マスターハンドがすべてをゲロさせてくる

ちびまるフォイ

風のうわさの発生源

『市民のみなさん、けして家から出ないでください!

 繰り返します。けして家から出ないでください』


拡声器をのせた車は町をぐるぐる回りながら叫んでいた。


「おい! スピード上げろ! 手に見つかった!!」


町に現れた大きな手が車に乗っている人を追いかける。

車は猛スピードで追ってくる手を引き離すがカーブを曲がりきれずに横転。


乗っていた人たちは割れた窓から外に出ると、手が待ち構えていた。


「うああ! に、逃げろーー!」


逃げ遅れた人は大きな手に握られてしまう。

ぎゅっと力を込められると体が弓なりに反って叫んだ。


「俺はァ! 近所の駄菓子屋でお菓子を万引した!

 それに、会社の金を横領しているァァァーー!」


「そ、そうだったのか……」

「バカ! 早く逃げるんだよ! お前も捕まると全部吐き出されるぞ!」


大きな手は握っていた人を離して指を動かし始める。

指が蜘蛛の足のように動くさまは空中に浮かぶキーボードを打ち込んでいるようだった。


「今のうちに早く! あの交番へ!!」


掴まれた人を諦めて他の人は交番に駆け込んだ。


「早く戸を閉めてください!!」


警官はすぐに交番の戸を締めて手が入ってこないようにする。


「一体何があったんですか?」


警官の問いかけも無視して、逃げてきた人たちはSNSをチェックする。


「見ろ。もうアップされてる……」

「個人情報まで拡散してる。むごいことを……」


つい先ほど大きな手によって吐き出された個人の秘密は、

手によってSNSにアップされたうえ、削除されないように証拠も残されている。


投稿を見た他の人達のバッシングが延々とつながっていた。


「あなた達、いったい何から逃げてきたんですか」


「……手です。あれを見てください」


交番のガラス越しには他の獲物を探すように空中を浮く「手」が横切る。


「あれに掴まれたら自分の秘密を洗いざらい話してしまうんです。

 それだけじゃない。ネットに記録まで残されるんですよ」


「はぁ……だからって、そんなに怯えなくても」


「あなたは自分の性癖からコンプレックスまで全国民に広められる恐怖がわかってないんですか」


「本当にどんな秘密でも話してしまうんですか」


「ええ。特に隠したいと思っている秘密や、悪事などは徹底的に」


「なるほど……」


警官はふたたび手が横切るのを確認してから逃げてきた人を交番の外へ追い出す。


「ちょっと!? なにをするんですか!」

「早く中に入れてください!」


「いや、本当に秘密を話すのか試したくてね」


「そんなの今やることですか!?」


「二人分の悪人を逮捕すれば警官としての株があがるんだよ」


交番の外に出された二人は自分たちの背中越しに気配を感じた。

待ち受けていた右手と左手にそれぞれ掴まれると洗いざらい秘密を暴露した。


「ははは。これは楽だ。SNSに証拠がアップされるから捜査の手間もない」


いちいち取調べしなくても大きな手によって自白してくれる。

警官はこれ幸いとばかりに上司に連絡した。


「もしもし? 素晴らしいものを発見しました。至急、応援をお願いします」


『素晴らしいもの?』


「どんなに口の硬い相手でも自白できるものですよ」


何も知らない末端の警官たちは交番に集められた。

捕まった警官は個人の腹に溜め込んでいた悪事やら秘密を暴露する。


「いまだ! 捕らえろ!」


本来は強盗用に使う防犯ネットにより宙に浮かぶ大きな手を捕まえた。

手は網の下で必死にもがいている。


「君、この気味悪い手はなんだ」


「こいつはうちの捜査をぐっと楽にしてくれる優秀な警官ですよ」


警官の進言により手は取調室に隔離された。

取調室には暴力団のトップが中に送り込まれる。


「これから一体何がはじまるっていうんだ?」


「まあ見ていてください。これまでの悪事をゲロしますよ」


「バカな。あの組長はこれまでどんな拷問も取り調べも、自白剤すら効かなかったんだぞ」


「でも、手は試してないでしょう?」


密室に閉じ込められた組長は待ち構えていた「手」にぎょっとした。


「な、なんじゃこいつは……!?」


手は餌を見つけたとばかりに組長を大きな手で握り包む。

強く握られた組長は体をびんとそらして叫ぶ。


「ぎゃああーー! ワシは、ワシは麻薬の密売をやっておるーー!

 〇〇倉庫にストックが有り、取引先は××国で、次の取引先は▲▲ーー!」


扉越しに様子を見ていた上官も目を疑った。


「なにをしてもけしてしゃべらなかったのに……」


「すごいでしょう。これを使えば一気に捜査が楽になりますよ。

 悪事を隠しているやつをここにぶちこめばすぐに逮捕できますね」


「君は二階級特進だ!」


それからの職務は一気に楽になった。


これまでは高圧的に接したり時間をかけたりして自白を迫っていたのが

「ちょっと部屋で待っていくれ」と「手の部屋」に監禁すれば数秒で終わる。


署内のネットワーク環境を遮断すれば、手による強制投稿も防ぎ警察側だけで証拠を押収できる。


怪しい人もそうでない人も、とりあえず部屋に通して自白させる。

その罪の大小に応じて処遇を決めていった。


「先輩見てくださいよ。うちの署が検挙率ナンバーワンです」


「当然だ。我々はエリート集団だからな。早くこの世界から悪い人間が消えることを祈るよ」


「あ、それと検問で見つけた怪しい人が運ばれるそうですよ」

「ようし。さくっと自白させるか」


署内にやってきた男をいつものように部屋に送り込む。

電子レンジで弁当を温めるよりも早く男の悪事や秘め事が暴露される。


「はい終了っと」


警官はすっかり油断していた。

あっという間に終わるため、部屋の鍵を締めていなかった。


中の男を連れ出そうとしたとき、ドア近くにいた手が逃げてしまった。


「しまった! 手が逃げたぞ!! 捕まえろ!!」


警察署内は要塞というよりも事務室が近く、すぐに捕まえられる防犯グッズはそばにない。

逃げ出した手は署内の警官を掴んではあらゆる裏情報を吐かせていった。


「外に出すんじゃないぞ! 外に出したらすべて暴露される!!」

「おい! 防犯ネットはまだか! どこにあるんだ!」

「もう出口まで逃げていってるぞ!!」


手は署内を荒らし回り出口へ向かう。

外に出ると移動を止めてキーボードを打つ指の動きをはじめた。


「まずいぞ! こいつ拡散しようとしている!」


追いついた警官だったが捕らえられる道具は何一つない。

もたもたしている間にも手は動きを止めない。

このままでは署内で暴露されたあらゆる秘密を外に出されてしまう。


「くっ……! これしかない……!」


警官は腰のホルスターに入れていた拳銃を取り出した。

発砲許可などない。けれど、このまま見逃してはもっと大きな問題になる。


バンバン、と2発の銃声が轟いだ。


風穴をあけられた手はふらふらと宙をただよってから地面に落ちた。

警官は駆け寄り、また動き出さないようにと倒れた手に再び銃弾を浴びせた。


「危なかった……もう少しで機密を拡散されるところだった……」


生気を失った大きな手はみるみるミイラのようにしぼんでいってしまった。

手を失ってしまったのは損失だが、もっと大きな不祥事に発展しなくてよかった。


署内全体に無線をつなぐ。


「こちら□□巡査です。先ほど逃げ出した手ですが、無事仕留めました。

 安心してください。署内の不都合な情報はどこにも拡散されていません。水際で止めました。

 死んだ手を処分するので人員をこちらに回してください。以上」


無線を切ると、署内からは警官が派遣されてやってきた。


「やっときたか。早くこの手を燃やして埋めよう。この存在に気づかれるわけにはいかない」


しかし、誰も話を聞いていなかった。

視線は警官ではなく、その上の方へと向けている。


「せ、先輩……あれ……なんでしょう……」


警官が空を見上げると、大きな口がぺちゃくちゃとしゃべりながら宙に浮いて移動していた。

大きな口が徐々に降りてくると何を延々と話しているかが聞き取れた。


『聞いた? 警察署内で強引に自白をして逮捕していてるそうだよ』

『聞いた? 警察署内で上官の不祥事をもみ消しているそうだよ』

『聞いた? この警察署内で税金を多めに搾取しているそうだよ』


警官は青ざめた。

そしてすぐに命令した。


「おい! この口どもをさっさと撃ち落とせ!! この口を封じるんだ!!」


警官の一斉射撃が行われた。

蜘蛛の子を散らすように逃げる口を必死に撃ったがすべてを始末するには至らなかった。


空に飛んでいった口たちは住宅街の方へと逃げ延び、出歩く人たちを見つけると近づいて囁いた。


『さっきの銃声聞いた? 警察署内で勝手に私刑で気に食わない人を殺しているみたいだよ。

 ひどいよね。怖いよね。早くこのことを沢山の人に知らせなくちゃね』


口はそれだけささやくとまたどこかへ飛んでいった。

警察署内は数日後なくなった。

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