暗闇の部屋
志央生
暗闇の部屋
部屋の明かりは消えている。カーテンは閉め切ってあって、外が明るいのか暗いのかさえ分からない。軋むベッドの上で、私は上半身を起こしてこれからのことを思案する。
親がいるのか、いないのか分からないが、大きな生活音がしない。決行するなら今が最適だろう。 そう考えて、私は準備を始める。パソコンを起動させ、インターネットを開く。そこから目的のサイトへ。
キーボードタッチは慣れたもので、画面をみたまま文字を打ち込む。小さなコミュニティーのチャットにいくつかの言葉を送り、画面はそのままに次の準備に取りかかる。
この部屋に入る唯一の入り口である扉を、ガムテープで密閉していく。その後には、中開の扉を開けられないように本棚を移動させた。
再びパソコンの前に戻るとチャットに反応があった。
『いよいよなんですね』
そう短く送られてきた言葉に『えぇ』と返す。ほかの人たちはまだ見ていない。伸び放題になったあごひげを触ってから、ベッドの上に戻る。
これは必要なことなのだ。私は深く迷走するかのように目を閉じる。実際はそんな立派なものじゃない。
チャットに返信があり、私はもう一度パソコンに近づく。
『いいなぁ、僕も早くしたいよ』
ほかのメンバーからも次々に言葉をかけてもらった。彼らとの関わりは長くはない。言っても、一年くらいで、中にはもっと短い人もいる。
私もこのコミュニティーには途中から参加した。前にいた人に誘われ、その人がいなくなってからも私とつながり続けてくれた優しい人たち。
私は短く挨拶の文を送り、最後に『それでは、またどこかで』と書く。送信ボタンを押すのには少々時間がかかった。それがチャットに表示され、皆がそれぞれの言葉が送られた。
その画面を表示したまま、椅子の上に立った。途中で壊れないように補強し、作った自作の絞首台。輪になったロープに首を突っ込む。あとは椅子を蹴れば、すべてが終わる。
パソコンの画面を見下ろす位置で、私はもう一度チャットの言葉を読む。足が小刻みに震え、自分が死ぬことに恐怖を抱いていることが分かった。 覚悟していたはずなのに、いざ実行するとなると怖くなるものだ。一度、心を落ち着かせてからにしようとロープから頭を抜こうとしたとき、足がもつれて、椅子が倒れた。
ガクン、っと宙に体が浮いて、首にロープ食い込む。気管支が潰され、息が吸えず、苦しさから逃れるように足が空を蹴る。食い込んだロープを外そうと指を動かすが、肉に埋もれたロープをつかむことができず、意識が遠のいていく。全身の筋肉が緩んでいくのを感じる。自分で作った絞首台は依然としてその強度を保っていた。
意識が途切れる寸前、チャットに新たな言葉が増えていた。
誰が書いたのかわからない。ただ一言「さよなら」と書かれていた。
了
暗闇の部屋 志央生 @n-shion
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