないのなら教えられませんね。ただ、香水瓶と関係があるということだけなら言っても構わないでしょう」

「あれか……そうするとつまり、アクセスポイントとそれに接続してる端末……パソコンかタブレットか知らんけど、それは屋根裏かどこかに隠してあるんか」

「そんなこと私は存じませんですよ。見つけたところで、ネットワークでアクセスしないと、どうせ中のデータは見られないですからね。パスワードで厳重に保護されてるに決まっています」

「しかし、銀行の口座番号がわかっても、通帳や印鑑は? 少なくとも通帳はなかったらしいで」

「ナイン、ウェブ口座というものがあるのですよ。通帳を作らない口座なのです。さっき見た画面には、銀行名と口座番号と暗証番号が書いてありましたよ。通帳やキャッシュカードがなくても、他の口座へお金を送ることができるのです。便利ですし印鑑がいらないので、私も使っているのですよ」

 死んだ親父さんいうんも、なかなかやるな、と門木は思った。縁谷光子の歳からして、その父親だとおそらく70歳前後と思われるのに、WiワイFiファイアクセスポイントやHTTPサーバの立ち上げができるというのは、よほどコンピューターに詳しかったのだろう。電機会社に勤めていたということだったが、元々そういうことが好きだったのに違いない。そういえば、スマホのアプリを作ったとも言っていた……

「モンキーさん、そろそろ手を離してくださいよお。私、帰りたいんです」

「待て待て、もう一つ聞くことがあるで。お前、なんで18桁の数字いうんが、アクセスポイントとパスワードやと思った?」

「いろいろ考えて、それしかないと思ったのです。香水の匂いは目に見えませんから、目に見えない、空中に何かがあるということです。香水が2種類混ざっていたのもヒントなのですよ。二つに分けて使うのです。ヘルフテ・ヘルフテ、50・50なので9桁ずつに分けたら正解だったのです」

「そんなん、簡単に思いつくわけないやろ。少なくとも、死んだ親父さんが、コンピューターに詳しかったという情報くらい知らんと、思いつかへん。ほんでも、お前はそれを知らんはずなんや。お前、渡利に何か聞いたな?」

 絨毯にしみこんだ匂いが何かを調べてもらうために、門木が渡利をここへ呼んだ。渡利は部屋に入ったときに、本棚にコンピューター関係の本があったことに気が付いただろう。渡利が光子にエリーゼを紹介したこともわかっている。とすると、渡利がエリーゼにヒントを与えたとも考えられる……

「聞いていません! 私はアキラ様にそんなことを聞ける立場ではないのです。だから私一人で考えたのです。依頼者のお父様は数学が得意な人ですから、コンピューターにも詳しいと思ったのです」

「しかし、何か他にヒントが……」

「いやーん、この人、痴漢です!」

 突然、エリーゼが大声で叫んだ。気が付くと、隣の文化住宅の2階の通路に、数人の野次馬がたかっている。「痴漢やて」「警察呼ばな」という声も聞こえる。

「違う! わしは刑事や!」

 慌てて警察手帳を取り出そうとしたとき、エリーゼが門木の手を振り払って、バイクで走り出した。

「あっ、こら!」

 門木も追いかけようとしたが、走って追いつくはずがない。立ち止まり、振り返って野次馬にもう一度警察手帳を見せ、「わしは刑事やからな!」と言って車に乗り、ため息をつきながら臨海署へ走らせた。


「門木さーん、昨日の夜、港署の列堂さんからショートメッセージで面白い話教えてもらったんですよー」

 数日後、署に出勤してきた門木を見つけて、田名瀬がうれしそうな顔で寄ってきた。

「何や、おもろい話て」

 まさか、わしが痴漢呼ばわりされたことやないやろな。

「あのね、この前、行方不明者届を出しに来てた、須田さんいう人いてましたやん」

「ああ、あの人な」

 もちろん、彼が出そうとした届出書はあの後、港署へ回した。後で列堂が電話してきて「ほとんど何も書いてへんやないか」と笑っていたが。

「それでね、あの人、行方不明になってた縁谷さんいう人のこと、好きやったらしいんですけど、あの後、振られたんですって!」

「なんや、そらあ……」

 須田が光子に惚れていることに、田名瀬が気付いていたというのもすごいが、なぜ列堂が知っているのか。

「市民の恋愛沙汰にそんなに首突っ込んだらあかんやないか」

「ほんでも、面白いやないですか。何で振られたと思いはります?」

「さあな、他に男がおったんちゃうんか」

「あ、当たりですわ! 誰やと思います?」

 誰かと聞くくらいなら、門木が知っている人物のことを指すのだろう。しかし、そうすると登場人物はあと一人しかいない。

「興信所の男?」

「当たりです! あの望見さんいう人、縁谷さんの元旦那の素行を調査してはったときに、縁谷さんのこと好きになってしもうて、縁谷さんが離婚した後に何度も会って口説いてはったんですって。縁谷さん、美人ですもんねえ。でも縁谷さんの方がだいぶ年上やから、遠慮してはったみたいですけど、望見さんが強引に押し切らはったらしいですわ」

 そして光子の退院後に二人して港署に現れ、お世話になりました、と列堂に挨拶したらしい。こっちにも挨拶に来んかい、と門木は言いそうになった。

「門木さんの言うてはったとおりですわ。いろいろ聞いてると、勉強になりますんやね。あー、面白かった!」

「あかんて、人の不幸を面白がっとったら!」


(第1話 終わり)

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