第17話 予感と予選のスタート

 翌日。

 大会初日の朝、開会式から少し遅れて、シバちゃんがお父さんの車で到着した。

 意外にも、シバちゃんはけろっとして見えた。


「大丈夫?」

 僕が駆け寄って訊くと、

「ああ。俺じゃなくて、おかんの方。でも、そっちもまあ大丈夫。それよりLINE返せなくてごめんね」


 淡々とシバちゃんが言うので、僕はそれ以上突っ込めず、ううん気にしないで、とかぶりを振った。

 なんだかシバちゃんがあまり目を合わせないようにしている気がして、僕はまた胸がざわつくのを感じた。


「芝浦、さっさと着替えてリンクコンディション見てこい。午後イチで男子500mの予選だぞ。自分が何組目か分かってるかい」

「九組目です」

「最終組とはラッキーだべ。十分身体温めておけ、あとしっかりカロリー入れておけよ」


 濱田先生は肩を強く叩いたが、シバちゃんは無言で頷くだけだった。

 それが既にコンセントレーションに入っているからなのか、それとも上の空だからなのか、僕には見分けが付かなかった。

 いつものことだけど、シバちゃんの調子は僕には読めない。

 それに、調子がどうだろうとシバちゃんは必ず結果を出すので、読もうとすること自体が無意味というのもあった。


 芝浦監督も会場に姿を見せて、よろしくお願いします、と濱田先生に頭を下げていた。

 遠目で見た監督の顔は、なんだかやつれて、一気に年をとったように見えた。

 この時僕は、もしかしたらシバちゃんのお母さんの病気はかなり悪いんじゃないか、という気がした。

 でも、そんなこと訊けるはずもなく、僕は1500mの予選のため、シバちゃんは500mの予選のため、それぞれ最後の公式練習に向かった。



 まず、1500m。

 僕は予選で基準をクリアできず、決勝には進めなかった。

 でも、これでよかった。

 十日間、1000mに全力を注いできて分かったのは、僕は中距離走者ではなく、本当にスプリンターだということだった。

 この三年間ペース配分やスタミナに苦しみながら中距離に取り組んでいたのは一体何だったんだろう。

 まあ、おかげで体力が付いたと思うしかない。

 これで心置きなく、明日の1000mに集中できる。


 女子の1500mを挟んで、男子500mの予選が始まった。

 一組目、エイちゃんがいきなり39秒03という驚異的なタイムを叩き出して、会場がどよめいた。

 これはエイちゃんの自己ベストで、間違いなくこの後の走者全員のターゲットとなるタイムだった。


「船木、あいつ飛ばしすぎだべ!まだ予選だぞ」

 濱田先生の声は弾んでいる。

「……エイちゃん、ずっと500mに集中した甲斐がありましたね」

 僕は静かに言いながらも、ぶるっと身体が震えるのを感じた。


 こんな圧倒的な滑りを見せつけられて、平然としていられるわけがない。

 今更ながら、さっきの1500mでの自分を不甲斐なく感じた。


 ゴールしたエイちゃんはサングラスを外し、鋭い視線で一点を捉え続けていた。

 内側のウォームアップレーンで最終調整をしているシバちゃんがそこにいた。

 シバちゃんはエイちゃんの走りを見たのかどうか。

 ここからは表情まではうかがえない。


 組が進んでも、エイちゃんのタイムを上回る選手はなかなか現れなかった。

 まだ予選の段階とはいえ、40秒を切る走者は数えるほどしかいない。

 37秒75という道内記録を保持しているシバちゃんは別格だ。

 中盤、六組目で北見の選手が38秒94を出してエイちゃんは二位に下がったが、その後は39秒を切る選手は現れなかった。

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