第2話 雪村颯人

「帰ろうぜ、ウタ」

「あぁ」


 放課後、颯人は別のクラスから俺の席の前までやってきた。

 たとえクラス替えで別々のクラスになっても、颯人だけはこうやって俺の前に現れる。唯一無二、最高の親友だ。


「見て! 雪村くんだ!」

「今日も爽やかでかっこいい!」

「てかさっき、いい匂いした!」


 そして彼が俺のクラスに現れる度、周りの女の子たちが惚れ惚れとした姿を見るのも日常茶飯事である。



 雪村颯人はやと

 俺とは小学校からの付き合いで、その頃から爽やかな容姿と抜群の運動神経を持つが故に女子からは注目の的であり続けている。

 だがしかし、残念すぎるほど恋に疎くて鈍感。


「今日、部活は?」

「オフ。でもOBの先輩と他校の奴とバレーやるんだ」


 そして三度の飯よりも、恋愛よりもバレーに夢中なのだ。

 だけどその気持ちの強さでバレーをやってきて、全日本ユースの選抜に選ばれるほどの選手になれたのだから、ホント尊敬する。


「今日さ、スゲー上手いセッターと練習するんだ。前にも話した、めちゃくちゃ打ちやすいトスあげるやつ。選手のクセにまで合わせてトスがあげるからさぁ──」


 羨ましいやつめ、と嫉妬する奴もいるだろうが、バレーのことになると無邪気に笑う颯人の笑顔を守りたいと願う俺はそんなことを微塵も思わない。

 でも正直、少しくらい恋愛には興味を持ってもらいたいものだ。



「なぁ颯人」


 校舎を出て、俺は早速本題に移る。


「好きな人って、いる?」

「ん? いないよ?」


 ですよね。

 俺は安心するも、少し残念に感じて肩を落とした。


「もしかしてお前、好きな人いるの?」


 すると颯人はニヤリと笑って、こちらの顔を伺ってきた。


「い、いないよ!」

「なんだよ〜、つまんねぇの。てっきり俺と恋バナでもするのかと思ったんだけどな」

「たとえそうだとして……、お前は興味無さげに聞くじゃねぇか」

「いやいや、そんなこと無いって。俺はお前の話なら真面目に聞くからさ」

「ホントか?」

「ホントホント。それよりさ──」

「ほら、そうやって話を逸らすとこだぞ?」


 そう指摘すると、颯人は頭をいて、あははと笑った。

 昔から恋愛に興味を示さず、夢中になる女の子に見向きもしないどころか気づきもしない鈍感さには、たまにため息が出てしまう。


 そんな颯人にはこう言うのが効果的か。


「今日さ、久住美唯くすみみゆさんと隣の席だったんだけどさ」

「くすみ……誰だ?」


 おいおい、学年一の美少女のことすら知らないのかよ。

 これにはさすがに驚きを隠せなかったが、「まぁいいや」と割り切って話を続ける。


「久住さんが、お前のこと気になるらしいよ?」

「久住さんが、俺に?」

「そう。学年一の美少女様が、お前に」


 この憎らしいイケメンめ、と皮肉を込めながら俺は言った。

 別に颯人に嫉妬したいわけではないのだが、今回ばかりはどうも羨ましく思ってしまう。


 でも俺は恋のキューピッド。その責務を全うせねば。


「だからさ、昼休みとか帰りに俺の席に来るついででもいいから、久住さんに話しかけてみれば?」

「あっ、うん。いいけど」


 なんて反応の薄さ。もう「興味無し」と言ってるような態度。

 でもまぁ、そういう態度を変えるのは俺の仕事じゃないな。

 そう思った俺は「じゃあ明日な」と、颯人に念押しした。


「はいはい。明日な」

「ホントにやれよ?」

「やるやる。でも、何話せばいいんだろ?」

「それは……俺に任せろ!」

「おっ、サンキュ。それじゃあな?」


 駅に近づくと、颯人は爽やかな笑顔で手を振り、駅まで駆けて行った。

 そんな颯人の姿が見えなくなるまで手を振った俺は、携帯電話を取り出してLINEを開く。


『好きな人、いないってさ』

『あと明日、颯人に話しかけるように仕向けた』

『でもアイツ、俺以外とスムーズに話すの苦手だからさ。話題とかは任せていいかな?』


 よし、あとは颯人の連絡先を……。

 あっ、久住さんに連絡先教えていいか聞くの忘れた……。

 それを思い出した俺は、その旨を久住さんに伝え、「明日、直接聞いてみたら?」と提案することにした。

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