第2話 強欲の果て

 ウッヒョウ〜! このPCたまんねぇ〜、爆速だぁ!


 最新のPCに替えて良かった。DLダウンロードがあっという間だ。


 待ちに待った、はらまど(孕ませ魔導士の略)だ。

 もう仕事に行く必要も無いし、俺はゲームをするだけでいい。


 指を鳴らせば、欲しいものが何でも手に入る。

 ほら、ピザとコーラが出て来た。


 わざわざ買い物をする必要も無い。お金を払う必要も無い。ほんと、最高だな。なんでも手に入るって。






「……はぁ、いいゲームだった」


 何時間くらい経っただろうか。全てのルートをクリアしてしまった。

 達成感と共に、ゲームをやり尽くした虚無感に襲われる。


 何か他に、もっと面白いこと――楽しい事は無いか?

 もう、しばらくゲームはいいな。


 そうだ、南国リゾートにでも行くか。


 景色が一瞬で変わった。

 座っていたゲーミングチェアは、そのままビーチチェアに変わり、着ていた服は水着になる。

 燦々さんさんと照らす太陽と、心地良い波の音。


 南国と言えば、トロピカルジュースだよな。


「お、用意良いじゃん」


 サイドテーブルの上に置かれた、グラスを手に取り、ストローでジュースを飲む。

 甘酸っぱい味が口の中に広がる。


「おいおい、すげぇ女がいるな」


 綺麗な黒い髪のナイスバディな女だ。彼女は俺に気付くと、俺のそばに寄って来た。


「あの、背中にサンオイル、塗ってくれますか?」

「はい、喜んで」


 彼女の美しい白い背中が目の前に広がる。

 何故だろうか、前に見たことがある気がする。


「どうかしましたか?」

「いや、何でも無い」


 憎たらしく照らす太陽は、俺の心を情熱に燃やした。





 ◆


 色々なところに行って遊んで、色々な美味しいものを食べた。

 さて、次は何をしようかな? 


 ――何も思いつかない。


 何故だろうか……何かやるべきことがあったはずなのに、それが思い出せない。






 ――まぁ、良いか。


 思い出すのも面倒くさい。この世でやりたい事は全てやり尽くした。

 もう、生きてる方が面倒くさいな。





「死ぬか」





 この建物の上から飛び降りれば、楽に死ねそうだな。

 人生って案外つまらないものだったな。


 怖くはなかった。このまま悩んで、生きている方が怖いからだ。


 俺は窓の隙間から飛び降りた。


「あれ、身体が落ちないぞ。なんでだ?」


 誰かが俺の手を引っ張っている。

 女の子だ。君は確か、南国のリゾートで会った――


「死なないで下さい××様! あなたは、この世界の希望なんです」

「この世界の希望? なんの力も無い、平凡なこの俺が?」

「××様は私の大切な人です。だから、私を置いて行かないでください。だって私は、あなたのことが――」



「そうか、思い出した。君の名前は――」




「レヴェッカ!」

「勇者様!」


 彼女が俺の腕を掴んでいる。

 俺の身体は窓の外に放り出されて、今にも落下しそうな状況だ。

 そうか、ここは現実か。あれは魔王マモンが生み出した幻覚だったのか。


 か細い腕で俺を必死に支えてくれているが、彼女は限界だ。

 ……このままじゃ彼女も落ちてしまう。何か足場は無いのか?


「失礼するぜ、二人とも」

「し、師匠!」


 師匠はレヴェッカの腕ごと、俺を引っ張ってくれた。

 俺は窓の中まで運び込まれて、窮地を脱した。


 三人で息を整えながら、全員の生還を噛み締める。


「全く、女の子に無茶させちゃいけねぇよ」

「ああ、すまねぇレヴェッカ。それにありがとう、師匠」

「か、間一髪でした」


 レヴェッカが珍しく冷や汗を掻いている。

 魔法を使う暇もないくらい、本当にギリギリだったんだろう。また俺は彼女に命を救われてしまった。


「ありがとう。本当に何とお礼を言ったら良いか」


 彼女の腕を握り、目を見つめる。

 心が落ち着く、綺麗な瞳だ。

 俺はそれをずっと見ていたかったが、彼女の方が目を逸らしてしまった。


「あ、あの……さっきの私の言葉、聞こえてましたか?」

「さっきって何? なんか言ってたっけ?」

「いや、覚えていないのなら良いんです。さぁ、行きましょう」


 彼女の顔が赤い。それほど必死になって、俺を助けてくれたのだろう。

 感謝しかない。やっぱり俺には彼女が必要らしい。


「鈍感だよなぁ、勇者君も」

「アポロメアさん。余計なこと言ったら、怒りますよ?」

「いや、姉さん安心してくれ、俺はただの傍観者だ。何もしねぇよ」


 二人がなんの話をしているか分からないが、とにかく全員無事で良かった。


「そういえばさ、ここって何処なの?」

「マモンの城の中です。すいません勇者様、あなたを助け出すのに三日も掛かってしまいました」

「俺は慣れてるから大丈夫だけど、意外と姉さんが手こずってしまってな。俺は心配だからずっと姉さんのそばにいたんだ。中々キツい幻覚だっただろ?」


 どうやら俺たちは皆、マモンの幻術攻撃を受けてしまったらしい。


 初めのうちは幸せだった。でも、段々とやりたいことがなくなって、やがて苦痛になり始めた。

『強欲』ってのはロクでもない欲だ。

 あの鳥頭、ふざけやがって。


「よし、マモンのヤツをぶっ殺す! 俺はもう怒ったぞ」

「勇者様、その意気です。一緒に魔王を倒しましょう」

「マモンはこの城の頂上にいる。リベンジマッチと行こうじゃねぇか」


 ――さあ、第二ラウンドの始まりだ


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