インソムニアラブ
鷹山トシキ
第1話
僕は行きつけの理容室で冷やしシャンプーをしてもらっていた。
「阿部さんって何されてるんですか?」
美容師の伊藤さんが尋ねてきた。ゆるふわウェーブな女子だ。
「公務員ですよ」
「へぇ〜」
僕は密かに伊藤さんに恋していた。
「伊藤さんって下の名前は?」
「ウサギです」
「漢字?」
「まさか〜、カタカナです。阿部さんは?」
「エイイチです」
「どーゆー字ですか?」
「魚のエイに数字の一」
「マジですか?」
「んなわけないでしょ。栄えるに数字の一」
「栄一さん」
頭をマッサージされてると眠たくなって来た。熱帯夜のせいで最近、睡眠時間が短い。
「コロナのせいでオリンピックなくなっちゃいましたね?」
ウサギが残念そうに言った。
「うん、ビーチ問題とか、のっけからゴタゴタでしたよね?」
「あ〜、ロゴをパクったとか?」
鏡にはボサボサ頭だったのが、ソフトモヒカンスタイルの自分が映ってる。
「コロナのせいで床屋さんも大変ですね?」
「床屋……言い方が昭和ですね?」
「だって、昭和生まれだもん」
昭和59年生まれ、まだ35歳だが明日で36歳になる。開会式のチケット買ったのに、クソッ!中国って迷惑な国だよな?SARSのときも食品衛生法とかうるさくなったし?今は刑事をしてるが、若い頃は食品工場で派遣してた。ボーナスとか交通費とかない、マジでブラックだった。K市にあるカニカマ工場で働いていたが、先輩が何かあるとスグに殴ってくる。
コロナが蔓延して、7月から東京がロックダウンされた。刑事の僕も在宅ワークになってしまった。
ロックダウンは、緊急時において公共の施設や道路などで、外部からの進入者に対して内部の人間の安全確保のため建物を封鎖すること。また、人々の抑留や、屋外活動を禁止して監禁することを意味する。また、緊急事態において人の移動や情報の出入りを制限すること。
建物の封鎖の場合、外に出るドアをロックし出入りできないようにすることを『ドリルロックダウン(drill lockdown)』という。
『フル・ロックダウン(full lockdown)』は、人々が現在の場所にとどまり・じっとしていることを求められ、出入りは禁止される。
クーラーの効いた部屋でアイスコーヒーを飲みながら監視カメラをチェックする仕事だ。
7月1日
東海道・山陽新幹線でN700S系が運行を開始する。
改正容器包装リサイクル法の施行により、スーパーやコンビニエンスストアなどの小売店で、レジ袋の有料化が義務化される。
7月17日
埼玉県所沢市にところざわサクラタウンが開業。
本日も全国の監視カメラをチェックしたが問題は見られなかった。
今夜は隅田川の花火大会だ。僕は隅田警察署の生活安全課に所属してる。
「あ〜眠い」
冷蔵庫からキンキンに冷えた『レインボーマウンテン』の缶を出して、プルトップを開けた。香ばしい薫りが漂う。昨夜は久々に夢を見た。夢を見るのは安眠できてない証拠らしい。健康番組でやっていた。
ウサギが由比ヶ浜で線香花火してる夢だ。🎇パチパチと音がしてた。ウサギは浴衣姿だった。
アパートのベランダから隅田川の花火大会を見た。
巷じゃ自警団を名乗るならず者が蔓延っていた。列車の中でクシャミをすると蹴りを入れたり、マスクをせずに入店した客にコンビニの店員が制汗スプレーを浴びせたり、コロナ関連の事件が相次いでいた。
夏になると若者で賑わう湘南も今年はガラリとしてるが、人が少ないのをいいことに砂浜でペッティングするカップルなんかもいた。
鳶がクルクル旋回していた。
カーステからはサザンオールスターズの『真夏の果実』が流れてる。
「ビールでも飲みたい天気ね?」
助手席のウサギが言った。海風が社内に入って来る。夏のニオイだ。
あの夢は正夢になった。
昨夜、スーパーで買い物してるとウサギがレジにいたので声をかけた。
『伊藤さん』
『阿部さん、いつもありがとうございます』
『いえいえ』
『随分、のびましたね?』
『毛量ハンパないんです、魑魅毛量』
本当は魑魅魍魎だ。
『阿部さんってユニークですね?』
『ハハ……なんでも有料になってやですね』
僕はレジ袋を買った。
『買い物バック持てばいいじゃないですか?』
ウサギはミニーマウスの柄のバックを手にしていた。
『なるほど』
『阿部さんって彼女とかいるんですか?』
『いないです』
折絵って同僚刑事がいたが、5年前に死んだ。隅田川の花火大会に遊びに行った帰り、宵闇の坂道で何者かに撃たれて、手術をしたがダメだった。犯人の撃った弾丸は折絵の頭に命中。終脳を弾丸が通過し、意識不明に……亡くなる数分前、一度目を開けて『栄……一……楽し…かっ……た』と、別れの言葉を告げた。僕は死神に誓った。残りの人生を全て、復讐に注ごうと。
『はじめて、アナタを見たときから気になってたんです』
店を出てウサギがそう口火を切ったとき、僕は夢を見てるような気分になった。
夜空には満月が浮かんでいた。
『じっ……実は僕も……』
こうして僕たちはつきあうようになった。
「考え事してるとあぶないよ?」
ウサギの声に現実に戻った。
「ゴメン」
熱さがハンパなくなって来た。僕は窓を閉め、クーラーをつけた。ココナッツオイルの薫りが濃厚になる。ウサギのサンオイルの薫りだ。彼女と濃厚接触したい。
サザンの歌が『愛の言霊』に変わる。少年時代に香取慎吾主演の『透明人間』ってサスペンスドラマがやってたが、その主題歌だった。
窓の外に江ノ島が見えた。
ウサギが太股を撫でてきた。
「ほしい」
僕の心臓はドキンドキン♪💗、音を立てていた。
ホテルに入って僕たちは生まれたままの姿になりセックスした。
サザンの歌にある『HOTELパシフィック』ってのはどこにあるんだろうか?
「気持ちよかった♥」
僕に髪を撫でながらウサギはうっとりしていた。
由比ヶ浜でサーフィンして遊んだ。
その後、夕闇の海岸で線香花火をした。
ウサギはコンビニで買った『鎌倉ビール』ってのを飲んでいた。酔ったのか?彼女はボトルを海に投げた。
「キャハハハッ!」
「ウサギ、声がおっきーよ」
「君はアソコがおっきーよ」
僕は『パイロキネシス』を覚えた!夢で起きたことが叶うと魔法を覚える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます