第23話 ラストダンス
「……俺のリードじゃ不満かな」
意地悪そうに微笑みながらも、目には優しさを湛えている。
……そんなこと、一ミリも思ってないくせに。
踏み分けるステップに迷いが無いのが、何よりの証拠。
あなたの潔さは、本当に刀のよう。
私の感傷も断ち切ってしまう。
思わず吹き出した。
「何?」
刀麻君は眉をひそめると、キリアンホールドに移行しようとする私の腰を少し乱暴に引き寄せた。
エッジが乱れそうになるのを、筋肉を張って堪える。
「や、ジャージとスウェットで踊ってる私達、傍から見たら可笑しいだろうなと思って」
「誰も見てないよ」
耳元で囁いて、私を腕の中でくるりと回した。
正確に言えば、私がツイズルを回ってポジションを戻したのだけれど、完全に回されたという感覚だった。
再び正面で受け止められ、視線が交錯する。
ダンスは、二周目に入る。
「……少し、話をしてもいい?」
「もちろん」
「私の元パートナーはね、バンクーバー五輪の日本代表なの。私と別れて新しいパートナーと十年カップルを組んで、引退と同時に結婚したわ。……去年、子供が生まれたそうよ」
「正直に言っていいよ。そいつのこと、どう思ってる?」
「お幸せにね、このクソ野郎! よ」
ぶはは、と刀麻君が吹き出した。
肩に置いた手から、肺に出入りする空気の動きが伝わってくる。
自分で言っておいて、私も可笑しい。
笑いながら、心の中のしこりが消えていくのが分かった。
強がりが本心へと変わる。
……末永く、お幸せに。
言葉を口にするのは、治療に似ている。
食べられなかった時、眠れなかった時、訪れていた病院で医者が背にしていた清潔な壁の白さを、今ならリンクに重ねられる。
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