第2話

「いい天気だぜ」


 燦然と輝き、焼き付けるような日差しと共に、雲一つない青天に片桐悠人は思わずそう呟いた。


「ピクニックするにゃ最高の日だな」


 アロハシャツ姿の悠人とは対照的に、全身スーツとサングラス姿の斯波正臣は「それよりもドライブ日和だ」と返した。


「車好きのマー君らしいねえ。俺としてはこのまま海まで行って、釣りでもしながらのんびりしたいもんだ」


「海ならボート遊びがいいな。こういう日はじっくり楽しめる」


「戻ってきたらそうしようぜ」


 これから戦いに赴くというにも関わらず、二人は軽口を叩き合った


 決してそれは現実逃避ではない。戦いに慣れているからこそ、そこから生還することを前提を想定しえる余裕があることの証明でもある。


「後を頼むぞ」


 後ろで見送りに出てきた凛子に正臣はそう言った。


「はーい! いい子で待ってまーす!」


 元気いっぱいに答える凛子に、正臣の鉄面皮もおもわず口元が緩んでいた。


「そういうの自分の家でやれよな。そう思うだろ蓮司」


 バカップルのいちゃつきに胸やけする悠人はそう言うが、凛子と共に留守番を任された蓮司は複雑そうな顔をした。


「蓮司、一応言っておくことがある」


 真面目、というよりも若干ドスが利いたような言葉に蓮司はとっさに身構えた。


「いざとなったら、昨日のことを思い出せ」


 昨日決めた、沙希を絶対に救い出すこと。


 それをあえて言葉にしないことで、正臣は蓮司に決意を固めさせようとした。


「ああ、分かってる」


 まっすぐに正臣の目を見つめ、蓮司はハッキリと言い切ってみせた。


 その目には昨日まであった迷いはなく、決意がそのまま熱意となり、蓮司のエネルギー源になっているかのように思えるほどだ。


「それさえ分かっていれば俺から何もいうことはない。それを貫き通せ」


 蓮司を鼓舞すると、正臣は懐から一本の棒を取り出し、蓮司に渡した。


「これは?」


「お守りだ。だが、使い方次第では全く逆の効果が出るかもしれないがな」


 金色に装飾されたそれは、まるで刀身の無い刀の柄のようにも見える。


「普通のお守りなんかじゃないんでしょコレ」


「使い方と心持次第ではそうなる。大事なのは、コイツが何なのかというよりも、お前の心根だ。お前の信念がどこにあるのか、お前が何を目的としているのか、その決断を間違えれば、こいつは核兵器よりも悲惨な結果を招く兵器になる」


 そう言われると、ふと手にした「お守り」が妙に重く感じた。


 手渡された時は羽毛のように軽いと思ったものが、急に重力を増したのか、質量が増えたのかと思うほどの重さを感じてしまう。


「呪いでもかかっているのかな?」


「そうかもしれんな。そいつはお前の親父さんが使っていた代物だ」


 父である蓮也が使っていたことを伝えられると、蓮司はその重さが父との繋がりではないかと感じた。


 記憶の中にある父はいつも明るく、戦いを好まない人ではあったが、その戦いぶりは正臣や悠人、凛子ですらも敵わないほどの強さであったことは先日知った。


「父さんの形見なんだねこれ」


「結果的にそうなってしまったが、一条先生はお前にこれを使わせるために俺たちに託したわけじゃない。使わずに済めばそれに越したことはないからな」


 正臣の言葉に蓮司は深くうなずいた。父ならばそうするだろう。

 

 戦いを好まない父ならば、わざわざ自分に武器を託すようなことはしない。だが、それでもあえて形見として残したのは、万に一つの用心としてだ。


「使わずに済めばか」


「使わずに済めば済む話だ、何事もな。だが、物事はそれだけじゃ収まらないこともある。分かるな?」


 使わずに済めば済む。ただそれだけのことだが、何事も理想通りに事など進まない。


 それをあえて正臣は自分に渡した。それは、蓮司が父の形見を決して悪用しないことを信じているからだ。


「分かってるよマサ兄。俺はこれを戒めとして持っておく」


「なら俺から言うことはない。後を頼んだぞ」


「先に帰ったら、風呂分けしておけよ。あとビールは冷やしておくこと」


 真面目に答える正臣とは対照的に、悠人が悪ふざけでそう言うが、帰ってくることを前提にしているところに蓮司は思わず笑ってしまった。


 そして、本人は決してふざけてなどはいないことも、蓮司は理解している。


 鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲル金色の獅子王ゴールデン・レーヴェの二人は大型のピックアップトラックと共に蛇王とその眷属が待ち構える戦場へと向かった。


「行っちゃったね」


「だね」


「それじゃ、私たちも行こうか」


 凛子がウインクをすると、蓮司は正臣に託された父の形見を握りしめた。


 見るだけならば単なる棒切れに過ぎないが、握ってみると棒切れとは思えないほどとてつもない力の脈動を感じる。

 

 それを託してくれた正臣と悠人に、蓮司は感謝しながら、その気持ちに応えることを決意した。


*****


 焼きつくような日差しの中で、蛇王ザッハークは二人の眷属と共に、久しぶりに血が騒いでいた。


「上機嫌ですわね、陛下」


 心中を察したのか、側近であるアジィがご機嫌を伺う。上機嫌なままにザッハークはアジィの頭を撫でた。


「久しぶりだ。これほどまでに血が騒ぐのは」


鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲル金色の獅子王ゴールデン・レーヴェと戦えるからですか?」


 蛇の一族ナーガでは処刑人を担っているザッハークだが、戦いを恐れるような脆弱な心など持ち合わせてはいない。


 同時に、戦いに挑んでは我先にと先陣を切ることも厭わない武人としての面も持ち合わせていた。


「かの獣王を初め、あまたの戦士たちが奴らに挑んでは敗北している。我々も、何名かの勇士、そして蛇王が打ち取られている始末だ」


「確かに、奴らは強いと思います。獅子王は私とダハーカですら倒せなかったのですから」


「君たち二人が挑んでも、倒せなかったことが奴の強さを証明しているな」


 アジィの報告から、ザッハークは獅子王の強さを図ろうとしていた。


「でも蛇王様、それでも獅子王は私たちを倒せなかったんですよ」


 笑みを浮かべながらアジィは主君にそう告げた。


「私たちを倒せない時点で、獅子王に関してはあまり期待しない方がいいと思いますわ」


「なるほど、確かにそれは考慮するべき理由ではある。ダハーカ、君の意見はどうだ?」


「私もアジィと同意見です」


 アジィと対照的なダハーカはようやく口を開いたが、そこから出てきた答えは全く同じ意見であった。


「我々二人がかりを相手に凌いだ力量は認めますが、凌ぐだけで倒せなかったのは事実です。そこまでの力量があるとは思えません」


 二人の眷属の分析を聞くと、ザッハークは思わず笑ってしまった。


「なるほど、ならば一対一で挑んだヴェスペは獅子王に殺されかかったが、君らは彼よりも力が上というのかね?」


 ザッハークの指摘に、アジィとダハーカは身構えるが、ザッハークは笑顔のままであった。


「案ずるな。君たちが強いのは私が一番理解している。それに、君たちも切り札は切っていないだろう」


 アジィとダハーカには切り札と言うべき奥の手がある。それをあえてザッハークは獅子王相手に対して禁じ手にさせていた。

 

「ならば、私が鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲルと戦おう。獅子王ルーヴェは君たちに任せる」


「御意」


「お任せあれ」


 二人の返答にザッハークは満足げな気分のまま、自分の血と共に流れる闘志が全身を駆け巡っていることを感じていた。


「ようやくやってきたようだな」


 蛇王がぽつりと呟くと、アジィとダハーカも身構える。その瞬間にうなりを上げて漆黒のピックアップトラックが荒れ地をものともせずに突き進んできた。


「派手な車ね」


 アジィが嫌みを言うと、トラックから二人の男が下りてきた。


「遅かったじゃない、金色の獅子王ゴールデン・レーヴェ、そして鋼鉄の王虎ケーニヒス・ティーゲルさん」


「時間はピッタリだぜ」


 馬鹿にしながら、悠人は愛用しているG-SHOCKを指さした。


「まあ、蛇の世界じゃ時計っていう文明の利器が無いから仕方ねえか。二本足で突っ立ってるだけじゃ知的生命体とは言えねえんだぜ」


 あからさまな挑発をしかける悠人に、アジィはキレそうになっていたが、ザッハークは全く動じていなかった。


「それより沙希ちゃんはどこだよ。約束だっただろ?」


「何の話かな?」


 不適にザッハークは笑っていた。


 端から約束を守るつもりなど毛頭ないには分かっていたが、あからさま過ぎる態度に正臣は半分呆れながら、懐から葉巻を取り出した。


「昨晩約束したはずだ、彼女を連れてくるとな」


「そうだったかね? 君たちと決着をつけるつもりでここに来たのだがな」


 悪びれもしない態度を見せるザッハークに、正臣は人差し指で葉巻の端を切り落とし、そのまま口にくわえようとした。


 その隙を突くかのように、ダハーカの口から獄炎の火球が放たれる。


 迫ってくる火の玉に臆せず、正臣は右腕を内側に構え、裏拳を一閃して火の玉を消してしまった。


「ライターにしては大げさだな」


「ダハーカは無口ではあるが、非常に気が利く。それに、この程度の炎にやられるほど弱くはないだろう?」


「それがお前たちのやり方というわけか」


 会話ができるほどに知性を有しているにもかかわらず、何度対面しても、正臣は蛇の一族ナーガとの意思疎通が困難であることを痛感していた。


 そもそも、対話をするつもりもなければ対等であるという意識そのものが存在しない。


 本当に沙希を連れてくるとは思っていなかったが、ここまであからさまに約束を破り、開き直る態度は、明らかに人間とは違うことを喧伝しているようにも思えた。


「クズだな」


 ぽつり呟くと正臣は人差し指をくわえた葉巻の先端であるフッドに押し付ける。


 赤熱化した指先が葉巻を焼き焦がし、気づけば正臣の口と鼻から白煙が漂っていた。


「今の内に言っていく。死ぬ前の祈りは済ませておけよ」


 正臣の物騒な物言いに悠人は思わず頭を抱えた。


「あいにく、死神に私は嫌われているのでね」


「安心しろ、俺たちが嫌っている」


「おいおい、熱くなるなよマーくん」


 普段は物静かで節度を弁えている正臣が、珍しく物騒な言葉を連発している。


 付き合いが長いだけに、悠人にはこういう物言いをする時の正臣がとてつもなく激怒していることを理解していた。


「だがまあアレだ。お前らが死神に嫌われていようが、死はいつか訪れるもんだぜ。まさかお前ら、長生きと不死を一緒くたにしてしてないよな?」


「君たちこそ、背後に死神が迫っていることに気づいた方がい……」


 ザッハークが言い切る前に、正臣はくわえた葉巻を吹き矢の如く、ザッハークの右目に直撃させた。


「死神が迫ってくるのは分かっていても、葉巻が飛んでくることには気づかなかったわけね」


 傷ついた右目を治癒しつつ、ザッハークの表情が憤怒に変わった。


「どうやら、君たちには天罰を与えなくてはいけないようだな」


「凄んだところで意味ねえんだよボケ。それなら『月に変わってお仕置きよ!』の方がよっぽどドスが利いているってもんだぜ。なあ、マーくん」


「同感だ」


「なら行くかい」


 互いに息を合わせ、二人はそれぞれ呼吸を整え、構えを取る。


「レゾナンス・レディ!」


 ゼノニウムが共振し、発生したアストラル粒子が全身を駆け巡っていく。


 アストラル粒子によって金属細胞と化したゼノニウムが変質し、全身を鎧と化し、ジャガーノートとしての本領を発揮できる体へと変身させるのだ。

 

 全身を鋼鉄に覆われた王虎と、金色の鎧を身にまとった獅子王を前に、ザッハークは自分の血がまるで沸騰しているかのように暑くなっているのを感じた。


「これで、やっと役者がそろったようだな」


 高ぶる感情と闘志と共に、ザッハークは歓喜の感情で戦いを始めた。

  



 

 


 

 


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