第4話

 こんなはずではなかった。そんな言葉がヴェスペの脳内をよぎる。


 魔獣軍団ベスティ・ヴァッフェの一員、栄光ある幹部である悪魔六騎士の一員として、これまで一度の失敗も無かったヴェスペは予想外の事態に直面していた。


 黒金のジャガーノートの一人、白金の猛虎プラチナム・ティーゲル相手に苦戦した果てに、切り捨てられてしまった。


「意外にあっけなかったわね」


 零閃による袈裟斬りでヴェスペの命を絶った手ごたえから、凛子は戦いが終わったことを確認するかのようにそう言った。


「次生まれ変われるなら、真っ当に生きてね」


 命を絶った時の何とも言えない気持ちが、凛子の心の中に漂っていた。


 悪人であっても、身を守るためであっても、本来殺しあいなどしてはいけないというのが凛子のポリシーである。


 だが、自分も死ぬわけにはいかず、殺されるなどもごめんだ。ましてや、ただ守られるのも性に合わない。


 その折衷案として、凛子はあくまで自衛の為、そして誰かを助けるためという目的以外は殺生しないことを決めていた。


 殺そうと思うから殺される。今は亡き師匠に言われた言葉が、自分に語った光景と共に凛子の脳裏に思い浮かんでいく。


 数秒の回想の中で、それを打ち破ろうとする強烈な殺気に気づいた凛子は身をひるがえして、自分に向けられた敵意を回避した。


「あれ? まだ生きてたの?」


「勝手に殺されては困る」


 袈裟懸けに切られ、確実に生命活動を停止させていたはずのヴェスペは、両腕より毒針を放っていた。


「あら、死んでなかったのかしら?」


「いいや、確かに死んださ。一度はね」


 不適に笑うヴェスペの姿は、不気味ではあったが、凛子が切ったはずの傷が綺麗に無くなっていた。


「地を穿つ太陽の弾丸を食らって死ななかっただけのことはあるわね」


「いや、そうでもなかったさ。流石にあの時は死を感じた。君とは違ってね」


 再び毒針を発射するヴェスペに、凛子は零閃を振るって弾き落とす。その防御の隙を突くかのようにヴェスペは再び黄金の剣ラインメタルソードを振るってきた。


「先ほどまでの私とは思わないで欲しいものだな」


 ヴェスペの言葉は虚言ではなかった。確かに先ほど戦っていた時よりも剣を振るうスピードとパワーが上がっている。


「あなた、死から復活するとパワーアップする体質なのかしら?」


「ご想像にお任せするよ」


「そう、だけどまだまだ甘いわよ!」


 相手がパワーアップしているのであれば、こちらもパワーアップすればいい。シンプルな発想で凛子は再び白金のオーラを纏いながら、零閃でヴェスペの胴体を貫いた。


「なにこれ?」


 まるで空っぽのドラム缶を貫いたかのような、空洞を穿つ感触に戸惑う凛子だが、それを待っていましたと言わんばかりに狂蜂の一閃が迫ってくる。


「死ね!」


 先ほどまでの紳士面とは対照的な憎悪で襲い掛かるヴェスペに、凛子はかろうじて身をひるがえして、零閃で黄金の剣ラインメタルソードを受け止めた。


「あの体勢で私の剣を受け止めるか」


「私、体は柔らかい方なの。旦那様のお墨付きなんだから!」


 関節の可動域が広く、柔軟性が高い肉体の持ち主である凛子にとって、この程度の動きは造作もない。


 だがそれ以上に問題なのは、ヴェスペの力がより増しているというところだ。剣を受け止めた時、全力で受け止めなければ刀が弾かれるほどの剛力を感じた。


「ずいぶん、パワーアップしているじゃない」


「冥途の土産に教えてあげよう。私は自分の体を自在に羽化させることが出来る。そして、羽化すればするほどに私はパワーアップするのだよ」


「羽化というより、脱皮だと思ったんだけど」


 皮肉を口にする凛子だが、まぎれもなくヴェスペは力を増している。動き、体力、素早さ、全てが格段に強化されている。


 剣を振るう速さ、鍔迫り合い時の力、全てが格段にパワーアップされ、見切りと受けがかろうじて間に合うほどだ。


 蝶や蜂などの完全変態を行う昆虫は、幼虫と成虫では姿形も能力も全てが変わる。


 ヴェスペは姿形は変わらないが、純粋に身体能力が強化されているだけではあるが、それだけに厄介とも言える。


「だから、悠ちゃんの地を穿つ太陽の弾丸を食らっても死ななかったわけね」


「それでも重傷を負い、二回は羽化する羽目になったがね。流石の私も死を覚悟した」


「そのまま死んで来れば楽だったのに」


「そういうことは君の仲間である金色の獅子王に言うべきだな。彼がしくじったおかげで、私はより力を得ることが出来た」


 鎧の中でほくそ笑むヴェスペの顔が想像できるが、一つの疑問が凛子の中に残っている。


「でも不思議よね。そんなに便利な能力なら、なんで最初から使っておかないの?」


 パワーアップできる能力があるならば、惜しみなくその力を使うだろう。自分ならば絶対にそうする。


 だが、ヴェスペは自分の命は危機に陥った場合にのみ、その力を使っている。


「おしゃべりはここまでだ」


 黄金の剣ラインメタルソードによる剣戟で凛子に迫るヴェスペに、凛子も零閃にて受け流しながら対応する。


 打ち込みの速さや力、全てが先ほどとは文字通り次元が違うがここでも凛子は違和感を感じていた。


「やっぱり、都合がいい能力なんて存在しないんだよね……」

 

「思わせぶりな口調だな。だが、君に死が迫っているのは間違ないぞ」


「それはどうかしら?」


「負け惜しみもほどほどにしておくべきだよ」


 そう呟くと共に、ヴェスペは凛子の体を一刀のもとに切り捨てた。


「ふ、死神はどうやら君に微笑んだようだな」


「どうかな?」


 疑問が過ぎるよりも早く、気づいた時にはヴェスペの背面を何かが貫いていた。


「私も使えちゃうんだよね、分身の技ってさ」


 不適に微笑みながら、凛子はヴェスペの背中を零閃で突き刺していた。


「バカな……」


「その能力、スゴイ便利そうだけどリスクあるでしょ」


「何だと?」


「あなたさっきから黄金の剣ラインメタルソードからビーム攻撃一切していないじゃん。その力を使うと、剣の力が使えなくなるのか、あなた自身の能力が一部使えなくなるんじゃない?」


 限りなく脱皮に近い羽化ではあるが、それを繰り返せばダメージも回復した上でパワーアップすることが出来る。


 凛子は自分がその能力を持っていたならば、最初からこの能力を活用して倒されたフリをして、その隙を突いて敵の急所を狙うと考えた。パワーアップするという特性があれば、成功率は非常に高い。


「その力、本当は単なる再生能力でしかないんでしょ。そして、自分の特性が使えなくなるリスクもあれば、簡単に乱発できないよね? 本当ならそれでやられたフリしてれば、一発で相手を倒せるはずなのに」


「なかなかな想像力だな」


 会話を中断させるために、ヴェスペは両肘から再び毒針を放つ。黄金の剣ラインメタルソードの特性は使えなくても、この毒針は通常通り使えるらしい。


 命中する寸前に引き抜いた零閃で弾き、ヴェスペの体を横薙ぎにするが、空を切ったかのような手ごたえが返ってきた。


「残念だったな」


 再び羽化を行い、ヴェスペは距離を取りながら体を再生させていた。


「私が自分の能力をどう使おうが私の勝手だが、君こそ自分の能力を使わなくていいのかね?」


「どういうこと?」


「私の黄金の剣ラインメタルソードを無効化した力だよ。君のヴェーダ、そう乱発できる代物ではないようだな」


 自分は放っていた白金のオーラについて言っているようだが、凛子は黙ってそれをスルーする。


「私が力を使わないのは、君の力の前は無効化されると思ったからだよ。だが、先ほどまでの力が使えない君ならばこの戦法で挑んだ方が有利だと思うがね」


「私相当舐められているみたいね。だったら、徹底的にやってやろうじゃない」


 凛子は零閃の刀身を力を込めながらゆっくりとスライドさせていく。先ほどまで青白く光っていた零閃が、刀身を振動させ高温を発しながら赤銅色に染まっていった。


「メーザーブレード!」


 零閃を半回転させて凛子はヴェスペに突きつける。


「本気の殺し合いが望みなら、仕方がないよね。ここから先は手加減は一切しないんだから」


「無礼さでは君には勝てんよ。刀を装飾したぐらいで、私に勝てると思うな!」


 黄金の剣ラインメタルソードを構え、凛子めがけて突進するヴェスペであったが、まるですり抜けられたかのような手ごたえを感じてしまった。


「何?」


「遅いわ!」


 動揺するヴェスペの挙動を見逃すことなく、凛子は愛刀を構え直す。


「金剛双輪拳、破邪顕正はじゃけんしょう!」


 高出力のエネルギーが集中された刀の前に、ヴェスペの鎧である外骨格と共に、肉体は上半身と下半身に分断された。


 地面にてもがき苦しむヴェスペに、凛子は容赦なく零閃を胸部に刺す。


 高温で肉が溶ける独特の匂いが放つのと同時に、ヴェスペの苦痛もまた増していった。


「こういうの、虫の息っていうのかな?」


「ふふ、皮肉かね? だがしてやられたといっておこう。つくづく君たちとは関わるべきではなかった」


 先ほどまであった自信が喪失したのか、弱弱しい口調でヴェスペはそう言った。


「違うわ、関わり方が悪かっただけ。尤も、あなたたちを受け入れるか否かは私たちにも権利はあるけどね」


「最後の最後まで、君は偽善者だな」


「そうね、別に殺したくないのに結局はこうなるんだから」


 殺そうとするから殺される。


 その言葉は今でも凛子の中では一つの指針となっている。本来ならば、戦いたくもなければ殺し合いも、殺しもまっぴらであった。


「だけど、自分の罪に向き合えないよりはマシだと思うのよね。私の知る限り、そういう生き方を貫いた輩って、全員ろくな死に方していないから」


「そうかね、なら、私は唯一の生還者というところ……」


「残念だけど、やっぱりあなたもろくな死に方じゃなかったみたいね」


 ヴェスペの違和感の理由を知る凛子はそう呟く。


「さっきの技、ただの切断技じゃないの。切った断面に付着した刀身の一部が共鳴現象を起こして、切った対象の固有振動数に合わせて相手の肉体を破壊し尽す技なの」


「なん……だと?」


「あなたの体はもう崩壊しかけている。上も下も、後は時間の問題よ」


「この私が、死ぬだと?」


「生きとし生けるものはいつかは死ぬのよ。そう驚くことじゃない。あなただって、多くの人達を殺し続けてきたじゃない。何を今更怖がっているの?」


「バカな、私は悪魔六騎士の一人だぞ! 獣王様の側近でもあるこの私が!」


 もがき苦しむヴェスペではあるが、次第に体を動かすことすら難しくなっていった。すでに下半身はボロボロの状態となり、上半身も断面から刀身の影響で細胞が壊死していくのが分かる。


「こんな、こんなバカなことがあって……」


「あなたたちが殺してきた人も、同じこと思ってると思うよ。因果は巡るし、自分がやってきたことのツケは必ずやってくる。その覚悟も無かったなんてね」


 みっともない醜態に、呆れるかのように凛子はそう言った。


「まて、助けてくれ! 私はまだ死にたくない!」


 壊死がすでに首元まで迫っている中で、ここまで言えるのは大した生命力ではあるが、死への恐怖と生への執着に凛子はため息をついた。


「撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけってね。あなたにはその覚悟がなかった。だから、悪いけど黙って受け入れてね」


 バッサリと言葉で切り捨てた凛子に、なおも縋ろうとするヴェスペであったが、無駄な足掻きでしかなく、壊死した体を地面に晒していた。


「ホント、最悪な気分」


 こういう後味の悪い時は、愛しの旦那様に一刻も早く慰めてもらいたいのだが、まだ凛子にはまだやることが残っていたことを思い出す。

 

 弟分である一条蓮司が大好きだという、北条沙希という少女を助け出す手助けを。


「蓮司くん、今行くからね。一緒に沙希ちゃん助けようね!」


 そう呟くと、凛子は一直線に駆け足に駆け出していった。

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