第14話 連鎖的
鵜崎美春が俺の妻の見舞いに行きたいといった時はどうやって警察に説明したらいいのかと思った。美春はそのまま普通に行けばいいからと言っていたけれど、俺の妻が入院しているフロアはいまだに関係者以外は立ち入り禁止になっている。俺も自由に出入りすることが出来るわけではないのだけれど、美春はやけに自信たっぷりな様子だった。
病院についてそのまま妻が入院しているフロアに付くと、そこにはいつもなら警察官が数名待機しているのだが、今日に限って誰もいなかった。俺はそれを不思議に思いながらも妻の病室に向かうと、そこには妻以外誰もいなかった。
「いつもは誰かいるんだけど、今日はここまで誰もいなかったな。こんな日もあるなんて知らなかったよ」
「そんなわけないでしょ。私が事前に連絡してたからこうなったのよ。お兄さんの奥さんに会えばこれからどうするのが一番かわかるかなって思ったからね」
「それで、何かわかったのかな?」
「全然、これっぽっちもわからないわ」
俺は持ってきていた人形を枕元に置くと、美春がそれを手に取って何かを吹き込んでいた。特に変化はないようだったけれど、妻の表情が少し和らいだように見えた。表情が変化することは無いはずなのに、俺にはいつもの元気な時の妻の姿が重なって見えた。
気のせいだとは思うのだけど、美春が妻の手を握ると口元が優しく笑っているように見えた。
警察から電話がきたのはその時だった。俺はそのまま電話を持って食堂に向かって電話に出ると、柏木満智子が亡くなったと聞いた。死因は聞いていないのだけれど、虫が関係しているわけではなさそうだった。
警察は俺と柏木の関係はもうわかっているようだけど、その関係を俺に聞くことは無かった。柏木満智子が生きていれば違ったかもしれないが、警察が容疑者として調べていた人物が亡くなったのは警察にとって大きな痛手ではあったのだろう。電話の向こうの刑事は落胆した様子が電話越しにも伝わってくるほどだった。
柏木満智子がどうやって草薙を殺したのかもわかっていないだろうし、俺の妻がどうしてこうなったのかもわかっていないようだ。医者も妻がこうなっている原因を見つけられていないし、警察も何一つ証拠を掴めていない。
草薙家の人も捜査に協力はしているみたいだけど、長女とその秘書的役割の柏木満智子が関わっている辺りで解決策を見いだせないでいるようだ。
仮にも、日本有数の霊能力者の家系である草薙家の長女が呪い殺されてしまい、その秘書が殺害に関与しているとは公表できないのだろう。身内の恥と思っているのかもしれないけれど、そこはちゃんと調べれば簡単に俺に辿り着いていただろう。現に、事件に興味の無さそうな鵜崎美春が俺のところに来たのは草薙家は関係ないのだろうか。おそらく、関係は有るのだろう。
俺は特に病室に居てもやることは無いのだけれど、美春は色々と話をしているようで、俺が色々と置いた守り神にも話しかけていた。
話しかけられた守り神は妻の方を向くと、少しだけ近付いているように見えた。実際は向きが変わっただけで動いてはいないのかもしれない。
「お兄さんの奥さんって美人だけど、子供も美形なのかな?」
「俺は可愛い息子だって思っているよ」
「自分の子供ならそうだろうね。私は子供いないからわからないけど、自分で産んだらそう思うのかもね」
美春はもう満足したのか病室を出ると、そのままエレベーターを呼んで下に降りていった。俺もそれに続こうと思ていたけれど、美春は先に下に降りていった。
俺の息子は安全な場所に匿ってもらっているのだけれど、何故か美春はその場所がどこなのか知りたがっていた。俺の息子も霊能力があるみたいなので、それで興味があるのかと思っているけれど、今のところ俺以外の人には会わせる予定はない。それなりに広い家に預けているのでストレスはそれほど感じていないと思うのだけど、母親に会えないのはストレスになっているらしく、時々で良いから病院に連れて行って欲しいと言っているらしい。
俺が息子と直接話すことが今は難しいので人を介しているのだけれど、直接話していない分だけお互いの気持ちにずれが生じてきているようにも思えていた。今はまだ時期が早いと思うのだけれど、その時期になったら家族三人で会える時も来るだろう。
美春は息子に関する質問が多かったのだけれど、俺は真面目に答えることが無かったので、アプローチの仕方を変えてきたみたいだった。
「お兄さんの子供って聞いた感じだと、私のお姉ちゃんよりも能力あるみたいだけど、それって生まれつきなのかな?」
「さあ、赤ちゃんが一点を見つめる事なんてよくある事だし、妄想の友達と遊ぶことだって多々あると思うんだよね」
「それでも、色々聞いた話だと、確実に何か見えてたと思うんだけどさ。奥さんでも見えないものが見えてたってことは、相当能力が高いんじゃないかな?」
「能力が高かったとしても、それを使えなかったら意味がないよね。俺の息子はそっち方面じゃなくて、普通に暮らしてもらいたいなって思っているんだよ。でも、それは君達の生き方を否定しているわけじゃないからね」
「そこは大丈夫、私達って基本的に否定される前提で行動しているからさ。ほとんどが見えない人だし、ごく一部の見える人が信じてくれたら私達は満足なんだよ。お姉ちゃんはそうじゃなかったから余計な事ばかりして揉め事を起こしたりもしてたしね。見えた方がいのか見えない方がいいのかはわからないけど、私は困っている人を助けられるならどっちでも良いんじゃないかなって思うけどね。もしかしたら、お兄さんが見てるモノと私が見てるモノが同じだと思っているだけで、本当は全然違うモノかもしれないって思った事無いかな?」
「よくわからないけど、俺はそんなにハッキリ見ているわけじゃないから違うモノの可能性もあるんじゃないかな?」
「そこでね、一つだけ気になったことがあるんだよ」
美春は胸ポケットから写真を何枚か出すと、それを俺に渡してきた。最初の数枚は壁を映しているだけだったのだけれど、残りの写真は寝室と書斎だった。その写真を見て驚いたのだけれど、知らない老夫婦が写っていた。俺の家に誰かが上がって写真を撮ったのも不快だし、知らない人をモデルに写真を撮っているのはそれ以上に不愉快だった。
「こんな写真を見せて俺がいい気分になると思っているのかな?」
「そんな事は無いよ。この写真を撮ったのは今日なんだけど、念写ってやつなんだよ。私にはそれが出来ないんで、出来る人に頼んで撮ってもらったんだけど、こんなにハッキリカメラ目線で写る事なんてありえないって言っていたよ」
「念写ってここまではっきり写せるもんなんだ」
「基本的にはピンボケかそれっぽく見えるだけなんですけど、この写真の前に念写した写真なんですけど、これだけピントが合っているのは変だと思うんですよね」
そう言いながら美春が見せてきた写真はほとんどがピントが合っておらず、何を写しているのがわからない状況だった。
そんな中でも、老夫婦が写っている写真は人物にも背景にもしっかりとピントが合っていた。前にも後ろにもピントが合っているのは不思議だったけれど、この老夫婦は何者なんだろう?
「念写なんで家の中の様子をリアルタイムで監視出来ているわけではないんですけど、警察の人に確認した時もですけど、規制線が貼られた以降の話なんで、家の中に警察関係者以外がいる事ってないんですよ」
「ベテラン刑事って風貌じゃないけど、何かこの二人は良くない気がするんだけど、家にいる間は大丈夫だよね?」
「大丈夫かどうかはわからないけど、お兄さんの家を調べている鑑識さんって、同じ人が二日続けてやってきたことが無いらしいよ」
「今日はその老夫婦を見に行こうって企画なのかな?」
「それは物のついでで良いんだけど、良くないモノだったら近付かないのが最適解なんだよね。でも、お兄さんって家に戻る日も近いだろうし、それまでには解決しておきたいよね」
「平和に暮らせるならそれが一番だけど、どうしてそれにこだわるのかな?」
「もしかしたらなんだけど、その人達って息子君にしか見えていないのかもしれないよ。ソレだとしたらなぜそうなったんだろうね、私も近くを通りかかった事はあるんだけど、あの変ってお店も近くにないし買い物も大変そうだよね」
「静かなのが取り柄みたいなところもあるけど、あの事件があって以来は出歩いている人が極端に減ったらしい。そうお巡りさんが言っていたよ」
その後も何枚か写真を見せてくれたのだけれど、それは俺の家ではなく知らない誰かの家だった。全体的に靄がかかっている写真だったり、誰にもピントがあっていない写真があったりした。
「もしかしたらなんだけどさ、この老夫婦って肉眼じゃ見えないのかもしれないよ。念写の写真に写っているってことはそこに居るけどそこには存在していないのかもしれないよ」
「ところで、その念写って一枚当たり何分かかるのかな」
「そんなにすぐには出来ないと思うけど、お兄さんも出来るのかな?」
「俺は全然できないと思うよ。今なら念写じゃなくて自由に家に出入りする方が難しいかもしれないよ」
写真をよくよく見てみても、この老夫婦に見覚えはなく、なぜ家を念写したのだろうか?
「お兄さんが疑問に思っているかもしれないんで答えるけど、今回みたいに私達がちゃんと調べる前に警察に規制されちゃうと直接家に入る事も出来ないし、調べることも出来ないと思うんだよね。そこで出てくるのが念写ってわけだよ」
「何となくはわかったけれど、それで何かわかったのかな?」
「この写真を見る限りだけど、この老夫婦は念写されている事に確実に気付いていると思うんだよね。普通のカメラだったらカメラ目線になるのはわかるんだけど、念写ってそういうもんじゃないと思うからカメラ目線になる事は無いし、はっきり写るわけもないんだよ」
「よくわからないけれど、この人達ってこのまま家に居続けるのかな?」
「そんなのは知らないけど、その可能性は高いと思うよ。何せ、見える人が限定されているからね。私にもハッキリ姿をとらえることが出来なかったんだけど、お兄さんの子供がいればその夫婦はどこに居るかわかると思うんだよね」
「それで俺の息子に会いたいと執拗に探していたんだね」
「それもあるんだけど、お兄さんの子供って何か特別な予感がするのよね。でも、それを制御するためにもウチで修業した方がいいと思うんだよね。そんな感じなんだけどどうかな?」
「修行って言ってもまだ小学校にも入学していないんだぜ。そんな子供が耐えられるかな?」
「修行って言っても走り回ったり重いものを持ったりはしないし、皆で集まって本を読むことくらいかな。それでも能力を高める訓練にはなっているんだよね。もしかしたら、お兄さんが買ってきていた守り神を日常的に感じている事によって、息子くんの能力が一気に成長したのかもしれないよ」
俺は妻だけをターゲットにしていたはずなのだけれど、いつの間にかその効果は息子にも及んでいたらしい。妻は自力で何かを出来る状態ではないので、妻に対する効果はバッチリのようだ。
「お兄さんがやった事って一つ一つはたいしたことない物だけど、数が尋常じゃないから連鎖的に効果も強化されていたのかもね。私達がやっている修行って、自分の周りに強い能力者を並べて同じ空間でそれを感じながら過ごすってだけなんだけど、自然に同じことをやっていたのかもね」
「でも、それは無いと思うよ。あの守り神は一つ一つは効果が無いくらい弱いけれど、それが集まったからといってもあの部屋に息子は入らないと思うんだけど」
「確かに、一つ一つでは効果も無いと思います。どんなに小さな力だとしても、それが無数に集まると大きな力になる事だってあるしね。それが息子君にしか見えない夫婦を呼び寄せたのかもしれないし、息子君がその二人を作り出したって可能性もあるんだよね」
「そんな事があるとは思えないけど、そうだとしたら俺が考えていた事とは違う事が起きているのかもしれない。もうほとんど終わった事だと思うし、守り神ももう壊してしまったからこれ以上に霊がやってくることは無くなるだろう」
「そうだといいんだけどさ、息子君の能力ってお兄さんより強そうだよね」
息子の能力がどう言ったモノなのかわからないけれど、ここ数日の間も息子の行動に違和感を感じることがあった。それも一つ一つは些細な事だと思うのだけれど、今の話を聞いていると、その行動一つ一つに何かしらの意味かメッセージがあったのではないかと思ってしまう。
「あのね、お兄さんにもう一度言おうと思うんだけどさ」
「また説明してくれるのかい?」
「ちがうよ。お兄さんの子供が欲しいな」
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