第32話

――ランレイはいつものように、荷物を入れることができるバスケット付きのパーツをその体に設置し、買い物へと出ていた。


今は丁度その帰りだ。


時間は昼を過ぎようとしたときだったが、このローフロアは地下にある街なので、いつでも真っ暗。


代わりに二十四時間街灯やネオン看板の照明が付きっぱなしである。


「はあ……。バンシーさんの依頼以降、なんの仕事も来ないよぉ……」


ランレイは、ため息をつきながらトボトボと歩いていた。


俯いて歩く猫がめずらしいのか、すれ違う者たちが彼女のことを横目で見ていく。


あの猫、いつも買い物袋を体に付けて歩いているな。


かわいそうに、きっと飼い主から虐待を受けているのね。


いくら機械ペットだからって酷いな。


――などの声と共に。


気の毒そうな視線を浴びせられている。


それに気がついたランレイは、急に恥ずかしくなってきた。


だいたい機械猫に(その中身は人間だが)買い物をやらせるあの怠け者のせいなのだ。


ご近所さんや買い物へ行く商店街くらいには、自分が事故で体を失った人間だという事情を説明してくれていれば、こんな同情みたいなこと言われることもないのに――。


ランレイは、いつも往復する道で毎日のように同じことを思われる現状に辟易としていた。


「あたし……いつになったら人間型の姿を手に入れられるんだろう……」


ランレイがその機械猫の身体の代金――ようは借金を返済するために働いている『ジャンク屋 メイユウ』。


いつかその店の主人であるメイユウへ借金を返し、人間型の身体を手に入れ、物語を作る仕事につくのがこの少女の夢だった。


だが、仕事の稼ぎを生活できるぶんしか必要としない主人のメイユウの働き方もあって、ランレイはそんな自分の未来に不安しか持てないでいた。


「でも、諦めちゃダメだ。あたしが大好きな物語の主人公たちは、困難にも負けずに前向きに生きていたからこそ、ハッピーエンドを手に入れているんだもん」


しかし、それでもランレイは、今日も同じように俯いて顔を上げてを繰り返すのであった。


「ニャ……ニャア……」


すると、顔を上げたランレイの耳にどこからか猫の鳴き声が聞こえてくる。


その鳴き声はか細く、今にも消え去ってしまいそうなものだ。


気になったランレイが周囲へ耳を澄ますと、その消え去りそうな声は、どうやら路地裏のほうから聞こえてきているようだった。


「こっちから……かな……?」


鳴き声がするほうへと歩いていくランレイ。


路地裏には街灯もネオン看板の照明もあまり届かずに薄暗かったが、機械猫である彼女の目には、それでも陽が差す日中のようにクリアに見えている。


ランレイがしばらく路地裏を進んでいくと、そこには一匹の猫が倒れていた。


「えッ!? 大丈夫!? 一体どうしたの!?」


慌てて駆け寄るランレイへ、その猫はただ苦しそうに鳴いている。


よく見ると、その猫は機械でできていた。


その身体にはフサフサの毛はなく、表面はすべてメタリックな金属で覆われている。


ランレイが声をかけても猫の鳴き声で返すところを見るに、どうやら機械ペットとして作られた猫のようだ。


「こ、これは!? 酷い……」


その猫の金属の身体はかなり破損していた。


片耳には刃物で切られたような傷があり、片目は潰れ、右の前足は無くなっている。


おまけに尻尾も切断されたあとがあり、ずいぶんと短くなっていた。


「ニャ……ニャア……」


「待っててね。すぐに直してあげるから」


ランレイはメタリックな猫を自分の背中に乗せると、その重さでガクっと地面にへこんだ。


それもしょうがない。


ランレイの機械猫の身体は子猫くらいのサイズであり、そのメタリックな猫のサイズは大型犬くらいある巨漢猫なのだ。


もはや親子以上身体の大きさが違う相手を背に乗せて、今までのように歩けるわけがない。


「お、重い……けど……この子を放ってはおけないよ」


そこで考えたランレイは、メイユウに頼まれたトマトケチャップの瓶詰め十数個と製麵の入ったバケットパーツを身体から切り離し、再びメタリックな猫を背中に乗せる。


「よし、これでなんとか歩ける」


そして、ユラユラと不安定ながらも、メイユウがいるジャンク屋へと向かうのであった。

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