前篇
教室に戻ると新幹線が走っていく音がした。多分、すぐ近くの駅を通過したのぞみ号だと思う。
「速いね」窓枠に肘をつけて眺めている中住さんが振り返ってくる。
他のクラスメイトはもう既に帰っている。教室には二人しかいない。
「時速三百キロで通過するから」思わず目が合い、とっさに話してしまった。
「ふーん」中住さんはそう言ってまた外を眺める。
まあそんな程度の返事だろうと言ってから後悔した。いつもそんなことばかりだ。まだそれでいじられないだけ優しいかもしれない。
「なんで戻ってきたん?」
「忘れ物」
今度はゆっくりと東へ向かう新幹線が見えた。さっき、駅で追い越しを待っていたんだろう。
「中住さんは帰らんの?」
「親が迎えに来るの待ってる」
「どこかいくん?」
「用事」
「ふーん、じゃあね。また明日」
「また明日」
教室を出る時に中住さんは手が小さく手を振ってくる。僕も手を上げて応えてから、廊下を歩いていった。
◆ ◆ ◆
夏休みの宿題中。
母が電話に出た音が聞こえた。すぐに、先生からよ、と呼ばれて部屋を出る。
「もしもし」
「ああ、中住さん? お休みの日にごめんね。伝えたいことがあって、今大丈夫?」
「大丈夫、どうしたんですか」
「……津山君が転校するって。連絡あった?」
「えっ、ないです」
「八月二十日に引っ越すそう。はがきも送るって言ってたからそのうち届くと思う」
「そんな、すぐなんですか」
「急に決まったそう。来週の月曜、学校に挨拶に来るって。よかったら中住さんも来たら?」
「月曜……行けないです。あの──……」
「どうしたの?」
「やっぱり大丈夫です」
「そう。また連絡するように伝えておくね」
行かなかったら津山ともう会えないかもしれないと思ったけれども、その日は家族で旅行の予定だった。
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