第3話

「イブリース?」


 鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲルと交戦中の蛇王ザッハークは、自らが生み出したアジ・ダハーカとの繋がりが途絶えたことを悟った。


 そのほんの僅かな隙を突くかのように、鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲル、斯波正臣はザッハークの腹部を抜き手で貫く。


「呆けたか蛇王?」


 若干の皮肉を込めた正臣であったが、ザッハークは返事を返すことなく、念動力にて正臣を吹き飛ばす。


 カタパルトで打ち出されたかのように宙を舞う正臣だが、空中で姿勢を正し、地面を両足で滑りながら抉り、構え直しながら再び蛇王と対峙した。


「イブリース! 私の声が聞こえないのか? アジィ! ダハーカ! 何故私の声に答えない?」


 明らかに動揺しているザッハークは文字通り隙だらけであった。正臣は右手から五指連弾を放つ。


 五つのエネルギー弾はザッハークの体を貫通していったが、それをものともしない生命力で、ザッハークは意にも介さずに自らの僕とパートナーたちの名前を呼び続けた。


「何故だ? 何故彼女たちの声が聞こえない?」


「……どうやら、悠ちゃんが奴らを倒したようだな」


 ザッハークの問いに答えるかのように、正臣はそう指摘してみせた。


「冗談が下手すぎるな。全く笑えんぞ、鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲル


「事実を指摘したまでだ。それに、お前の体の秘密も少しだけ解明することが出来た」


「ほう、また下手な冗談かね?」


 呆れたような口調のザッハークであったが、その返答と言ってもいいかのように、高温で溶けた鉄のような色に染まった正臣の右腕が、ザッハークの胸部を貫いた。


「バカな……」


 思わずザッハークの口から驚きが漏れる。正臣の動きは読めており、回避行動を取ったはずがタイミングが全く合わずに胸を貫かれてしまったのだから。


「お前の再生能力は明らかに鈍くなっている。それに、動きのキレも明らかに悪い。あることをきっかけにな」


「何をバカなことを……」


 正臣から距離を取り、口から血を流しながら否定するザッハークだが、正臣はあくまで冷静なままであった。


「お前の脅威的な念動力と生命力は、蛇の一族ナーガという種族だけでは理解できないものがあった。特に、蛇の一族ナーガで念動力を使う奴に出会ったのは初めてだったからな」


「それは喜ばしい限りだ」


「だが、俺が知っている能力者たちから見れば、お前の念動力はあまりにも大量で規格外だ。念動力も基本的にはエネルギー、使えば当然消費する。その能力をお前はほぼ無制限で、さらにノーモーションで一切のチャージ無しに使っている」


 念動力もまた一つのエネルギーであり、使えば減るという法則から逃れられる代物ではないことを正臣は知っている。


 使えば当然消耗し、限界を超えれば体に多大な負担を与え、死に至る。その為、念動力者は必ず限界を超えるほどに消耗する前に、力をため込むなどの工夫を行う。


 それだけに、ザッハークは膨大な念動力を躊躇なく使えていることに違和感を感じていた。


「そこから出た結論は、お前はアジ・ダハーカと精神面だけではなく、念動力でもつながっているということだ」


 口にはしなくても、図星を突かれたことにザッハークは歯噛みするなど、明らかに動揺していた。


「お前の念動力はアジ・ダハーカを供給源にしている。逆にアジ・ダハーカにも念動力を送り込むことが可能なのだろう。お前たちが無敵なのもそれで理由がつく。ただでさえ驚異的な生命力を持ったお前たちだ。どちらかを倒すだけでも一苦労するが、互いにエネルギーを供給し合えるのであれば猶更だ」


「素晴らしい想像力だ。君はきっとファンタジー作家になれるだろうね」


 ザッハークはいまだに余裕を持って冗談を口にするが、それに対する突っこみの如く、ザッハークの顔面に正臣の右拳が突き刺さっていた。


「残念ながら現実だ。実際お前は、先ほどから念動力を使っていない。こんなテレフォンパンチすらお前は回避することもできない。予知能力の低下、ダメージの回復が追い付かず、回避に回すことすらできていない時点で致命的だ」


 顔面から血反吐を吐き出しながら、倒れるザッハークに追い打ちをかけるように、正臣はザッハークを蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばされたザッハークが宙を舞いながら、ボールのように地面に転がっていく光景は些か滑稽にも思えるほどだ。


「……何故だ、何故貴様ら如きが彼女たちを……」


 信じられないという表情のままに、ザッハークの口から怨嗟がこぼれる。


「彼女たちは私の半身だった。貴様ら如きにやられるような存在でもなければ、やられていい存在でもない!」


「今更何を言っているつもりだ?」


 蛇王の怨嗟も意に介さずに、正臣はそう言った。


「ましてや、彼女たちがやられることなどあってはならない!」


「これが現実だ。さっき、アジ・ダハーカと戦っていた悠ちゃんから連絡をもらった。悪の根源はキレイさっぱり消滅させたとな。不死身の存在であっても、消滅させるだけならば容易い」


 正臣からの言葉にザッハークの憎しみがさらに顔面へとにじみ出ていた。


「家族が殺されて俺たちが憎いか?」


「何だと?」


「お前たちに家族という概念があるかは分からんが、自分の半身とも言うべき相手を殺されたことは憎いか?」


 容赦ない言葉にザッハークはさらに表情を歪ませる。


「貴様らは大罪を犯した。私の半身とその眷属を殺したのだからな」


 正臣はザッハークの腹部を蹴り上げる。ダメージの回復は全くと言っていいほどに進んでおらず、もはや避けることさえ敵わずにいる。


「それがどうした?」


「不遜な……」


「お前たちも同じことをやってきたはずだ。数多くの人達や他種族の命を奪ってきた。それが途端に奪われる立場になった途端にその態度か」


「貴様らと我々を同列に扱うな! 我々は崇高なる蛇の一族ナーガで、私は蛇王ナーガラージャだ!」


「だからそれがどうした?」


 冷たく言い放った正臣にザッハークは怒りをむき出しに襲い掛かってくるが、再び正臣の拳が顔面に突き刺さる。


「お前たちに殺された人達も同じ感情を抱いていることに何故気づかない? お前が蛇姫アムリタと読んでいた彼女の両親も、お前たちは無残に殺した。その因果が巡り巡って回ってきた結果だ。あまりにも自業自得過ぎて同情する気にもならん」


 淡々とではあるが、事実を積み重ねながら正臣はザッハーク達がやってきた結果を指摘した。


 他者を一方的に蹂躙し、奪い、殺してきた報いがやってきただけのこと。


 だからこそ、ザッハーク達は今苦境に立たされており、その命もまた風前の灯火といってもいい状態となっていることを伝えた。


「下らん人間の考えに、毒され過ぎているな。それが君たちの欠点だ」


「そっくりそのまま返してやる。ウツボやエビですら、互いに共生している。そんなことすらできないからこそ、お前たちは今日ここで死ぬんだ。黙って受け入れろ」


 多少のドスを聞かせながら殺意を向けた正臣に、ザッハークは傷だらけの体を回復させながら、得意の岩石攻撃を開始する。


 しかし、速度も岩石の硬さも全てが先ほどより劣っている為に、正臣は容易く全ての岩石を破壊し尽すも、ザッハークはその隙を突いてくるかのように、正臣の懐へと飛び込んできた。


鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲル、私は死ぬことよりも敗北を恐れる」


「自爆でもするつもりか?」


「いいや、封印だよ。いくら君でも地下40kmの世界に転送されればそれまでだ」


「なるほど、そいつは勘弁願いたいものだ」


「残念ながらそうはいかん。私と共に、君はマントルで永遠に閉じ込められるんだ」


 地表から約40kmのマントル層に転送されてしまった場合、脱出することはほぼ不可能だろう。


 ザッハークがなりふり構わずの状態になっていることに、正臣は彼の本気の殺意を感じたが、同時にそれは手遅れであることを悟っていた。


「マントル層への転送か。大したものではあるが、残念ながらタイムリミットだ」


 正臣は両腕を赤銅色のメーザーアームに変化させ、ザッハークの両腕を切り落とした。


 両腕が超高温の熱によって焼き切られ、ザッハークは苦痛にもがき苦しむ。


「お前の願望は何一つ叶わない。お前たちは俺たちに負ける。そして、蛇姫アムリタとなった彼女も取り戻す」


「……強欲だな君たちは」


「お前らほどじゃない。だから……」


 立ち上がったザッハークの胸部に正臣は両こぶしを突きつけた。


「せめて静かに眠れ、蛇王」


「つくづく、君は私を苛立たせるな」


「お互い様だ」


 正臣の両腕が黄金に包まれ、輝いていった。その光に観念したのか、ザッハークは無抵抗であった。


「金剛双輪拳、天地轟鳴!」


 両腕から発生させたエネルギーを振動波へと変換し、分子構造そのものを破壊するこの技は、生物に対しても有効である。


 生物に命中した場合、その振動波が全ての細胞を破壊し尽し、死体はほとんど原型をとどめず、風化するほどにボロボロとなる。


 その必殺技を躊躇することなく正臣は繰り出し、ザッハークは全身の細胞を完全に破壊され、地面へと倒れ込んだ。


 その光景を見届けると、正臣はジャガーノート化を解除し、懐から愛用している葉巻、モンテ・クリストNO.5を取り出し、ヘッドをカッターで切り落として加えると、メーザー化した指にて着火させた。


 紫煙を燻らせながら、正臣はザッハークだった死体を見下ろす。十秒ほど眺めていると、ボロボロになった死体が、風化しはじめていった。


「お前の予想は全て外れたな、ザッハーク」


 口から煙を吐き出しながら、ザッハークの死体に正臣は火をつけた葉巻を線香のように手向けた。


「同情はしない。だが、最低限の供養はやっておこう。永遠に眠れ、蛇王」


 そう呟くと、正臣は二本目の葉巻を取り出し、再びふかし始める。


「蛇王は倒したぞ、蓮司。後はお前が彼女を救うんだ。やってみせろよ」


 静かに、だが温かみがある口調で正臣は、蛇姫アムリタを救うために向かった蓮司を鼓舞する。


 その言葉は、蓮司ならばきっとやり遂げるだろうという信頼と願いという祈りが込められていた。

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