絶対悪との対決

第1話

「君とは是非戦ってみたかった」


 不適に笑うザッハークであったが、正臣は対照的に何も答えずにいた。


「まずは返礼だ」


 ザッハークの右腕に岩石がまるで磁石のように集まっていく。


 小さな石がやがてサッカーボールサイズからバランスボールにまでになった時、すさまじい轟音と共に巨岩がザッハークの右手から放たれた。


 音速を超えるスピードで放たれた巨岩は、まともに直撃すれば戦車すらも無事では済まないだろうが、正臣は右拳を突き出し、巨岩をくす玉を割るかのように砕いた。


「流石にこの程度の攻撃では無駄ということか」


 巨岩を砕かれたことに対して些かも落胆せずに、ザッハークは両腕に岩石を集め始め、先ほどよりも巨大な岩の弾丸を作る。

 

「これは防げるかな?」


 嫌みを含めながらも、再び音速を超えたスピードで放たれた岩石の弾丸は、鋼の虎となった正臣に向かって突き進んでいく。


 しかし、この弾丸も正臣が無造作に突き出した両腕の拳によって、簡単に打ち砕かれてしまう。


「ほう、これも簡単に砕けてしまうのかね? 伊達に鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲルとは呼ばれてはいないようだな」


 感心しているザッハークとは対照的に、正臣は即座に距離を詰め、ザッハークの腹部に抜き手で貫いていた。


「無駄なおしゃべりが多すぎるぞ。沈黙は金という言葉は、蛇の一族ナーガでは存在しないのか?」


 悠人ほどの毒はないが、正臣はやんわりとザッハークの油断に対する嫌みを込めてそう言った。


「雄弁は金という言葉もある。それに、この程度の攻撃が通用しないのはお互い様ではないかね?」


 腹部を貫かれているにも関わらず、ザッハークはなおも余裕の表情を見せ、同時に正臣を自分の念動力で弾き飛ばす。


「我々の再生力を甘く見てもらっては困る。この程度の攻撃で死ぬならば、私は蛇王の座から簡単に転げ落ちているさ」


「それはこっちの台詞だ。この程度の攻撃が通用するなら、俺は鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲルとは呼ばれていない」


 互いに相手の油断と怠慢を指摘し合うが、それは同時に相手を正式な強敵であることを認めたことを意味していた。


「とりあえず、私は君にがっかりせずに済んだことだけは感謝するよ。君はどうやら、金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェよりは強いようだからね」


「俺が悠ちゃんよりも強いか……」


 ザッハークが自分を強敵として認めていることに、正臣は冷めた態度のままであったが、それ以上に友人を当回しに侮辱していることと、ザッハークの目が節穴であることに呆れていた。


「彼はアジィとダハーカに勝つことはできなかった。私の力を与えたあの二人を倒すことすらできなかったのだよ」


「戦った場所を考慮したまでに過ぎない。悠ちゃんは自分の力の威力を理解している。無造作に戦えば、あの学園は今頃地図から消えていただろうな」


 本気を出せば、難なくザッハークの眷属など倒せただろう。悠人は自分の力を嫌というほど理解している。本気を出せばどうなるのか、怪物二人を倒すことと学園にいる数百人の生徒や関係者たちを巻き添えにするのはあまりにも割が合わない。


「では、この場所ならば全力で戦えるということかね?」


「そういうことだ。安心しろ、死んだらちゃんと墓ぐらいは用意してやる」


 正臣にしてはらしくもない冗談ではあるが、そのらしくもない冗談に畏怖する人間がほとんどであるにも関わらず、ザッハークは不適な笑みを浮かべていた。


「ならば、まずは彼の墓を用意しておくべきだったな」


 ザッハークが指刺した先には、片膝をついた悠人の姿があった。


「結局、またアンタと戦わなきゃいけないのね。あーあ、残念」


 心底がっかりしたかのような口調のアジィに、悠人は黙って右腕を突き出す。


「シャクラ」


 そう呟くと共に、右腕から放たれた光の弾丸はアジィの顔面を打ち抜いていた。


 アジィが倒されカバーに入るダハーカに対して、金剛杵を槍状に変化させた悠人は、ダハーカの右腕を切り落としていた。


「残念なのはこっちだっつーの。昨日戦ったのは、場所を考慮したからだ。お前らクズの命二つと、学園関係者数百人じゃ、つり合いが取れないにも程がある」


 二匹の蛇の一族ナーガを侮蔑しながら、悠人は簡単な引き算を語って見せる。


 だが、なおも襲い掛かってくる牝蛇の触手を金剛杵で絡めとると、悠人はその触手を瞬時に焼き焦がし、金剛杵の槍でアジィの胴体を串刺しにし、ダハーカの顔面に黄金の拳を叩き込む。


「調子に乗って!」


 相棒をやられた怒りに、叫ぶアジィの声が波動のように悠人の体へと放たれる。


「効くかこんなもん!」

 

 アジィに負けない声で叫び返すと、悠人は金剛杵を回転させ波動を打ち消してしまった。


「念動力を打ち消すなんて……」


 ザッハークと同じく、アジィもまたミュータントとしての力を有している。それだけに、悠人が念動力をあっさりと打ち消してしまったことに驚愕していた。


「ぼさっとしてる暇はねえぞ」


 金剛杵を地面に突き刺し、悠人は両手の間にエネルギーを蓄積させていた。


「くたばれ!」


 悠人の両手から放たれた太陽の弾丸は、アジィにヴェスペを瀕死に追い込んだ技であることを思い出させると同時に、体を貫きその上半身を吹き飛ばしてしまった。


「これが地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスか……」


 アジィを吹き飛ばしたこの技に、ザッハークもヴェスペが迷わず逃走を選択したのも無理はないと判断した。


 そして、鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲルと共に黒金のジャガーノートと呼ばれる理由に得心する。


「ヴェスペくんが逃げたくなるのも分かる。こんな攻撃を何度も食らってはいられないだろうな」


 正臣から距離を取り、ザッハークはそう言った。


「まずは一匹潰したな。次はお前から行こうか?」


「あいにく、体を吹き飛ばされるのは苦手でね」


 悠人に視点を向けた瞬間を狙いすますかのように、正臣はザッハークの胴体に飛び蹴りを食らわせる。

 

「よそ見をしている暇はないぞ」


 冷静な態度を崩さないが、一切の手加減をしないことを、正臣は宣言するかのようにそう言った。


「このままではいかんな。予想以上に、戦況は不利だ」


 寝ころんだまま、ザッハークは自分たちの予想を超えた強さを持った敵と対峙していることを悟った。


「だからこそ、面白いのかもしれんがな」


 起き上がるザッハークに正臣は右手を突き出し、指先から金色の弾丸を放つ。


 だがザッハークの目の前に現れた壁に阻まれ、ザッハークに命中することはなかった。


「これが金剛双輪拳、五指連弾かね。万が一に備えて作っておいた壁がなければ危なかったな」


 五指連弾からザッハークを守った厚さ10cmの壁が、ビスケットのように砕け散る。


「ダハーカ、どうやら我々も手段を選んではいられないようだな」


「そのようです、陛下」


 主人の言葉にダハーカは即答する。


「なんだ? 特攻でもする気か?」


 悠人が揶揄するも、ザッハークは首を振る。


「ああいう醜い戦術は嫌いでね。ところで、君たちはアジィとダハーカが何故、私の両腕であるか、知っているかな?」


「今更何言ってやが……」


 悠人の口を制するように、正臣が右手で悠人を抑えた。


「悠ちゃん、どうやら奴らはまだ奥手を持っているようだ」


「そりゃあいつらの動きを見てりゃ分かるさ」


「もっと早めに気づくべきだった。アジィとダハーカ、そしてザッハークの両腕。悠ちゃん、ザッハークのもう一つの名前を覚えるか?」


「そりゃ勿論……って、そういうことか」


 蛇王ザッハークにはもう一つ名前がある。

 

 ゾロアスター教の悪神、アンラ・マンユが生み出した三つ首の龍にして、あらゆる悪の根源を成すものとして畏怖された怪物としての名が。


「アジィ、無残な姿になったな。だが、まだ君には死ぬことは許されない」


 地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスにて爆散したアジィの死体を、ザッハークは自分の元にテレポートさせると、握った拳からどす黒い血をこぼす。


 ザッハークの血を与えられることで、上半身が吹き飛んだはずのアジィの肉体が、再生を始めていた。


「させるか!」

 

 悠人が叫び、正臣は無言のままではあるも、同じ思いのままに駆け出すが、二人の目の前に巨大な壁がそびえ立ち、それを阻む。


「君たちがそれなりの準備をしていたように、我々もそれなりの準備をしていた。すでにこの地は私の支配下にある」


 壁越しに聞こえるザッハークの声は、決して虚勢ではない。


「くそ、油断しちまったか」


 この秋山峠に来るように指定してきたのは奴らだ。当然ながら来るまでにそれ相応の罠を仕掛けていることはある程度の予想はしていたが、想定が若干甘かったことに悠人は歯噛みする。


「奴は土や岩などを念動力で自在に操れるようだな。この壁も、俺の五指連弾を防いだ壁も、この辺りの岩や土や砂を砕いて圧縮して作ったようだな」


 壁を叩きながら、正臣はその音で素材を判別していた。

 

「だがこの程度の壁なら、綺麗に粉砕できる」

  

 そう呟くと、正臣は両腕に金色のエネルギーを発生させ、そのまま両腕を壁に突き出した。


「金剛双輪拳、天地轟鳴!」


 両腕に発生させたエネルギーを振動波へと変換し、分子構造そのものを破壊する。正臣の得意技の前に、巨大な壁は、再びビスケットやクッキーのように砕け散っていった。


「流石だな、鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲル。この程度では足止めにはならないか」


「いや、十分過ぎる足止めだったよ」


 正臣が指さした先には、すでに再生を終えたアジィの姿があった。


「申し訳ございませんザッハーク様」


「気にするな。だが、これ以上侮るわけにはいかないようだがね」


 それはある意味、油断していたことを宣言するに等しい言葉であったが、同時に一切の油断も慢心もしないことを宣言したも同然であった。


 アジィとダハーカ、二体の蛇は手を組むと同時に、その手はやがて一つに溶け合い融合していく。


「彼らは私の両肩から生まれた。アジィには私のミュータントとしての力を与え、ダハーカには強靭な蛇の力を与えた。そして、その二人が一つとなったらどうなるかね?」


 蛇王ザッハークの両肩には二匹の蛇が生えており、その蛇はいくら切り落としてもすぐに再生し、また人間の脳を文字通りむさぼり食べる怪物であった。


 そのアジィとダハーカが融合し、それぞれの頭の間から、もう一つの頭が生まれた。


 ザッハークが持つもう一つの名前は、ゾロアスター教ではこのように記載されている


 あらゆる悪の根源にして、三つ首の蛇の怪物、アジ・ダハーカと。

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