第2話 紅蓮の煌火-1

『――ドア開きまァす、お降りの際は足元にお気をつけくださァい』


 間延びした車掌のアナウンスを尻目にぞろぞろとレトロな外観の列車の出入り口から乗客たちは溢れ出てくる。仕事や学校の帰宅ラッシュの時間帯ということもあってかなり人数が多い。中は余程すし詰め状態だったであろうが、乗客はみんな涼しい顔をしているあたりそういった状況には慣れているのかもしれない。流石は都市部である。


「はぁ~やっと着いた。硬い椅子にずっと座ってたせいで尻が痛くてたまらん…地震で一時的に運休になったかと思えば次の駅では強風でダイヤが乱れ……勘弁してほしいよまったく」


 しかし唯一その少年は満員電車というものに慣れていないのか辟易した顔でキャリーケースを重そうに引き摺りながら列車から降りてきた。

 幽鬼守ゆきがみりん

 赤みがかった茶髪、黒い生地とオレンジの裏地が目を引くフード付きの外套、白い小袖のような合わせがある上着、黒いスラックス、オレンジと黒のスニーカーというカジュアルな格好をしていた。上着にはボタンがいくつか縫い付けられており、長ランのようにも見えなくもない。


『――さて今日であの《終焉災》の悲劇からちょうど一〇年となりますが、各地では犠牲者を追悼する慰霊式典が各国で執り行われ――』


「それにしてもすげぇ人の数。流石は都会だな。爺さん婆さんも若い人も子供もたくさん居るし今まで住んでたトコとは大違いだ」


 列車を待つ利用者が退屈しないようにプラットフォームに備え付けられた大型のモニタには堅物そうなアナウンサーが全国ニュースを報じているが、少年も含めてそれに意識を向ける人はあまり見られない。どうやらテレビで報じられていることは「いつものこと」として既に珍しいものではなくなったのだろう。


 なんせその大災害は総人口の半数以上を死に至らしめ、インフラの大半を機能停止に追い込み、人類が長年かけて積み上げてきた文明社会を物理的に蹂躙してそれまでの世界の有り様を一変させてしまったのだから。それは周囲に人々の格好や街の風景からも察することが出来る。時代錯誤に組木を多様した和風モダンといった様式の高層ビルが規則的に立ち並び、灯籠のような街頭やあちこちに吊るされた提灯が夜を迎えてぽつりぽつりと明かりを灯し始めており、そこに住む人々もみな洋服ではなく着物を纏っていた。


(……それにしてもこの街また一回りでかくなってないか? あちこちで神社やお寺の造営が進んでるし現在進行系で開発進行中って感じなのかね? 地価もどんどん上がるだろうし今から投資の勉強でもするかな)


 改札を抜けた少年はスマホのブラウザのブックマーク欄に投資に関するサイトをいくつか登録しつつ構内に備え付けられた窓ガラスから街を一望する。まず目を引くのは鳥居の多さだ。街のあちこちに鮮やかな朱色に染め上げられた鳥居が並んでいる。どうやら宗教の地位というものはこの世界ではかなりのウェイトを占められているようだ。しかし招き猫や福助、ダルマのオブジェも至るところにあるのは中々カオスである。


「……おっTSラブコメ『へんじょうなんしっ』アニメ化するのかぁ、うわっ『覚醒神機グレンオーガ』の新作も来季あんのかよ! こっちだとリアタイ視聴で実況にも参加出来るしマジ都市部最高だな! 後でプラモ買うか!」


『――さて次は最近巷を騒がせている亡霊騒動ですが――』


 燐は構内の至るところに貼られたアニメの広告ポスターに目を輝かせながらスマホのブラウザを開く。トップページには『【速報】白黒の幽霊の写真撮影に成功!? 噂の真相に迫る!』といった見出しが目を引くが、今彼が気にしているのは己の現在地だった。


『――こちらが最近SNSやネット掲示板で話題になっている幽霊を捉えたという映像ですね。かなりリアリティのある映像ですが一部の人々からはフェイクではないかという声も――』


「うーん駄目だ。周囲の情報量が多すぎて現在地がよくわからん。っていうかGPSちゃんと機能してんのかコレ? 方角がまず意味不明なんだけど……まぁ良いか! 適当に歩き回ってれば出口も見つかるだろ」


『――近頃頻発している神隠し事件についてですが、また新たに一家全員が登山中に突如姿を消し……』


 スマホの画面と格闘することを諦めた燐は端末をポケットにしまい、キャリケースを掴んで歩き出す。昔から方向音痴であったが、こういった都会の大きな駅というものは彼にとって最早迷路に等しい。しかし都会という魅惑の世界に来たということもあって燐の足取りは軽やかだった。


『――速報が入りました。現在各地で大規模な通信障害が発生している模様です。原因は不明ですが……』


 改札を抜け、老若男女や外国人が行き交う混沌とした構内に足を踏み入れる。大型商業施設としての側面もあり、様々な店が所狭しと並んでいるが生憎とそれらに寄って買い物をするような時間は無かった。


『――今週のお天気ですが、先週と同様しばらく雪が続きそうです。また最近では世界的に台風や地震、津波、火山の噴火といった自然災害が頻発しているので地震大国の我が国も注意が必要かもしれません。みなさんも防災対策はお済みでしょうか』


「……そういえば土産を買い忘れてたな。おやっさんにはまた世話になるし、何か買っていくか」


 回れ右し、先程通り過ぎた土産物屋へ向かった燐だが、その途中にある飲み物の自動販売機の前で泣いている五、六歳くらいの子供と遭遇した。周囲を見回すが、その子の保護者らしい人物は見当たらない。どうやらはぐれてしまったらしく、男の子は目を真っ赤にして大声で泣いていた。しかし通行人は通り過ぎていくばかりでみんな無関心を決め込んでいる。燐は困ったものだと小さく溜息をつくと、膝を曲げて男の子と同じ目線になり、なるべく優しく声を掛けた。


「ボク~お母さんとはぐれちゃったのかな? 名前は言える? おうちの電話番号とか知らない?」


「わぁぁああああああああああん!! 知らないお兄さんが声かけてきたああああああああ!!」


「ちょっと待って坊や!? それは誤解だから!! お兄ちゃんはキミを助けるつもりだから!!」


「喉渇いたあああああああああああああああああああああああああああ!!」


「うんわかったジュース買ってあげるからしーってしようかしーっって! お口にチャック!!」


「あそこに売ってるウルトラ仮面ジャーのDX変身アイテム買ってえええええええ!!」


「ねぇキミその泣いてるの演技してない?? ねぇ??」 

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