電話

ぼさつやま りばお

第1話

「おっ! ひょっとして……竹中か?」

 街中を途方もなく歩いている最中だった。

 ふと、唐突に尋ねてきたスーツの男は目を丸くし、俺の進行方向を遮るように顔を覗き込んできた。


 竹中とは俺の苗字だ。そんな俺を知っている風に微笑む男の一方、見覚えは有るが今一名前が出てこない男を、俺はたじたじと見つめる。


「俺だよ、俺! 中学三年の頃同じクラスだった吉田だよ、ほらサッカー部の!」


 鮮明に蘇る彼の面影に投影を重ね、

「ああ!」と懐かしき級友を前に声が漏れる。


「懐かしいなぁ、中学以来だから……十年振りか?」


 懇々とした抑揚で吉田は俺のつま先から頭頂部を流れる様にゆっくりと目を向ける。十年と言う歳月は人を老けさせるには十分すぎる月日の様で、すっかり様相の変わった吉田はあの頃の無邪気な表情を浮かべていた。


「最初誰か分からなかったよ。随分と久しぶりだね」

「そういう竹中はあまり変わらないなぁ」


 ビシっと締めたストライプのネクタイを吉田は緩め始める。能天気でお茶らけた奴だった吉田が立派にスーツを着こなしている姿を見て、このド平日に何の予定も無く街中をホッツキ歩く自分が情けなくもなる。


「仕事中?」

「ああ、少し外回りでね。今終わった所さ」

「お疲れ様」


 俺も吉田も、二十七歳。そろそろ社会の仕組みも分かってくる年頃だ。

 だが俺は……真っ当な社会生活と言う線路を三年前から踏み外していた。


「なぁ、暇か? 良かったら昔話に付き合えよ」

「ああ、いいけど……仕事は?」


 あまり気乗りもしないが、十年ぶりに会う旧友を前についつい生返事を返す。


「営業マンの特権さ。お前とファミレスで話すのも立派な仕事の内ってね」

「変な勧誘とか止めてくれよ」

「そんなあくどい商売なんかしてないさ。ほら、行こうぜ」


 吉田が忙しいのも昔のまま、

 そして優柔不断な俺も、昔のままだった。


 ◇


「へぇ、三年前に会社辞めて今はバイトで食いつないでるのか」

「うん、まあね」


 否定もしなければ肯定もしない吉田の物言いに、食後に飲む珈琲が心なしか苦く感じる。 男同士が大人になって話す事なんて、仕事の事ぐらいだ。

 けど、気乗りしなかった理由はまた別にある。


「あ、すまん。電話だ」


 机上に置かれた吉田の携帯電話が振動を響かせる。社会人たるもの常に電話は身の回りに置いておくべきなのだろうが、俺は電話が怖かった。

 当然、俺の心情など知りえない吉田は電話越しにも関わらず頭を下げて応対していた。


「……ん? もしもし、安泰生命の吉田です。もしもし?」


 何を隠そう、それが……俺を世のレールから弾き出した起因でもある。


「もしもし? 少し電波が悪い様なので、おかけ直しください」


 首を傾げ、吉田は携帯電話を机上へと置く。

 その様子をみて俺の疑念は確信へ変る。


「……会社?」


 恐る恐る尋ねるも、吉田から返って来た返答は予想通りの返答だった。


「いや、なんか電波が悪いみたいでさ。用事があるならまた掛かって来るだろ」

「そっか……」


 その電話相手の用事とやらは吉田ではなく……。


「あ、そういえばよ。電話番号教えてくれよ。高校からずっと疎遠だったし」

「ごめん……。電話、持ってないんだ」

「……は? このご時世に電話を持ってないって?」


 吉田は唖然とした態度で前のめりに尋ね、俺は暗澹たる心持で深く頷いた。


「お、おいおい。俺何か気に障る事したか……?」

「いやっ、そうじゃないんだ。そうじゃ……」

「まさかそこまで困窮してるとか?」

「違う。そうじゃないんだ……」


 いよいよ呆れた態度で吉田はソファ席の背もたれへ仰け反るように身体を預けた。


「まぁ、人それぞれだよな。あまり深くは尋ねないけど」


 吉田は小さく嘆息し、口をへの字に曲げて天井を仰ぐ。

 しかし、俺の鬱々とした感情は次第に膨らみを増して行く。


 三年間。他人との関わりを避ける様に生きてきた俺は、旧友と久々の再会に浮かれていたのか、ついつい事情の片鱗を仄めかす言葉を口走ってしまった。


「なぁ……。俺が今からする話、信じる?」


 俺の言葉に吉田は天井を仰ぎつつも目を此方へ向け、微かに眉をひそめて尋ねた。


「なんだよ急に怖い顔して? 金の相談以外なら乗るぜ」

「俺が、電話を持たなくなった理由さ」

「なんだよ?」


 人とは共感を求めたがるものなのだと、自分でも言っていて驚いた。

 三年間フツフツと煮込んだ俺の悩みの種を、今打ち明ける。


「三年前の事さ……」


 ◇


 三年前。まだ二十四歳。

 大学を卒業後、特に動機も理由もない地元の小さな会社へ就職し、取り留めて何か有る訳でもない普通の人生を送っていた。


「……ん? 携帯電話?」


 休日の出先。道に置かれた携帯電話を拾うまでは……。

 何気なく拾い上げると同時、見計らったように着信が鳴る。


 あまりに突然の事で一瞬携帯から手を離し掛けたが、ぐっと握って着信名が表示される画面を確認すると、誰からも登録されていない番号だった。


 このまま放置する訳にも行かず、何度も同じ番号から掛かってくる着信に、恐らく落とし主が電話を掛けているのでは、と脳裏に浮かんだ結果、三回目の着信で俺は電話に出る事にした。


「……もしもし?」


 警戒した声音で俺が尋ねると、やけに明るい抑揚で返事が返ってくる。


『良かったぁ。その電話を落とした者ですけど……』

「ああ、そうなんですね。すみません勝手に出ちゃって」


 電話越し、穏やかな男の抑揚と口調に少し緊張感が解れた俺は思わず口角が上がる。


『どの辺に落ちてました?』

「えーと……。大宝町の……」


 電話を耳に当てつつ、俺は周囲を見渡す。

 電信柱。曲がったガードレール。花。

 特に変哲の無い家々に混じり、屹立するマンション。


 ……そして忙しく車が行き交う県道を挟み、赤い看板が目に留まる。


「ああ、ドラゴンラーメンの近くですね」


 特に何もない片田舎に場所を明確に伝えるのは困難を極める。だが、運良くも特徴的な赤い看板を掲げるラーメン屋が目に留まり、伝える事が出来た。


『ああー。そこでしたか……。ありがとうございます』

「じゃあ、近くの交番に届けておきますので」

『あっ! 待ってください! 切らないで!』


 急に穏やかだった抑揚が、懇願するように乱れた。


「……え?」

『あの、良かったら電話を切らず、そのまま家まで届けてくれませんか?』

「あのー……。え? どういうことですかね?」


 突飛な男の提案に俺は聞き返した。紛失物なら然るべき所に届けるべきなのだが、何処か必死な男の声音にもう一度自身の耳に携帯電話をあてがう。


『そこからだと、家が近いので……。ね? お願いしますよ』

「はぁ……」

『ありがとうございます! でしたら、そのラーメン屋の隣にある路地を真っ直ぐ進んでください』


 頼み事を断れない性分である俺は、男の指示通りに足を進ませた。


『そこを左です』


 しばらく真っ直ぐと進み、十字の分岐に足を止めると同時に男の指示が入る。


「よく分かりましたね」

『かなり近所ですから、大体どれくらいか解るんです。次の角を右に曲がってください』

「はい」


 閑静な住宅地が軒並みに連なり、古家に混じり真新しい家々が建ち並んでいる。

いくら俺の地元とは言え、こんな場所に足を踏み入れるのは初めてで色々な家々を見渡しながら足を進めて行く。


『あ、そこです』


 少し歩き進んでいると、やはり何処からか見ているのかと思う程にタイミングよく男の声が入り、同時に俺は足取りを止めた。


 ふと、立ち止まった先の家を見てみる。比較的真新しくは有るが、白を基調とした壁が微かに汚れている辺りここ数年で建った様ではないらしい。


 そんな家の門には「谷川」と言う表札が埋め込まれていた。


「谷川さんのお宅で間違いありませんか?」

『ありがとうございます、間違いありません!』

「では、ポストに入れておきますので……」


 俺がそう告げ、電話から耳を離そうとした瞬間だった。


『まっ! 待ってください! まだ切らないで!』


 距離を離していても耳をつんざく様な音量と、わざわざ家まで届けさせておいてまだ何か有るのかと若干の苛立ちを覚えつつ、再び耳に当てる。


「……次はなんですか?」

『少し出先でして、妻が居ると思うのでチャイムを鳴らしてください』

「いや、ポストに入れておきますので、帰宅してから確認してくださいよ」


 流石に見ず知らずのご家庭まで赴いて、夫の指示だからと言ってチャイムを鳴らす程デリカシーが無い訳ではない。

 ……いい加減気味悪さも相乗して俺は電話を切った。


「まったく、何なんだ……」


 嘆息し、俺が携帯電話をポストへ入れようとした時だった。

 再び着信が鳴り響く。着信画面は、多分先程の男が掛けて来た電話番号。


 そのままポストに入れようにも、閑静な住宅地でこのまま鳴りやむ気配のない着信音を鳴り響かせておく訳にもいかず、俺は嫌々ながらも電話を取った。


「……もしもし」

『もう! 勝手に切らないくださいよ!』


 怒気を含んだ男の声が、俺の苛立ちに拍車をかける。


「あの、だから……。ポストに入れておきますので」

『お願いします! どうしてもチャイムを鳴らして欲しいんです!』


 男の切迫した様子の物言いに、俺は折れて玄関先まで足を進めた。


「はいはい、分かりましたよ……」


 そしてインターホンを押すと見せかけて、俺は指先を戻した。


『ちゃんと押してくださいよ! お願いします!』


 流石に気味が悪くなり、俺は背筋に寒気を覚えつつもインターホンを押す。

 扉越しに、籠ったチャイムの音が響き返ってくると、


『ありがとうざいます。そのまま居てくださいね。絶対ですよ』


 やはり見計らったように男は言う。


「……本当はどっかから見てるんじゃないですか?」

『今妻が出てきますから、少し待っててください』


 いよいよ変な事件に巻き込まれる可能性を危惧した俺は、そのまま携帯電話を置いて一目散にこの場を後にしようと考えたが、電話を置く前に家の玄関がゆっくりと開いた。


「どちら様ですか……?」


 怪訝な表情を見せ、中年女性が顔を覗かせる。当然扉の内側にはチェーンが掛けられており、取手から手を離さない辺り警戒されているのだろう。


『あの、夫の正樹から電話だって伝えてください』


 しかし、警戒する俺と妻であろう女性を気に留めず、電話越しの男は告げる。


「えっと……。旦那さんの正樹さんから、落とした携帯電話をご自宅に届けて欲しいとの連絡があって……」


 俺がその事を伝えると、女性の顔はみるみる内に険しくなり、嫌悪感満載と言った様子で俺を睨みつけていた。


「悪戯ならやめてください。警察を呼びますよ」

「えっ。いやいやいや、貴方の旦那さんがそう言ってるんですよ!」


 睥睨する眼差しと、警察と言う単語に俺はたじろぐ。

 だが、電話越しの男は、


『……妻の幸恵に代わってください』

 と何処か悲しそうに、陰りの有る声でそう告げた。


「ほら、幸恵さんに代わってくださいって言ってますよ!」


 このまま警察を呼ばれたんじゃ溜まったもんじゃないと、急いで電話を差し出す。


「その携帯……!」


 すると女性は血相を変えてチェーンで繋がれた玄関の隙間から手を伸ばし、半ば俺から奪い取るように携帯電話を取るなり耳に当てていた。


「正輝さん! もしもし! 正輝さんなの!?」


 怪訝な様子から打って変わり、女性は悲痛ともとれる声音で電話へと尋ね続ける。 そしてしばらく名を呼んだ後、今度は怒髪天を衝いた様に眉を吊り上げて携帯電話を俺へと突き返す。


「何なんですか! 夫の知り合いか何かですか!? 悪戯だとしても質が悪いですよ!」

「いや、だから……」


 皆目意味が解らず言葉に詰まるが、女性の荒々しい物言いは止まらなかった。


「何も聞こえないじゃないですか! ふざけてるんですか!」

「ええ……? 聞こえないって……」


 理不尽な怒りをぶつけられつつ、俺は首を傾げながら電話に耳を当てる。


『ダメだったみたいですね……』


 酷く落胆した声音の男が電話越しに言っているのが聞こえ、更に首を傾げた。


「いや、普通に聞こえますけど……」

「早く何処かへ行ってください! 本当に警察を呼びますよ!」

『……あの、今から僕が言う事を伝えてくれませんか?』


 右耳には男の哀愁漂う音声。そして左耳には女性の罵声。いい加減この状況から 一刻も去りたい俺は、男の言う事を一言一句、読み上げる様に女性へと伝える。


「えーと……。幸恵。みつきを残したまま、こんな形になってごめんねって言ってますけど……それと、毎日泣くのはみつきの為にもよくないって……」


 みつき……? お子さんだろうか。それに残したままって……。


「正輝さんなの! ちょっと、電話貸して……!」

「あ、ああ……。はい」


 俺はスピーカー音声のボタンへ切り替え、今にも泣きそうな顔を浮かべる女性へ渡す。


『幸恵、本当に……。本当にごめんな』

「正輝さん! 正輝さん! どうして……どうして何も聞こえないの!」


 嗚咽の混じる音声の一方。悲痛に叫ぶような声を上げながら、女性は電話へと耳を当てたまま座り込んでいた。どうやら、本当に聞こえていないらしい……。


「正輝さん! 正輝さんったら! どうして死んじゃったのよ! どうして……あ

と少しで家だったって言うのに……どうして……!」


 薄々感づいていた曖昧な感情が、確信へ変わる。

 これを現実と呼ぶには余りにもかけ離れていて……。


『ごめんな。本当に……。もう、花は手向けなくていいから……』

「えっと……もう、花は手向けなくていいって言ってます……」

けど、目の前で起こっていることは紛れも無い現実だ……。

「ねぇ、貴方は聞こえるんでしょ! 何て言ってるの! ねぇ!?」


 感情が激昂して女性は携帯電話を力強く握ったのだろう。その拍子のせいか、いつの間にかスピーカーのボタンがオフになり、通常運転へと戻っている携帯を俺へ差し出していたので受け取って自身の耳に当てる。不思議と恐怖心は無かった。


「あの、愛してるって言ってます。それと、お腹の子にごめんねって……」


 俺がそう告げると一気に女性は泣き崩れ、

 うわああ。うわああ。と閑静な住宅街に不相応な悲しい泣き声を昼下がりに響かせていった。


『ありがとうございました』

 そう男は告げると、俺が返答する前に電話は切れた。いつも通り、電話を切った後のツー。ツー。と言う音が聞こえる。本当に何も聞こえなくなってしまった。


 ……どうやら俺は、俗にいう幽霊と電話をしていた事になるらしい。


 ◇


「その後、奥さんは全然泣き止む気配も無いし、その家の御近所さんからは奇異の目で見られるしで、そそくさとその場を後にして来たよ」

「お前、マジか……」


 黙って話を聞いていた吉田があんぐりと口を開ける。信じられないと彼の顔に書いてある気がしたが、あながち気のせいでもないだろう。

 後にも先にも、この話をしたのは吉田が初めてだが、当然の反応だとも思う。


「けどさ、なんかいい話じゃん。なんで電話を避けるんだよ」


 小馬鹿にしたような態度を見せつつも、何処か半信半疑な表情を浮かべ、吉田は机上に肘を着いて尋ねた。


「その話には、続きがあるのさ」


 別にそれっきりで終わるだけなら、ある意味心が温まる様な話なのかもしれない。


「俺、その携帯電話をそのまま持ってきちゃってさ……。それから、その電話には頻繁にあの世から電話が入るようになって……正直疲れたのさ」

「えっ。その携帯どうしたんだよ」

「気味が悪いから、神社で供養して焼いてもらったよ」


 その後、拾った携帯電話には、あの世からと思わしき電話が何件も入っていた。日に一件や二件なんてレベルじゃない。何百も入る。


 電源を切っていても、マナーモードにしていても、常に着信が鳴り続ける。

 何も、一件目の落とし主が言う綺麗な話ばかりじゃない。未練も様々で、深い怨恨を持った者からも須らく電話が掛かってくるのだ。


「けど、その電話を拾って何回かあの世と繋がったせいか、俺の身の周りにある電話にもたまに掛かってくるようになったのさ。さっき吉田に掛かってきた電話も俺のせいだ」


 一瞬固まったような表情を浮かべた吉田は、ゆっくり机上に置かれた携帯電話を見つめたかと思うと、店内に漂う喧騒の中でも息を吞む音が聞こえてきた。


 ……すると、着信が鳴る。それは吉田の携帯電話ではなく、店内の固定電話だった。


「はい。お電話ありがとうございます。ファミリーレストラン下多店です」


 レジカウンターの方へ俺が目を向けると、店員は首を傾げて電話を切っていた。

 恐らく、あれも俺宛だったのだろう。


「……ね? これで信じた?」

「ま、半信半疑って感じかな」


 吉田は曖昧に首を振る。だがその表情は今だ強張っていて、こいつはこんなに怖がりだったかと、見てて少し面白おかしくなった。

 

 刹那。ブブブブブ。と机上の携帯電話が振動と共に揺れ出す。


 吉田は驚いたのか身体をビクつかせ、携帯電話を恐る恐る手に取っていた。


「大丈夫、俺以外が出ても只の無言電話だよ」

「……あ、いや。彼女だ」


 着信主が表示される画面を見るなり強張っていた吉田の表情が変わり、電話を耳に当て、先程の引きつっていた表情が嘘のように柔和になっていた。


「今? 下多のファミレス。えっ、近く? 良いよ良いよ。今中学の同級生と話し込んでてもう出る所だし、いや、いいって、大丈夫だから」


 一通りそんなやり取りを吉田は五分近くしていると、電話を切るなり嘆息していた。


「なんか彼女近くにいるから、顔見せに来るってさ」

「へえ。お熱いね」


 すっかり冷め切った珈琲を飲み干したのも束の間、店内に入ってきた女性が此方を見るなり手を振って歩いてくる。だが、何処か浮かない様子で吉田は体を揺らしていた。恐らく恥ずかしいのだろう。隅に置けない奴だと俺は思った。


「こんにちは、島内って言います」

「ああ、どうも。竹内です」


 俺が会釈すると、島内と名乗った女性は吉田の隣に座る。まだ随分と若そうな女性だ。

 大学生……にも見て取れるが、女性に歳を聞くのも野暮だろう。


「……来たところ悪いけど、そろそろ出る所だぜ?」

「ええー。良いじゃん? ってか、紹介してよー」


 バツが悪そうに吉田は席を立とうとするので、美香が腕を絡める様に制止させていた。


「俺の彼女の美香。来年結婚するんだ」

「そうなんです。翔太君の同級生で偶然再会したらしいですね!」

「そう、偶然ね。それにしても、いつの間にこんな可愛らしい彼女さんが出来たんだい?」


 乾いた笑いを混ぜつつ相槌を打つ。人と、それも異性と話すのも随分と久しぶりで、必死に動かす事の減った表情筋を取りへつらう。


 ――――瞬。着信。

 歌手は知らないが、何処かで聞いたような歌が美香のバックより響き渡ってくる。


「あーも……。またこの番号だ」


 美香はバックから取り出した携帯電話の着信名を見るなり、うんざりと言った様子で嘆息していた。


「なんだ? 知らない奴なのか?」


 その様子を見ていた吉田が横目に尋ねる。


「そう、今朝からずっと掛かってくるの。何回も掛かってくるから、友達かと思って出たけど、全部無言電話でさー。マジキモイんだけど」

「ちょっと貸せよ。俺が一言申してやるよ」


 ……ふと、電話を耳に当てる吉田を見て、俺の脳裏に必然。と言う単語が過って行った。


「おい、誰だよてめぇ! オイ!」


 どういう訳かは分からないが、俺の近くでもない他人に掛かってくるあの世からの電話に、何かメッセージが隠されているかもしれない。そう思ってならなかった。 それを証拠に、すすり泣く様な声が吉田の耳元から微かに聞こえてくる。


「ちょっ、ちょっと貸して……!」

「あっ! おい!」


 吉田から奪い取るように携帯電話を取り、自身の耳に当てる。


「……なぁ、吉田。お前の奥さんからだ」


 その電話主は、吉田の妻と名乗る女性からだった。だが、吉田や美香に聞こえていない辺り、この電話はあの世からの電話とみて間違いはない。


 吉田は項垂れる様に首を下げ、酷く落ち込んでいる。

そんな様子を後目に、あの世からの電話内容を耳にして俺は息を吞んだ。




「……お前、前の奥さん殺したんだな」




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