葉桜の君に――クールビューティーは静かに殺意を秘める――

魔女っ子★ゆきちゃん

第1話 先生は人を殺したいと思ったことはありますか?

1 ふたりの春川桜子はるかわ さくらこ


 『事実じじつ小説しょうせつよりなり』とは、よくくが、実際じっさい自分じぶんこるとはびっくりだ。まあ、じゅんってはなそう。

 おれ名前なまえは、秋田葉太あきた ようた。29さい独身どくしん今年ことし30歳さんじゅっさいになるというのに、恋人こいびとの『こ』の見当みあたらない。

 えっ? もうすぐで魔法使まほうつかいになれる? こら! 童貞どうていってめつけんな! 素人童貞しろうとどうていでもねーよ! むしろプロ童貞どうていだっつーの。

 これでも大学時代だいがくじだいは、彼女かのじょがいたんだよ。外見がいけんはクールビューティーなんだが、くちひらくとすっごい人懐ひとなつっこくて可愛かわいくてさ、小動物しょうどうぶつけいあまえんぼさんでリンダこまっちゃう!

 ラブラブだったんだけれど、おれ大学だいがく卒業そつぎょうしたら、高知こうち就職しゅうしょくしなきゃならなかったから、わかれてかえってきたら、このとしまで彼女かのじょなしときた。

 こんなイケメンをほうっておくなんて、高知こうちおんな美的びてき感覚かんかくくるってんじゃないのか?

 ……っと、それはいいや。

 おれ今年ことし、この角詠かくよむ筆致ひっち高校こうこう転勤てんきんしてきて、1年生ねんせいのクラスをつことになったんだが、おどろくことに『春川桜子はるかわ さくらこ』がふたりいたんだよ。普通ふつうクラスに春川桜子はるかわ さくらこがふたりいるか?

 いや、なにってんだおれ深呼吸しんこきゅうしていてから井伊直弼いいなおすけ。いや、なおそう。

 すーはー、すーはー。

 普通ふつう、クラスに同姓どうせい同名どうめい人間にんげんっていないよな?

 いたんだよ? 春川桜子はるかわ さくらこがふたり。しかも、のちにおれはこのふたりの春川桜子はるかわ さくらことがっつりからむこととなる。


2 クールビューティー・春川桜子はるかわ さくらこ


 とはいえ、ふたりの春川桜子はるかわ さくらこはなしをいっぺんにこうとすると、名前なまえおなじこともあって混乱こんらんしてしまうだろう。

 だから、この物語ものがたりでは桜子おうこ……、クールビューティーがわ春川桜子はるかわ さくらこについてはかたっていこう。

 身長しんちょう170ひゃくななじゅっセンチをえ、女子じょしにしては長身ちょうしんでスラッと細身ほそみ身体からだなれど、ボンキュッボン……はおおげさだが、それなりにるところはて、くびれるべきところはくびれていて、中学校ちゅうがっこう卒業そつぎょうしたばかりのむすめにしては身体からだをしている。

 先程さきほど恋人こいびとはなしをしたんだが、じつはこの桜子おうこわかれた彼女かのじょてるんだよ。

 だが、最初さいしょからそれに気付きづいてたわけじゃない。はじめてそれに気付きづいたのは、そう――あれはあの公園こうえん見掛みかけたとき――

だった。


3 元恋人もとこいびと面影おもかげ女子生徒じょしせいと


 あれは、4月しがつなかばだったか、わりだったかさだかではないが、日曜日にちようびであったのはたしかだ。昼過ひるすぎまでてたおれは、あるいてちかくのパン朝食ちょうしょくけん昼食ちゅうしょくのパンをいにき、みせたところで、ふとおもった。

 今年ことしおよあたらしい職場しょくばれることに精一杯せいいっぱいさくらていなかったから、葉桜はざくらでもながめてやろうとおもったのだ。

 自宅じたく教員きょういん宿舎しゅくしゃからは反対はんたい方向ほうこうになるが、さくら有名ゆうめい公園こうえんちかくにあるのだ⛲

 満開まんかいころ花見はなみ人間にんげんでいっぱいで近付ちかづにもならなかったが、ほう目立めだつようになってきだすと、うそのように閑古鳥かんこどり大合唱だいがっしょうをするようになっていた。

 これはたとえると、ほらあれだ!

 小説投稿しょうせつとうこうサイト『カコヨモ』で、新作しんさく短編小説たんぺんしょうせつをアップすると、2、3日にさんにちまれるんだが、それをぎるとパッタリまれなくなる、あれとおなじだ。

 そんなことをかんがえながらあるいていると、公園内こうえんないのベンチで、ほんんでいる女性じょせい見掛みかけた――あれは、まさか!――

 トクン❤ 心臓しんぞう高鳴たかなる。あの横顔よこがおは……。いや、そんなはずはない! だが、このおれ元恋人もとこいびとかお見間違みまちがえるか?

 おもわずはしっていた。わかれた恋人こいびとおれのことをわすれられず、高知こうちおれのところまでたずねてきてくれたのではないか?

 そうおもったのだ。

 すこはしるといきれる。くるしい。陸上部りくじょうぶ顧問こもんなのになさけない。

 それでもなんとかはしつづけて、まえすうメートルのところで元恋人もとこいびとさけんだ。

 ほんんでいた女性じょせい――というか少女しょうじょだった――は、かおげ、玉響たまゆらきょとんとしていたが、

秋田先生あきたせんせい? どうかしたのですか?」

 オーマイガー! よりによって、自分じぶんとこのクラスの生徒せいと元恋人もとこいびと見間違みまちがえるとは!

 んだ……★


4 担任教諭たんにんきょうゆちの生徒せいとにたかられるの


「……さんって、どなたですか?」

 しっかりかれてる。ううっ、どうする葉太ようた。どうやって誤魔化ごまかす?

春川はるかわ……桜子さくらこさんだったな。それでー、調子ちょうしはどうだ?」

 何事なにごともなかったフリをしてやりごす作戦さくせん発動はつどう

「……さんのことがになってよるねむれません」

 おれ元恋人もとこいびと名前なまえ完璧かんぺきにインプットしてしまったようだ。

 っていうか、その名前なまえいまいたんだよね? まだ一晩ひとばんってないよ? いや、一晩ひとばんどころか、1分いっぷんしかってないよ。

「まだ、その名前なまえになって、ねむれぬよるごした経験けいけんはないよね?」

今晩こんばんから早速さっそくねむれぬよるごすことになりそうです」

「あー、いまのは、まえ学校がっこうちの生徒せいと名前なまえだ。ちょっと勘違かんちがいしてしまった。すまん、すまん」

「えっ! 秋田先生あきたせんせいって、まさか、女子生徒じょしせいとして、それでこっちにばされてたんですか?」

「なんでそうなるーっ! ホントは大学時代だいがくじだい恋人こいびと名前なまえだよ! たのむから、わすれてくださいませんか?」

わたし、おひるべてないんですよね?」

「あっ、こんなところにフレンチトーストが! これ一個いっこでお腹満腹なかまんぷくだぁ〜」

 フレンチトーストで買収ばいしゅうこころみるが。

ざかりのはらぺこ女子高生じょしこうせいは、フレンチトースト一個いっこ満腹まんぷくになったりしませんよ?」

仕方しかたがない。拙者せっしゃきそばパンも贈呈ぞうていしてしんぜよう」

「いえ、それよりわたしべたいパンがあるんです。いにきませんか?」

「あ、どうぞどうぞ。くるまけるんだよ☆」

「じゃあ財布さいふしてくださいますか?」

 どうあっても、おごらされる運命うんめいか。とほほ。

「パンってあげるから、さっきの名前なまえわすれてくれる?」

ものしいですね♡」

「それもってあげるから!」

 その言葉ことば春川はるかわがり、おれよこならんであるはじめる。

先生せんせいいま恋人こいびといないんですか?」

「ほっといてください」

先生せんせいやすみの普通ふつうひとなんですね……」

 パンかうまでのあいだ不思議ふしぎ会話かいわはずんだ。女性じょせいと(女生徒じょせいとでもあるが)こんなに会話かいわはずんだのは、元恋人もとこいびとわかれて以来いらいはじめてだった。


5 先生せんせいひところしたいとおもったことはありますか?


 結局けっきょく元恋人もとこいびととのことをあれこれとはな羽目はめになってしまった。とはいえ、さすがにちの生徒せいとに、『わかれた恋人こいびときみとそっくりなんだよ』とはえなかった

 それにしても、こんなにあかるいだとはおもわなかった。学校がっこう春川はるかわわらっているのをたことがない。クールビューティーというか、かげがあるというか。

 いつもひとりでいるかんじで、クラスでもいているような印象いんしょうすらけていた。

 ひょっとしたら、春川はるかわなやみをかかえているのかもしれない。

「なあ、春川はるかわ……」

先生せんせい! 春川はるかわさんはうちのクラスに、ふたりいますよね。しかもふたりとも名前なまえ一緒いっしょ春川桜子はるかわ さくらこ

 けたおれさえぎって春川はるかわう。たしかに名前なまえまでおなじじゃなにかと不便ふべんだな。

桜子おうこなんてどうだ?」

「えーっ! それってわたしおおきいから、『大子おおこ』ですかぁ?」

ちがう、ちがう、桜子さくらこの『さくら』を音読おんよみして『桜子おうこ』」

「わかりました。これからわたしのことは桜子おうこってんでくださいね? 『オーちゃん』でもいですよ?」

「バケラッタ?」

「?」

 つうじなかったか。

「いや、教師きょうしとして、いち生徒せいと特別扱とくべつあつかいしてあだぶなんて……★」

なにってるんですか? 名字みょうじ名前なまえ一緒いっしょなんだから仕方しかたないじゃないですか? それともわたしのことを『たか春川桜子はるかわ さくらこ』、もうひとりのほうを『ひく春川桜子はるかわ さくらこ』とでもぶおつもりですか? そっちのほう問題もんだいがあるんじゃないですか?」

「わ、わかった。『桜子おうこさん』とぶことにするよ。けれども、くれぐれもへんうわさひろげないでくれよ? 生徒せいと特別とくべつ関係かんけいになったなんておもわれたら、教師生命きょうしせいめいわりかねない」

大丈夫だいじょうぶですよ? 心配性しんぱいしょうですね。ところで、なにけていませんでしたか?」

 えー、あー、なんだっけ?

 あ、そうだ!

普段ふだん学校がっこう見掛みかける桜子おうこさんは、あまり元気げんきがないようにえるんだが、なにかおなやみごとでもあるんじゃないかとおもってな?」

 そうおもったのは本当ほんとうだ。けっしておれ元恋人もとこいびと話題わだいかららせるためのくちからでまかせじゃないぞ!

 と、桜子おうこ表情ひょうじょうわった。つい一瞬いっしゅんまえまでのたのしげな様子ようすから一転いってん。いつも学校がっこう見掛みかけるこおりついたような無表情むひょうじょうになった。

 しまったな、こりゃ地雷じらいんじまったか?

 無表情むひょうじょうになった桜子おうこは、葉桜はざくらほうへと視線しせんけた。

 葉桜はざくら七分しちぶ葉桜はざくらから八分はちぶ葉桜はざくらといったところ。もうまもなく、はな完全かんぜんってしまうだろう。

 そらければ、わずかにくもえるものの、青空あおぞらひろがっている。

 桜子おうこほうをちらりやると、今度こんど道路どうろめんした花壇かだんほうへとけていた。

 彼女かのじょおこっているのか? いや、むしろまよっているのではないか。おこっているのであれば、すぐになにかをかえしたであろう。

 桜子おうことこうしてはなすのは今日きょうはじめてだが、おれ無理むりやりパンとものおごらせたところからかんがえて、おれ遠慮えんりょしているなんてことはないだろう。

 だとしたら、おれなやみをけるべきかいなか。おれたよるにあたいする人間にんげんかどうかかんがえているのだ。あまり、友達ともだちがいるようにえないから、そのあたりをなやんでいるのかもしれない。

 『わたしはぼっちです』なんてなかなかえるものじゃないしな。

 花壇かだんはなは、――あまりはなくわしいタイプではないが――パンジー、ヴィオラ、スミレといったところか。こうの花壇かだんあるのは……。

秋田先生あきたせんせい?」

 けられて、そちらをいた。

 桜子おうこっすらとみをかべていた。けれどもそれは、先程さきほどまでの高校生こうこうせいらしい若々わかわかしいわらいなどではなく、どこかこおりついたようなつめたいみであった。

 わらっていない。

 これは、対応たいおうあやまると、ややこしいことになるんじゃないかとおもった。すこ予防線よぼうせんっておこうか。

桜子おうこさん。きみいまからはなすことは、けっしてだれにもわないから、はなしてごらん? もし、先生せんせい出来できることがあれば、なんでもチカラになるから」

 桜子おうこさんがうなずいた。くちびるしためて湿しめらせる。あ〜、元恋人もとこいびともやってたな〜。

先生せんせいひところしたいとおもったことはありますか?」


 つづく


 次回予告じかいよこく

 春川桜子はるかわ さくらこです。だれにもはなすつもりなんてなかったのに、秋田先生あきたせんせいについこぼしてしまいました。一旦いったんくちにした以上いじょう、なかったことには出来できません。

 次回じかい

先生せんせいくださなくていです。死体したい処理しょりだけ手伝てつだってください』

 おたのしみに。

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