バレンタインには甘いチョコレートを。

奈良みそ煮

バレンタインには甘いチョコレートを。①


「はいこれ。勘違いされても困るから言っとくけどこれ、義理だからね」


 授業も終わった帰り道。学校からそう離れていない場所に呼び出され、そこで受け取ったものは、昔から腐れ縁が続く相手からのチョコレート。

 お互い長い付き合いなので味なんて容易に想像できてしまうから、俺は思わず生唾を呑み込んだ。

 貰ったあいてからほらほらと勧められるがままにラッピングされた包みの封を開けて、ふぅっと息を吐ききって気合いを入れる。

 毎年こそは! と期待して口に放りこんだそれは、うん、今回は問題なく口内でふんわりとやさしく、やわらかく溶けていってくれた。


 だが、問題はここからだ……。


 じっくりと俺の舌が味覚でそれを認識した瞬間、まるでピーマンのゴーヤのスムージーで淹れたブラックコーヒーのような、今まで体感したことのない苦みが俺に容赦なく襲いかかってきた!

 実はそれ、チョコレートを模したクレヨンでした! と言っても信じることのできるレベルの苦みと風味が口の中に広がったまままとわりついて離れてくれない。

 道路に捨てられてしまったアルミ缶みたいにべこべこと顔を歪ませながらも無理やり飲み込もうとするも、どうやら食道まで通行止めされているようで劇物はいつまで経っても口の中。

 まさか、ホントにチョコレート型クレヨンとかいうジョークグッズじゃないだろうな……。

 たまらず口の端からうめき声を漏らしてしまったものの、本人のいる手前、受け取ったプレゼントを吐き出すのは失礼に当たる。

 気合いで天を仰ぎ、これは良薬と言い聞かせて飲み込むと、あまりの苦さに秒で涙が流れた。

 そんな一部始終を見ていた彼女が楽しそうに、ゾンビのように呻く俺の代わりに感

想を述べてくれた。


「今年のチョコレートも、最高に苦かったでしょ?」


 まるでこれが生きがいとでも言わんばかりにいい笑顔を顔に張り付けた彼女は、嬉しそうに颯爽とその場を去っていった。



 世間一般では、親しい仲から甘いチョコレートをもらうことが出来る(一部除く)イベントであるバレンタインデー。一年で最も女性が色めき立ち、男性がそわそわとおちつきを失くす日ではなかろうか。

 そんな日にあいつは、自他共に認める甘党である俺にわざと狙ってビターチョコ(と言い表していいかどうかは謎)を渡すという嫌がらせを小学校の頃から続けていて、今年で10年になる。

 どうして律儀にチョコレートを用意してくれるのに毎度ひねくれた仕上がりなのか。

 今後の彼女の人生の為に、砂糖という甘味料があることを紹介しておいた方がいいかもしれない。

 そもそも市販の板チョコを溶かすだけなら甘いはずなんだけど、こうも酷いと何かの陰謀を感じるほどだ。

 常備しているお茶で口の中を殺菌消毒し、ようやく口の中に平穏が戻ってきたので、どうしていつもこうなのかを考えてみる。

 普段からよく遊んだりする仲ではあるし、今回に限らずこの日の直前にけんかをしたわけでもない。

 そう言えば昔に何かしら理由があってこうなったんだ、っていうのは覚えてるけど、どんな内容だったかは忘れてしまった。

 チョコレートをもらい始めたのは小学校の低学年だったけど、その頃から義理と宣言しつつも毎度手作りチョコレートを渡してくれていた。

 その時にあった何かを思い出せなくて、奥歯にお肉が挟まったかのようなもやもや感が俺の頭を悩ませる。

 いっそのこと、本人に聞いた方が早い気もするけど、それは最後の手段にとっておこう。

 なんて考えて、ふと、頭によぎった。


 (こんなに悩むことでもないはずなのに、すぐ解決できようはずなのに、どうしてそうしようって身体が動かないんだろうかね)


 余計な考えを、三色ボールペンみたいに思い切り頭を振ってかちかち、と切り替える。

 この月では珍しく暖かい陽気の中なのにしかめっ面で、大事な何かを思い出そうと唸っていると、後ろから声を掛けられた。


 「よう、今回も嫁さんから無事もらえたみたいで何よりだな」


 軽く肩と軽口を叩いてきたこいつも同じく昔からの腐れ縁。

 何度もそういう関係じゃないって力説したにもかかわらずおちょくってくるこいつにはそろそろ我に眠りし力を以て分からせてやる必要性があるかも知れない。

 可愛くラッピングされたビターチョコに扮した劇薬をどう口の中にねじ込んでやろうか、なんて画策している俺をよそに、あいつは手慣れた手際でチョコの入った包みを奪い取り、俺が制止する間もなくそのままひとかけら口に運んだ。

 すまない、俺はまた、友人を守ることが出来なかったよ……。

 急な別れに涙も出ないが、まぁ普通に悪友は生きていた。

 どうやら奴も毎年の摂取により毒耐性が上がっているみたいだ。


 「む、今回もこの味か。全く、お前というやつは」


 毎年苦いと分かっているのだから学べばいいものを、眉間にしわを寄せながら俺ににじりよる。

 進歩がどうとかの文句なら作ったあいつに言ってほしいものだ。


 「そうじゃなくてさぁ、こうやってもらえるのも今年最後だろうし、いい加減素直になれって」


 それじゃ、と手をひらひらとさせて別れを告げる友人。彼が発した何気ない一言が、別の事で悩んでいた俺の脳内に土足でずかずかと上がり込んできた上に、重たくもたれかかってきた。

 というのも、チョコをくれた彼女は、卒業したら別の県の大学に進学する。先ほどのあいつもやっとだが別の県に進学が決まった。

 一方で俺は、地元での就職が決まっている。

 あいつの言った『最後』とは、進路が違うから、会える機会はほとんどなくなるということだ。

 ほぼ毎日のように会っていた人間に会えなくなるというのは、頭では分かっていても、やはり切なく、寂しい。

 俺には社会人の兄貴がいるのだが、長年付き合ってきた友人とも全然会うことなく毎日を過ごしている。

 けんか別れでもなく、疎遠になったわけでもなく『忙しくて』だ。

 一応連絡は取りあっているみたいだけど、何をするにも一緒にやっていただけに兄もどこか寂しそうにしている。

 そんな兄を見ていると、俺もあの二人とはそうなっていくのだろうか、なんて思わなくもないんだ。


 (もう二度と…)


 だんだんと沈んでいく暗い気持ちを晴らそうと、包みのなかのチョコレートを口に放ったけど、


 (にが……)


 俺の大好きなチョコレートはどうしようもなく苦かった。


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